ある製造業の企画部長とAIスタートアップのCTOが同席した未来構想会議で、不思議な沈黙が生まれた瞬間があった。企画部長が「5年後の設備投資計画」を語り始めたとき、CTOの目が微かに泳いだ。CTOにとって5年後とは、製品が三世代以上入れ替わる永遠に近い時間だ。同じ「未来をつくる」という言葉を使いながら、二人は異なる宇宙を指し示していた。この小さなすれ違いは、単なるコミュニケーションの問題ではない。それぞれが前提とする時間の感触、技術への信頼の形、そして「誰が未来を決めるか」という暗黙の権力構造が、一枚の会議室テーブルの上で静かに衝突していたのだ。
製造業の企画部長が描く未来は、工場の床面積と設備の耐用年数に根ざしている。10年後に稼働する機械を今日発注し、30年後の需要を見越して土地を押さえる。その思考は、原因が結果を生む直線的な因果連鎖を信頼することで成り立つ。一方、AIスタートアップのCTOが語る未来は、半年後の仮説検証から始まる。市場の反応を見てピボットし、また仮説を立てる。同じ「戦略」という言葉が、一方では設計図を意味し、他方では実験の連続を意味する。この時間感覚のずれは、言語の問題ではなく、現実の構造への異なる信頼の形だ。
こうした時間地平の衝突は、今に始まったことではない。カルロタ・ペレスは著書『Technological Revolutions and Financial Capital』(2002年)で、産業革命期にも金融資本と生産資本が異なる時間感覚で「次の産業」を構想し激しく衝突した歴史を描いた。蒸気機関の普及期、鉄道投機の熱狂と製造現場の漸進的改善は同じ時代を生き、互いを理解できなかった。AIが駆動する現在の転換は、ペレスが論じた技術経済パラダイムの交代と同等規模の文明的変容だ。ただし今回は、変化の速度と非線形性が桁違いに大きく、単一の勝ちパターンへの収束を許さない。
この非収束性を哲学的に根拠づけるのが、香港出身の技術哲学者・許煜(Yuk Hui)の「コスモテクニクス(cosmotechnics)」概念だ。許は2016年の著書『Recursivity and Contingency』で、技術とは普遍的・単一の合理性が生む産物ではなく、各文明の宇宙論・存在論と不可分に結びついた複数の形態をとると論じた。西洋近代の技術観が「唯一の技術的未来」を規定するという前提を解体し、異なる文明的背景を持つ主体がそれぞれ固有の技術的想像力を持ち込めることを示す。AIという技術を単一の合理性の帰結として受け取るか、複数の宇宙論が参加できる開かれた場として設計するかは、工学の問題ではなく哲学の問題だ。
では、異なる時間地平と宇宙論を持つ人々が同じテーブルで会話するには、何から始めればよいか。フォーサイト研究者ビル・シャーキン(Bill Sharpe)らが開発した「Three Horizons(三つの地平線)」フレームワークは、その入口として機能する。現在の延長(H1)・移行期の模索(H2)・変容後のビジョン(H3)を同時に一枚の地図に描くこの対話設計は、製造業の担当者とIT産業の担当者が互いの時間感覚を翻訳し合う共通言語を生む。明日の会議で試せる。ホワイトボードに三本の線を引き、それぞれが「今起きていること」「崩れつつある前提」「実現したい未来」を書き込む30分の実験から、会話の質は変わる。
しかし、共通の地図を描くことには、見えにくい危険が潜む。社会学者ウェンディ・エスペランドとミッチェル・スティーブンスは1998年、『Annual Review of Sociology』誌上で「共約化(commensuration)」概念を論じた。異なる価値基準を持つ主体が共通の数値で比較される瞬間、測定できない価値観が静かに排除される社会過程だ。製造業の長期ROI計算とIT産業のアジャイル指標が同じ会議室に持ち込まれるとき、どちらの時間感覚が「標準」とされるかは技術的問題ではなく権力の問題である。参加型フォーサイトの設計は、誰の未来観が会話の土台になるかを問う、政治的・倫理的行為だ。
「未来をつくる」とは、正しい予測を当てることでも最適な計画を立てることでもない。複数の未来を並走させたまま手放さず、異なる時間地平と宇宙論を持つ人々が会話し続けることそのものが、未来をつくる行為だ。AIは問いを解くツールである前に、誰がどの問いを立てるかを問い直す鏡だ。その鏡の前に、エンジニアだけが立つのか、製造現場の職人も、人文学者も、異なる文明的想像力を持つ人々も立つのか——その問いへの答えが、これからの社会の形を決める。