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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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RITE ESSAY/メンバーの記事

色を選ぶ直観は、説明を求められて初めて知識になる

Akiko Iwamura
2026.06.25READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
デザインと色彩、企業と起業の違いから見えてくる問い
問い・背景
これまで専門家としてデザインを構想する際、そのデザインに最適な色を選択するのは通常の業務であった。また、そうした業務内でデザインや色を想像する作業では、自然と頭の中で思考しつつ、最適解となる数パターンの組合せを瞬時に取捨選択できていた。その後、企業という場所から、起業という場に活動場所を移してからは、これまで自然と頭の中で専門家として思考し、同じ専門家に対し当然のように専門用語で説明をしてきた業務に違和感を覚えるようになった。特に起業場所ほど、専門家ではない方々、または、興味があるかどうかも判らないエンドユーザーに対し、自身が創造したデザインや色について、「なぜ?そう思ったのか?」、「なぜ?このデザインを創造したのか?」、「なぜ?このデザインには、この色が最適であるのか?」を子供でも理解できる言葉で説明しないといけない。これまではクライアントの意向を見聞きし、最適解に整備したデザインと色を提言する。そのための説明のみで良かった業務が、今ではクライアントに問いかけるではなく、自分自身にのみ問いかけながら、自分自身が出した答えが、あたかも最適な答えであるとしてエンドユーザーや卸先等に説明し、納得してもらえないと売上には繋がらない=仕事は成立しなくなった。このように活動の場が変わるだけで、伝えるべき内容や方法、説得するべき内容が変わる事から、活動の場の在り方、意義について問いかけてみたい。なぜなら?企業という場所は、常に似た環境下で、似た思考で、似た職位の方々がいる場所であり、それほど変化のない環境下でもある。これが起業となると予想もしない人と接点を持つこともあれば、以外な仕事に繋がることもある。また、エンドユーザーのトレンド等を分析すると以外なデザイン・色を創造(想像)せざるを得ないこともある。そのため、専門家としての知識を用いた説明では足りない場面にも遭遇する。そうした業務を企業勤めなら、業務外として別の専門部署や、他の専門家にバトンを渡せるが、起業はそうはいかない。それを踏まえた時、そうした企業という箱に守られない起業場所では、突発的な人との出会いも多く、自分たちの領域でしか通用しない専門用語以外での説明責任、または思いもよらない業務活動の突発的業務についても思考した場合、それは人としての成長を止める活動であるのか?または、こうしたAI時代であるからこそ、多様な人の想いを知り、対話しながら共感を得る=AIには代替えできない、本来の人間らしい問いかけ方や伝え方を学ぶ良いきっかけとなっているのか?を問いかけてみたいと思います。

クライアントの要件を聞き終わる前に、頭の中では既に三つの配色が立ち上がっていた。青みがかったグレーと温かみのあるオフホワイト、そこに差し色として沈んだ赤。なぜその組み合わせなのかを問われたことはなかった。同じ訓練を受けた同僚たちは、説明なしに「それだ」と頷いた。企業という場を離れ、起業という場に立ったとき、その「当然」は突然消えた。初めて会う人が、興味があるかどうかもわからない顔で、「なぜこの色なんですか」と問いかけてくる。その瞬間、長年の直観が言葉を持たないことに気づいた。

デザイナーとして企業に勤めていた頃、色を選ぶ行為は意識的な思考というより身体的な反射に近かった。クライアントの言葉を聞いた瞬間、脳内で数パターンの色と形が競合し、最適解が「見えた」。その感覚の正体を問う必要はなかった。なぜなら、隣の席の同僚も、上司も、取引先の担当者も、同じ訓練と同じ語彙を持っていたからだ。「この彩度では重すぎる」「補色関係が強すぎる」——その一言で通じる世界の中に、説明責任という概念は存在しなかった。直観が正確であることと、直観を言語化できることは、まったく別の能力だということを、その場所は教えてくれなかった。

「職人の技は見て盗め」という言葉が示すように、専門知の伝達は歴史的に徒弟制と同質集団内の模倣によって成立してきた。色彩デザインの専門知もその例外ではない。バウハウスの工房から現代のデザイン事務所まで、色の判断は師から弟子へ、先輩から後輩へ、言葉よりも実践の反復を通じて伝承されてきた。企業組織はその現代版であり、採用・評価・昇進の仕組みが認知的同質性を静かに再生産し続ける。起業はその歴史的文脈から離脱する行為だ。異なる訓練を受けた人、あるいは何も訓練を受けていない人と向き合うとき、「説明不要」として流通してきた専門知は初めてその根拠を問われる。

哲学者ドナルド・ショーン(1983年『省察的実践家』)は、専門家の知識は教科書的な技術的合理性では説明できず、実践の中でその都度問題を再定義しながら応答する「行為の中の省察(reflection-in-action)」にあると論じた。色を瞬時に選ぶ行為はまさにこの省察的実践であり、それを言語化する困難は能力の欠如ではなく、実践知の本質的な非言語性に由来する。さらにカントは1790年の『判断力批判』で、美的判断は主観的でありながら他者の同意を要求するという逆説を指摘した。「なぜこの色か」を非専門家に説明しようとする起業家デザイナーは、この哲学的逆説を日々の業務として生きている。

ひとつ小さな実験を試してみてください。自分が選んだ色の理由を、小学生に説明するつもりで声に出してみる。専門用語を剥ぎ取ったとき残るのは、感覚・記憶・感情の言葉になるはずです。「この青は、夕方の海の手前にある空の色に似ているから、見た人が少し遠くを想像できる」——そういう言葉が出てきたなら、それはすでに翻訳の成功です。起業家研究者サラス・サラスバシーが2001年に実証したエフェクチュエーション論理——熟練起業家は目標から手段を逆算するのではなく、手持ちの感性・経験・関係性から達成可能な価値を構築する——は、この翻訳作業の本質を言い当てています。説明の困難は、論理体系の転換を求めているのです。

企業から起業への移行を「専門性の希薄化」と捉えるのは、間違いの方向を向いています。カリフォルニア大学バークレー校のスティーヴン・パーマーとカレン・シュロスが2010年にPNASで発表した生態学的色彩選好理論は、驚くべき事実を示しました。人間が好む色の分布は、個人の趣味ではなく、その人が生きてきた環境に存在する色の分布と高い相関を持つというのです。「なぜこの色か」の答えは、審美的訓練だけでなく、生きた経験の蓄積に根ざしている。起業という場で異質な他者に説明しようとする行為は、その根拠を自分自身に問い直す作業であり、暗黙知が初めて「自分の言葉」として所有される瞬間です。

「説明できないことは、まだ自分のものになっていない」——起業という場は、専門家が長年抱えてきた暗黙知を初めて自分の言葉として所有し直す契機です。AIが色彩提案を高速化し、最適解を瞬時に出力する時代だからこそ、その選択の背後にある生きた経験と感情的文脈を語れる人間の声は代替不可能になっていきます。箱の外に出たデザイナーは専門性を失うのではなく、その専門性の根拠を問われることで初めて知識の主体となる。色を選ぶ直観は、説明を求められたとき初めて「知識」になる——この問いは起業家デザイナーだけのものではなく、専門家が異質な他者と向き合うすべての場面に通底しています。

DEEPER/学術的観点から
2010年、カリフォルニア大学バークレー校のパーマーとシュロスはPNAS誌上で「生態学的色彩選好理論」を発表し、色彩選好が個人の趣味ではなく、その人が生きてきた環境との生態学的対応関係に由来することを実証した(PNAS, 107(19): 8877–8882)。つまりデザイナーが「この色しかない」と感じる直観は、個人的審美眼であると同時に、環境との経験的適応の痕跡でもある。一方、サラスバシー(2001年、Academy of Management Review)は熟練起業家ほど「手持ちの感性と関係性から価値を構築する」エフェクチュエーション論理を採用することを示した。この二つの知見が交差するとき、起業家デザイナーの「説明の困難」は欠如ではなく、自然科学的根拠を持つ直観を社会的文脈へ翻訳する創造的行為として見えてくる。
  • SIGNAL 01

    パーマーとシュロスの2010年の実験では、参加者の色彩選好スコアと「その色が自然環境に存在する頻度×快適さ」の相関係数は0.89に達し、色の好みが個人的趣味ではなく生態学的適応に根ざすことを示した。(Palmer & Schloss, 2010, PNAS 107(19): 8877–8882)

  • SIGNAL 02

    サラスバシーが熟練起業家27名を対象に行った実証研究では、全員がコーゼーション(目標→手段)よりエフェクチュエーション(手段→目標)を優先的に採用しており、予測不能な環境での意思決定論理が企業内管理職と根本的に異なることが示された。(Sarasvathy, 2001, Academy of Management Review 26(2): 243–263)

  • SIGNAL 03

    コンウェイらの2020年のPNAS研究では、110言語の色名データを分析した結果、色の命名パターンが知覚的構造とコミュニケーション需要の両方を反映しており、「色を言葉で伝える」行為が文化を超えた普遍性と文化固有の文脈の両方に依存することが明らかになった。(Conway et al., 2020, PNAS 117(43): 25752–25763)

  • SIGNAL 04

    ヨーゼフ・アルバースは1963年の『色の相互作用』において、同一の色でも隣接する色によって異なる色として知覚されることを体系的に示した。色の「客観的最適解」は知覚文脈に依存するという事実は、専門家の直観が単純な物理的判断ではないことの根拠となっている。(Albers, 1963, Interaction of Color, Yale University Press)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Sarasvathy, S. D. (2001). "Causation and Effectuation: Toward a Theoretical Shift from Economic Inevitability to Entrepreneurial Contingency." Academy of Management Review, 26(2): 243–263. DOI: 10.5465/amr.2001.4378020

    熟練起業家が「目標→手段」ではなく「手段→目標」という逆転した論理で動くことを実証した起業家研究の基礎論文。

  • Palmer, S. E., & Schloss, K. B. (2010). "An ecological valence theory of human color preferences." Proceedings of the National Academy of Sciences, 107(19): 8877–8882. DOI: 10.1073/pnas.0906172107

    色彩選好が個人の趣味ではなく生態学的環境との適応関係に由来することを実証した自然科学的根拠を提供する論文。

  • Conway, B. R., Ratnasingam, S., Jara-Ettinger, J., Kanwisher, N., & Gibson, E. (2020). "Color naming reflects both perceptual structure and communicative need." Proceedings of the National Academy of Sciences, 117(43): 25752–25763. DOI: 10.1073/pnas.1910514117

    110言語の色名データ分析から、色を言葉で伝える行為が知覚的普遍性と文化的コミュニケーション需要の双方に依存することを示す。

  • Schön, D. A. (1983). The Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action. Basic Books.

    専門家の知識が技術的合理性ではなく実践の中の省察に根ざすことを論じた、専門職論の古典的一次著作。

  • Polanyi, M. (1966). The Tacit Dimension. Doubleday.

    「語ることができる以上のことを知っている」という暗黙知の概念を定式化した科学哲学の基礎的著作。

  • Albers, J. (1963). Interaction of Color. Yale University Press.

    同一の色が隣接色によって異なって知覚されることを体系化した、色彩教育における実践的理論の一次著作。

  • Kant, I. (1790). Kritik der Urteilskraft. Lagarde und Friedrich.

    美的判断が主観的でありながら他者の同意を要求するという逆説を論じた哲学古典。専門家が非専門家に審美的判断を説明する際の根本的困難の哲学的根拠となる。

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