拝殿の奥に、何もない
奈良県桜井市に、大神神社(おおみわじんじゃ)という神社があります。日本最古の神社のひとつに数えられるこの社には、長い参道を歩き、拝殿の前に立って気づく、ある「欠如」があります。本殿が、ないのです。
なぜか。御祭神の大物主大神(おおものぬしのおおかみ)は、背後にそびえる三輪山そのものに宿ると信じられてきたからです。標高467メートルのなだらかな円錐形の山が、そのまま御神体。拝殿の奥に広がる森が、神の住まい。「どこに祀るか」ではなく「山がすでに神だ」という、この地の人々の感覚がそのまま信仰の形になっています。ご神体の山に入るには今も事前の申し込みが必要で、頂上まで一切の飲食は禁じられています。観光地ではなく、今も現役の聖域なのです。
「高天原」が、ここにある
大神神社から南西へ向かうと、御所市(ごせし)に「高天(たかま)」という地名が残っています。日本神話で神々が暮らすとされた「高天原(たかまがはら)」の名を冠した土地です。その山腹に鎮座するのが、高天彦神社(たかまひこじんじゃ)。祭神は高皇産霊神(たかみむすびのかみ)――万物を生み出す「むすび」の力を神格化した存在です。
さらにこの御所市には、鴨都波神社(かもつばじんじゃ)もあります。祭神は積羽八重事代主命(つみはやえことしろぬしのみこと)と下照姫命(したてるひめのみこと)。高鴨神社・葛木御歳神社とあわせて「三社めぐり」として知られ、かつて葛城山麓の鴨族が守ってきた古い信仰の層がここに残っています。人々が山の神・田の神・川の神を分けて祀り、それぞれに名前をつけた——その丁寧さが、奈良の神社の密度を生んでいます。
二上山の頂に、何が眠っているか
葛城市の二上山(ふたかみやま)の雄岳山頂付近には、葛木二上神社(かつらぎふたかみじんじゃ)があります。祭神は大国魂神(おおくにたまのかみ)と豊布都魂神(とよふつのみたまのかみ)。この山には、もうひとつの顔があります。大津皇子(おおつのみこ)の墓所がこの山に伝わり、万葉の歌人・大伯皇女(おおくのひめみこ)が弟の死を嘆いた歌が『万葉集』に残されています。神を祀る山が同時に、人の悲しみを刻んだ山でもある。奈良の神社は、神話と人間の感情が地層のように重なった場所です。
571社の神社に、一本の糸が通っている
ここで少し驚いていただきたいのですが——奈良県内には、およそ571社の神社が存在するとされています。面積あたりに換算すると、これは全国屈指の密度です。宇陀市大宇陀には阿紀神社(あきじんじゃ)があり、天照皇大神や八意思兼神(やごころおもいかねのかみ)を祀ります。地域の人々に「神戸明神(かんべみょうじん)」と呼ばれ、長く親しまれてきた社です。これほど多くの神社が奈良にひしめく理由は、神武東征の物語が示すように、この盆地が日本の王権神話の中心地として機能し続けたからです。各地の氏族が自らの祖神を山や森に祀り、その積み重ねが571という数になりました。
参道を歩くとき、足の下には旧石器時代から続く人の営みがあり、頭上には神話の時間が流れています。次の鳥居をくぐるとき、「この神は誰の神か」と問いながら歩いてみてください。きっと別の奈良が見えてきます。