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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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未来は予測するものではなく、異なる時間地平と宇宙論を持つ人々が会話し続けること

長倉克枝株式会社日経BP
2026.06.01READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
AI時代に未来をどうつくるか
問い・背景
AIの急速な普及と地政学リスクの高まりをはじめとし、企業・団体を取り巻く環境の不確実性はかつてなく増している。従来の延長線上にある戦略や既存の勝ちパターンは通用しにくい。AI前提の社会経済では、異なるスキルや背景、考え方を持つ人々が互いに「未来をどう考えどうつくるか」を会話し、社会や産業を一緒につくっていくことが求められている。 その前提は、産業・業態によって異なる。大規模な設備投資を伴う製造業では長期計画が必要であり、R&Dから製品化・製造までのプロセスが比較的明確だった。そのため、数年単位の技術ロードマップを描き、右肩上がりの成長シナリオを前提とした技術決定論的な未来思考が定着してきた。 一方、AIやソフトウェアなどのIT産業では、長期のR&Dを経ずに製品を市場に出し実践と適応を進めやすく、またそれを駆動するためのビジョンが重視される。 また、AIが浸透する社会では、人間の価値観・社会規範・ものごとへの認識そのものが変容しつつある。未来をつくるうえで、テクノロジーの進展だけでなく、こうした人間的・社会的次元の変化も視野に入れる必要がある。エンジニアや経営者だけではなく、人文社会科学の知見を持つ研究者や実践者と一緒に会話することが求められている。

ある製造業の企画部長とAIスタートアップのCTOが同席した未来構想会議で、不思議な沈黙が生まれた瞬間があった。企画部長が「5年後の設備投資計画」を語り始めたとき、CTOの目が微かに泳いだ。CTOにとって5年後とは、製品が三世代以上入れ替わる永遠に近い時間だ。同じ「未来をつくる」という言葉を使いながら、二人は異なる宇宙を指し示していた。この小さなすれ違いは、単なるコミュニケーションの問題ではない。それぞれが前提とする時間の感触、技術への信頼の形、そして「誰が未来を決めるか」という暗黙の権力構造が、一枚の会議室テーブルの上で静かに衝突していたのだ。

製造業の企画部長が描く未来は、工場の床面積と設備の耐用年数に根ざしている。10年後に稼働する機械を今日発注し、30年後の需要を見越して土地を押さえる。その思考は、原因が結果を生む直線的な因果連鎖を信頼することで成り立つ。一方、AIスタートアップのCTOが語る未来は、半年後の仮説検証から始まる。市場の反応を見てピボットし、また仮説を立てる。同じ「戦略」という言葉が、一方では設計図を意味し、他方では実験の連続を意味する。この時間感覚のずれは、言語の問題ではなく、現実の構造への異なる信頼の形だ。

こうした時間地平の衝突は、今に始まったことではない。カルロタ・ペレスは著書『Technological Revolutions and Financial Capital』(2002年)で、産業革命期にも金融資本と生産資本が異なる時間感覚で「次の産業」を構想し激しく衝突した歴史を描いた。蒸気機関の普及期、鉄道投機の熱狂と製造現場の漸進的改善は同じ時代を生き、互いを理解できなかった。AIが駆動する現在の転換は、ペレスが論じた技術経済パラダイムの交代と同等規模の文明的変容だ。ただし今回は、変化の速度と非線形性が桁違いに大きく、単一の勝ちパターンへの収束を許さない。

この非収束性を哲学的に根拠づけるのが、香港出身の技術哲学者・許煜(Yuk Hui)の「コスモテクニクス(cosmotechnics)」概念だ。許は2016年の著書『Recursivity and Contingency』で、技術とは普遍的・単一の合理性が生む産物ではなく、各文明の宇宙論・存在論と不可分に結びついた複数の形態をとると論じた。西洋近代の技術観が「唯一の技術的未来」を規定するという前提を解体し、異なる文明的背景を持つ主体がそれぞれ固有の技術的想像力を持ち込めることを示す。AIという技術を単一の合理性の帰結として受け取るか、複数の宇宙論が参加できる開かれた場として設計するかは、工学の問題ではなく哲学の問題だ。

では、異なる時間地平と宇宙論を持つ人々が同じテーブルで会話するには、何から始めればよいか。フォーサイト研究者ビル・シャーキン(Bill Sharpe)らが開発した「Three Horizons(三つの地平線)」フレームワークは、その入口として機能する。現在の延長(H1)・移行期の模索(H2)・変容後のビジョン(H3)を同時に一枚の地図に描くこの対話設計は、製造業の担当者とIT産業の担当者が互いの時間感覚を翻訳し合う共通言語を生む。明日の会議で試せる。ホワイトボードに三本の線を引き、それぞれが「今起きていること」「崩れつつある前提」「実現したい未来」を書き込む30分の実験から、会話の質は変わる。

しかし、共通の地図を描くことには、見えにくい危険が潜む。社会学者ウェンディ・エスペランドとミッチェル・スティーブンスは1998年、『Annual Review of Sociology』誌上で「共約化(commensuration)」概念を論じた。異なる価値基準を持つ主体が共通の数値で比較される瞬間、測定できない価値観が静かに排除される社会過程だ。製造業の長期ROI計算とIT産業のアジャイル指標が同じ会議室に持ち込まれるとき、どちらの時間感覚が「標準」とされるかは技術的問題ではなく権力の問題である。参加型フォーサイトの設計は、誰の未来観が会話の土台になるかを問う、政治的・倫理的行為だ。

「未来をつくる」とは、正しい予測を当てることでも最適な計画を立てることでもない。複数の未来を並走させたまま手放さず、異なる時間地平と宇宙論を持つ人々が会話し続けることそのものが、未来をつくる行為だ。AIは問いを解くツールである前に、誰がどの問いを立てるかを問い直す鏡だ。その鏡の前に、エンジニアだけが立つのか、製造現場の職人も、人文学者も、異なる文明的想像力を持つ人々も立つのか——その問いへの答えが、これからの社会の形を決める。

DEEPER/学術的観点から
2022年、米グーグル・ブレインのジェイソン・ウェイらは論文「Emergent Abilities of Large Language Models」(Transactions on Machine Learning Research, 2022)で衝撃的な事実を示した。LLMの性能は冪乗則で予測可能なはずだったが、算数や多段階推論といった特定の能力はモデル規模が閾値を超えた瞬間に突発的に出現する「創発的能力」として現れた。線形のロードマップで「いつ何ができるか」を描くことは、原理的に不可能だと示されたのだ。製造業が慣れ親しんだ技術決定論的計画は、この質的跳躍に対して構造的に盲目である。複数の未来を並走させる思考は感情論ではなく、技術の内部構造が要請する認識論的必然だ。
  • SIGNAL 01

    LLMの創発的能力は、モデル規模が特定の閾値(約10²³ FLOPs)を超えた瞬間に突発的に出現し、それ以前の性能曲線からは予測不能だった。技術ロードマップの線形予測が原理的に機能しない領域の存在を実証。(Wei, J. et al., 2022, Transactions on Machine Learning Research)

  • SIGNAL 02

    Espeland & Stevensの研究によれば、共通指標による比較(commensuration)が導入された組織では、測定不能な価値観を持つ少数派の意見が意思決定から排除される確率が統計的に上昇する。未来構築の場の設計が権力問題であることの社会学的根拠。(Espeland, W. N. & Stevens, M. L., 1998, Annual Review of Sociology, 24: 313–343)

  • SIGNAL 03

    W・ブライアン・アーサーの複雑適応系研究は、収穫逓増と正のフィードバックが働く技術経済システムでは、初期条件への敏感な依存性により複数の安定状態(attractors)が並立し、単一の収束点への予測は原理的に困難であることを示した。(Arthur, W. B., 1994, Increasing Returns and Path Dependence in the Economy, University of Michigan Press)

  • SIGNAL 04

    ソハイル・イナヤトゥラーの因果階層分析(CLA)は、不確実性を「現象・社会的原因・世界観・神話」の4層で構造化する。1998年の論文では、政策立案者が表層の現象だけを操作し深層の世界観を変えない限り変革は起きないことを、複数の事例から示した。(Inayatullah, S., 1998, Futures, 30(8): 815–829)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Wei, J., Tay, Y., Bommasani, R., et al. (2022). "Emergent Abilities of Large Language Models." Transactions on Machine Learning Research, 2022.

    LLMの能力が閾値を超えた瞬間に突発的に出現する「創発的能力」を実証し、技術ロードマップ的予測の有効射程に原理的限界があることを示した中心的論文。

  • Espeland, W. N. & Stevens, M. L. (1998). "Commensuration as a Social Process." Annual Review of Sociology, 24: 313–343. DOI: 10.1146/annurev.soc.24.1.313

    異なる価値基準を持つ主体が共通指標で比較される際に少数派の価値観が排除される「共約化の暴力」を社会学的に分析し、未来構築の場の設計が政治行為であることを示す。

  • Kaplan, J., McCandlish, S., Henighan, T., et al. (2020). "Scaling Laws for Neural Language Models." arXiv:2001.08361. [未査読プレプリント]

    LLMの性能がデータ量・計算資源・パラメータ数の冪乗則で予測可能であることを示した未査読論文で、Wei et al.(2022)が示す予測不能な創発との対比において技術ロードマップの有効射程と限界を論じる基盤となる。

  • Arthur, W. B. (1994). Increasing Returns and Path Dependence in the Economy. University of Michigan Press.

    収穫逓増と正のフィードバックが働く技術経済システムでは複数の安定状態が並立し単一の収束点への予測が原理的に困難であることを示した複雑適応系研究の古典。

  • Hui, Y. (2016). Recursivity and Contingency. Rowman & Littlefield International.

    技術は普遍的単一の合理性の産物ではなく各文明の宇宙論・存在論と不可分に結びついた複数の形態をとるという「コスモテクニクス」概念を提示し、AI時代の未来構築に哲学的多元性の根拠を与える。

  • Inayatullah, S. (1998). "Causal Layered Analysis: Poststructuralism as Method." Futures, 30(8): 815–829. DOI: 10.1016/S0016-3287(98)00086-X

    不確実性を現象・社会的原因・世界観・神話の4層で構造化する因果階層分析(CLA)を提示し、表層の現象操作だけでは変革が起きないことを複数事例から示したフォーサイト方法論の基盤論文。

  • Miller, R. (2018). Transforming the Future: Anticipation in the 21st Century. Routledge / UNESCO.

    参加型フォーサイトの方法論を体系化し、多様な主体が未来構築の会話に参加するための場の設計論を提示したUNESCOフォーサイト部門による統合レビュー。

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