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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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「チームで戦え」――プロスポーツを模倣する企業は、排除の装置を内製化している

八木橋パチ日本アイ・ビー・エム株式会社
2026.09.08READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
会社や組織をプロスポーツチームになぞらえることは、経営者、中間管理職、一般社員の誰にとっても、学びよりも弊害の方が大きいのではないか。
問い・背景
プロサッカーリーグやプロ野球、プロバスケットリーグなど、興行として成立しているスポーツのクラブチームは、いわば「行き過ぎた資本主義」の中でさらに成長を目指している企業のようなものではないだろうか。 多様性を愛おしんだり、包括性を育んだり、公正さを重んじる、社会とともに歩み社会に必要とされる要素が、そこにどれくらいあるだろうか。 一般企業が組織的に学ぶ要素ははたしてどの程度のものだろう。ミスリーディングの方が多いのではないだろうか。

「全員が選手だ、試合に勝ちにいこう」――経営会議でその言葉を聞いたとき、私はふと思った。では、ベンチ外になるのは誰なのか。誰かが「スタメン落ち」し、誰かが「戦力外通告」を受ける前提が、すでにその比喩の中に埋め込まれている。スポーツ比喩は単なる修辞ではない。それは組織の設計思想そのものを静かに書き換える認知の枠組みであり、使われるたびに「勝敗で人を測る」という論理を職場の文化として沈殿させていく。この問いを哲学・経済学・進化生物学の交差点から解剖すると、プロスポーツを手本にすることの弊害が、直感をはるかに超えた深さで見えてくる。

「チーム一丸」「全員が選手」「試合に勝ちにいく」。これらの言葉は今や経営の常套語となり、四半期ごとの目標設定から採用面接まで、職場のあらゆる場面に浸透している。概念メタファーは単なる言葉の飾りではなく、思考と行動の枠組みそのものを構成する。「組織は試合だ」という比喩を採用した瞬間、勝敗・選別・排除という論理体系が丸ごと職場に移植される。比喩を変えることは、組織の設計図を書き直すことに等しい。

ところで、プロチームスポーツにはいくつかのタイプがある。だが、共通しているのは「勝ち負け」を決めることだ。どちらかが勝ち、どちらかが負ける。引き分けは、決着をつけることを延期しているだけだ。そしてアマチュアスポーツには、まれに3チーム以上が同時に試合をするものもあるが、そこにプロフェッショナルな競技者はいない。 はたして、企業活動とは、別の企業との1対1の試合なのだろうか。それを積み重ねたリーグ戦なのだろうか。

1981年、経済学者エドワード・レイジアーとシェルウィン・ローゼンは、プロスポーツのような順位に応じた報酬が、労働者の努力を最大化する条件を数理的に示した。 しかし、その後のレイジアーの1989年の実証研究が明らかにしたのは、そこに潜む驚くべき副作用だった。こうした順位型の報酬を導入した組織では、上位者の生産性向上よりも、下位者による同僚への妨害行為(sabotage)の増加が統計的に確認されたのである。 つまり、「勝つ」ために協力するのではなく、「相手を落とす」ことで自分の順位を上げる行動が合理的な選択になりうる。スポーツの勝敗構造を報酬制度に転用した瞬間、職場は協働の場から、互いに足を引っ張り合う競争の場へと変質しうる。

では、今日から何を変えられるか。まず、会議で「チームとして」という言葉が出たとき、「では誰がベンチ外になるのか」と静かに問い返してみてほしい。その問いは批判ではなく、比喩の前提を可視化する作業である。次に、目標設定の言語を「勝敗」から「実践の質」へ置き換えることを試みてほしい。実践には内在的善(その活動自体が育む卓越性)と外在的善(報酬・地位・勝利)があり、外在的善が優越するとき実践は腐食する。「この仕事で何を育てたいか」という問いは、スポーツ比喩が閉ざしていた扉を開く。

スポーツ比喩の代替として、組織設計の工学と進化生物学は別の地図を差し出している。デイヴ・スノーデンが提示したCynefinフレームワークは、プロスポーツが機能する「煩雑系(Complicated)」環境――ルールが固定され最適解が存在する世界――と、一般企業が直面する「複雑系(Complex)」環境――正解が事後にしか分からない世界――を構造的に区別する。固定役割と指揮命令系統を前提とするスポーツ型設計は、複雑系では機能しない。さらに進化生物学者デイヴィッド・スローン・ウィルソンとエドワード・O・ウィルソンは多層選択理論において、個体レベルの競争を強化する集団は、集団レベルの協調を育む集団に長期的に駆逐されることを示した。競争一辺倒の組織観は、自然界においても持続不可能なのである。

「チームで戦え」という言葉が消えた組織で、何が生まれるか。その問いに、スポーツの比喩は答えてくれない。あなたの組織は何のために存在するのか――その根本の問いに向き合うとき、勝敗の言語はむしろ障害になる。排除の装置を手放すことは、組織の弱体化ではない。それは、社会とともに生きるための設計を、はじめて真剣に考え始めることだ。

DEEPER/学術的観点から
1989年、スタンフォード大学のエドワード・レイジアーは『Journal of Political Economy』97巻3号で、トーナメント型報酬制度が組織内の妨害行為(sabotage)を統計的に増加させることを実証した。この知見に、ポール・ディマジオとウォルター・パウエルが1983年の『American Sociological Review』48巻2号で論じた制度的同型化を重ねると、企業がスポーツ型組織を模倣するのは合理的選択ではなく、業界内の同調圧力(模倣的同型化)によるものだとわかる。つまりスポーツ比喩の採用は「効果があるから」ではなく「他社がやっているから」という理由で拡散した制度的慣行であり、その弊害は導入した組織が自覚する前に深く根を張り続けている。
  • SIGNAL 01

    トーナメント型報酬を導入した組織では、競争相手への妨害行為(sabotage)が統計的に増加することが実証されている。上位者の生産性向上よりも、下位者による同僚妨害の増加が先行するという逆説的な結果が確認された。(Lazear, 1989, Journal of Political Economy 97(3): 561-580)

  • SIGNAL 02

    多層選択理論の分析によれば、個体間競争を強化する集団は、集団内協調を育む集団に対して長期的な淘汰圧を受ける。競争一辺倒の組織設計が進化論的に持続不可能であることを、82巻4号の論文が示している。(Wilson & Wilson, 2007, The Quarterly Review of Biology 82(4): 327-348)

  • SIGNAL 03

    米国企業のDEI(多様性・公平性・包括性)プログラムの効果を大規模に調査した研究では、競争・選別を前提とする組織文化においてDEI施策が形骸化するメカニズムが実証された。義務的研修は管理職の反発を招き、多様性比率をむしろ悪化させるケースが報告されている。(Dobbin & Kalev, 2016, Harvard Business Review 94(7): 52-60)

  • SIGNAL 04

    1983年の制度的同型化研究は、組織が競合他社の構造を模倣する「模倣的同型化」が、合理的選択ではなく不確実性への対処として生じることを示した。スポーツ型組織モデルの普及は効果の実証ではなく業界内同調の産物である可能性が高い。(DiMaggio & Powell, 1983, American Sociological Review 48(2): 147-160)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Lazear, E. P., & Rosen, S. (1981). "Rank-Order Tournaments as Optimum Labor Contracts." Journal of Political Economy, 89(5): 841-864. DOI: 10.1086/261010

    トーナメント理論の原著論文。順位に基づく報酬設計がプロスポーツ型競争構造を一般企業に移植する際の理論的根拠となってきたが、その前提条件の限界をも内包する。

  • Lazear, E. P. (1989). "Pay Equality and Industrial Politics." Journal of Political Economy, 97(3): 561-580. DOI: 10.1086/261616

    トーナメント型報酬が組織内の妨害行為(sabotage)を統計的に増加させることを実証した論文。スポーツ比喩の報酬転用が協働を破壊するメカニズムを経済学的に示す。

  • DiMaggio, P. J., & Powell, W. W. (1983). "The Iron Cage Revisited: Institutional Isomorphism and Collective Rationality in Organizational Fields." American Sociological Review, 48(2): 147-160. DOI: 10.2307/2095101

    組織が合理的選択ではなく同調圧力によって構造を模倣する「制度的同型化」を論じた原著。スポーツ型組織モデルの拡散が効果の実証ではなく業界内模倣によるものであることを示す理論的根拠。

  • Wilson, D. S., & Wilson, E. O. (2007). "Rethinking the Theoretical Foundation of Sociobiology." The Quarterly Review of Biology, 82(4): 327-348. DOI: 10.1086/522809

    多層選択理論を論じた論文。個体レベルの競争強化が集団レベルの協調を損ない、長期的に淘汰されることを進化生物学的に示す。競争一辺倒の組織観への自然科学的批判として機能する。

  • Dobbin, F., & Kalev, A. (2016). "Why Diversity Programs Fail." Harvard Business Review, 94(7): 52-60.

    競争・選別を前提とする組織文化がDEI施策を形骸化させるメカニズムを大規模実証で示した研究。スポーツ比喩が組織の多様性推進に与える構造的阻害を社会学的に裏付ける。

  • Suits, B. (1978). The Grasshopper: Games, Life and Utopia. University of Toronto Press.

    ゲームを「不必要な障害を自発的に引き受ける活動」と定義し、その自発性と内在的価値を哲学的に論じた著作。プロスポーツがこの定義上すでにゲームではないという逆説を提供する。

  • MacIntyre, A. (1981). After Virtue: A Study in Moral Theory. University of Notre Dame Press.

    実践の内在的善(excellence of practice)が外在的善(報酬・勝利)によって腐食される過程を論じた道徳哲学の古典。組織における目標言語の転換を哲学的に根拠づける。

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