琵琶湖のほとりで、なぜ魚を「腐らせる」のか
はじめて鮒寿司を口にした方が「これは腐っているのでは」とつぶやくのを、私は何度も聞いてきました。でも、そこが出発点なのです。滋賀の郷土食の中でいちばん不思議で、いちばん深い物語を持つのが、この発酵食品です。
鮒寿司は、琵琶湖固有種のニゴロブナを塩漬けにし、飯と交互に重ねて一年以上漬け込む「なれずし」の一種です。米が乳酸発酵することで魚を保存し、独特の酸味と旨みを生み出す。冷蔵庫のない時代、琵琶湖という「大きすぎる水の蔵」を持ちながら、その水産物をどう冬越しさせるかという切実な問いへの答えが、この一皿に凝縮されています。
「近江の楽屋裏」で育った味たち
随筆家の白洲正子はこの土地を「日本の楽屋裏」と評しました。東海道・中山道・北陸道という三つの街道が交わり、琵琶湖の水運が若狭湾と上方をつないだこの場所は、表舞台の京や奈良を静かに支えてきた。そしてその「楽屋」には、様々な産物が集まり、独自の食文化が根を張りました。
近江牛は、今や地理的表示(GI)保護第56号として国に認められた銘柄牛ですが、もともとは農耕に使った牛を旅人向けに提供したことに始まります。歩いて肉質が引き締まり、琵琶湖周辺の湿潤な草地の牧草で育った。街道を行き交う人々の胃袋が、この牛を名物に育てたのです。
伊吹山の麓で作られる伊吹そば(GI第85号)は、日本に蕎麦を伝えたとされる地のひとつと言われ、標高のある寒冷地ならではの風味を持ちます。そして近江日野産の日野菜(GI第122号)は、薄紫の根が愛らしい蕪の仲間で、桜漬けにすると淡いピンク色に染まる。これが三つも地理的表示を持つ県――滋賀の食の底力を、まずそこで感じてほしいのです。
赤いこんにゃくを、なぜ誰も不思議に思わなかったのか
ここで一度、驚いてください。こんにゃくは灰白色か黒っぽい色というのが、ほぼ日本全国の常識です。ところが近江八幡では、三二酸化鉄で赤く染めた「赤こんにゃく」が当たり前のように食卓に並ぶ。理由についてはっきりした文献は残っておらず、「派手好きな織田信長がそう命じた」という伝承もありますが、確かなことは誰もわからない。それでも地域の人々は何百年も赤いこんにゃくを食べ続け、よそから来た人だけが「なぜ赤いのか」と首をかしげる。食文化とは、内側にいる人間には問いにすらならない、そういう「見えない約束」の束なのだと教えてくれます。
芋で豊作を占い、芋で神輿を飾る
郷土食は食べるだけではありません。近江中山では、里芋の茎の長さを競って翌年の豊凶を占う「芋競べ祭り」が今も続いています。三上では「ずいき祭」として、里芋の茎(ずいき)で神輿を美しく飾り付け、収穫の感謝を神に届ける。芋はここでは食材であると同時に、年の吉凶を読み解く言葉であり、神への供物でもある。食べ物と祈りとが、滋賀では今なお同じ根を共有しているのです。
琵琶湖の水が、鮒寿司の米と魚を静かに変えてきたように、この土地の食は長い時間をかけて形を変えながら、今もここにある。市場で鮒寿司を一切れ買って口に含むとき、あなたは千年分の問いと答えを、同時に味わうことになります。