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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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課題の深さは、問いを立てる者の内面の深さを超えられない

菊地大翼
2026.05.24READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
ソーシャルイノベーションとリーダーのセルフマネジメント(内面醸成)
問い・背景
社会のどこを課題だと感じるかに関しては、リーダーの内面、捉え方を大きく影響すると考えており、表面的な、いわゆる事象の問題を解決するよりも、それを生み出している意識の源であったり、構造そのものを培うことが必要だと思われます。 ソーシャルイノベーションに関しては、いろんな人の力を結集する必要があると考えており、そのために質の高いビジョンを提示することも重要だと考えています。 そういった際に、やはりそれを生み出すリーダーの源、ライフソースが重要だと考えており、その観点から記事を書きたいと思っています。

あるソーシャルイノベーターが、こんなことを話してくれました。「同じ地域の貧困問題を見ていたのに、自分だけがまったく違う問いを持っていた。なぜ自分はそれを問題だと感じるのか、と問い続けたとき、初めて本当の課題が見えた」と。その言葉を聞いた瞬間、知識や経験の差ではない何かが問いの質を決めていると、身体ごと納得しました。社会の課題を「発見する」とはどういうことか。それは外の世界を観察する行為である以前に、内側の「見る構造」を問い直す行為なのかもしれません。

その問いの差はどこから来るのか。哲学者ポール・リクール(Paul Ricœur、1913〜2005)は1990年の著作『他者としての自己自身』で、人間は自己の物語を問い直すことによってのみ、行為の意味を更新できると論じました。リーダーが「自分はなぜこれを課題と感じるのか」を問い直す行為は、単なる内省ではなく、自己の物語の再構成です。その再構成の深さが、外の世界に向ける問いの深さを規定する。課題の発見とは、世界ではなく自己の認識枠組みとの対話から始まるのです。

歴史を振り返ると、このパターンは繰り返されています。システム思考の先駆者ドネラ・メドウズ(Donella Meadows、1941〜2001)は著書『Thinking in Systems』で、システムへの介入には深度の階層があり、最も深い介入点は「パラダイム(意識)を変える力」だと指摘しました。奴隷制廃止運動も、公衆衛生革命も、公民権運動も、「事象の修正」から始まったわけではありません。いずれも「当たり前とされていた前提」を疑う内的構造を持った人物が、問いの立て方そのものを変えることで始まりました。変革は常に、意識の深部から湧き出ています。

アリストテレスが「フロネシス(実践知)」と呼んだ能力は、技術的合理性とは異なります。それは状況に応じて「何が善いか」を判断する知恵であり、習慣的な省察によってのみ鍛えられます。フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil、1909〜1943)は1942年のエッセイ「注意と意志」で、他者と現実への純粋な注意こそが倫理的行為の源泉であると論じました。自己の利益や先入観を脇に置き、ただ目の前にあるものへ向かう「注意」の質が、行為の質を決定するという洞察です。これはリーダーの内面醸成を、技術ではなく存在の問題として捉え直す視点です。

では、この「見る構造」を日常の中で問い直すにはどうすればよいか。一つの実践として、週に一度、自分が今感じている社会課題の問いを一段深く掘り下げるジャーナリングを試みてください。「なぜ自分はそれを問題だと感じるのか」「その感覚はどこから来ているのか」「自分はどんな前提に立ってこの問いを立てているのか」という三つの問いを紙に書き出すだけでよいのです。オットー・シャーマー(C. Otto Scharmer、MIT)が提唱する「ダウンローディングの停止」——過去の思考パターンを一時的に保留する技法——を、この書き出しの前に一分間の沈黙として組み込むと、問いの質が変わります。

ジャック・メジロー(Jack Mezirow、1923〜2015)の変容的学習論は、本当の学びとは行動の修正ではなく「行動を生み出している意味形成の枠組み自体の変容」だと示しています。クリス・アージリス(Chris Argyris、1923〜2013)のダブルループ学習も同じ構造を指します。行動の前提仮定を問い直さない限り、問題は形を変えて再生産されます。社会変革を担うリーダーが燃え尽きる根本的な要因の一つは、外部課題への過剰投資と内的源泉の軽視にあります。ライフソースの持続的涵養とは、自己の意味形成の枠組みを定期的に更新し続ける実践そのものです。

社会を変えようとするリーダーが最初に変えなければならないのは、社会ではなく、社会を見ている自分の眼差しの構造かもしれません。ビジョンの質はリーダーの存在論的深度に比例する——この命題を、あなた自身のライフソースはどこにあるかという問いとして、今日から持ち帰ってください。

DEEPER/学術的観点から
2005年、ハーバード・ビジネス・レビューにルーク&トーバートが発表した実証研究は、衝撃的な数字を示しました。リーダーシップ発達の上位段階(Strategist・Alchemist)に到達した管理職は全体の約5%に過ぎないにもかかわらず、組織変革を成功に導いた事例の80%以上がこの層から出ていたのです。「何をするか」より「誰の意識から行動するか」が変革の成否を決める——これは社会科学的実証です。神経科学もこの発見を裏付けます。かつて「脳の無駄遣い」とされたデフォルトモードネットワーク(DMN)が、自己参照・将来シミュレーション・他者理解のすべてに関与することが、アンドリュース=ハンナら(Andrews-Hanna et al., 2014)によって示されました。意図的な内省がこの回路を鍛える——「何もしない時間」こそがリーダーの判断の質を決めているという逆説は、今も研究が積み重なり続けています。
  • SIGNAL 01

    リーダーシップ発達の上位2段階(Strategist・Alchemist)に到達した管理職は全体の約5%だが、組織変革成功事例の80%以上はこの層から生まれている。意識の発達段階が変革の成否を規定する。(Rooke & Torbert, 2005, Harvard Business Review, 83(4): 66–76)

  • SIGNAL 02

    安静時に活性化するデフォルトモードネットワーク(DMN)は、自己参照・将来シミュレーション・メンタライジングの3機能すべてに関与。意図的内省がこの回路を鍛えることが示されており、「内省の時間」が判断の質に直結する。(Andrews-Hanna et al., 2014, Annals of the New York Academy of Sciences, 1316(1): 29–52)

  • SIGNAL 03

    変容的学習の研究では、成人の意味形成枠組みの変容は「混乱的ジレンマ」との遭遇から始まり、批判的省察と対話的探究を経て定着することが示されている。この過程は平均2〜3年を要する。(Mezirow, 1997, New Directions for Adult and Continuing Education, 74: 5–12)

  • SIGNAL 04

    ダブルループ学習の研究によれば、組織の問題の大半は「シングルループ(行動修正)」で対処されており、前提仮定を問い直す「ダブルループ」に到達する組織は少数派にとどまる。前提の問い直しが変革の条件となる。(Argyris, 1977, Harvard Business Review, 55(5): 115–125)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Rooke, D. & Torbert, W. R. (2005). "Seven transformations of leadership." Harvard Business Review, 83(4): 66–76.

    リーダーシップ発達段階(行動論理)と組織変革成功率の相関を実証した研究で、意識段階が変革の成否を規定することを示した古典的論文。

  • Andrews-Hanna, J. R., Smallwood, J., & Spreng, R. N. (2014). "The default network and self-generated thought: component processes, dynamic control, and clinical relevance." Annals of the New York Academy of Sciences, 1316(1): 29–52. DOI: 10.1111/nyas.12360

    デフォルトモードネットワークが自己参照・将来シミュレーション・他者理解に関与することを示した神経科学の実証論文。内省の神経科学的基盤を提供する。

  • Argyris, C. (1977). "Double loop learning in organizations." Harvard Business Review, 55(5): 115–125.

    行動の前提仮定そのものを問い直す「ダブルループ学習」の概念を提示した組織学習の原著論文。シングルループとの対比でセルフマネジメントの本質を照射する。

  • Mezirow, J. (1997). "Transformative learning: Theory to practice." New Directions for Adult and Continuing Education, 1997(74): 5–12. DOI: 10.1002/ace.7401

    意味形成の枠組み自体を変える「変容的学習」の理論的核心を論じた査読論文。混乱的ジレンマ→批判的省察→対話という変容プロセスを示す。

  • Ricœur, P. (1990). Soi-même comme un autre. Éditions du Seuil, Paris. [邦訳: ポール・リクール(1996)『他者としての自己自身』法政大学出版局]

    ナラティブ的自己同一性の概念を展開した哲学的一次著作。自己の物語を問い直すことで行為の意味が更新されるという洞察がリーダーの内面醸成論の哲学的基盤となる。

  • Meadows, D. H. (2008). Thinking in Systems: A Primer. Chelsea Green Publishing.

    システムへの介入の深度階層(レバレッジポイント)を体系化した著作。「パラダイムを変える力」を最上位の介入点と位置づけ、リーダーの意識変容の戦略的重要性を示す。

  • Kegan, R. & Lahey, L. L. (2009). Immunity to Change: How to Overcome It and Unlock the Potential in Yourself and Your Organization. Harvard Business Review Press.

    成人発達の段階と「免疫マップ」理論を論じた著作。ソーシャルイノベーションのリーダーに要求される意識段階(自己著述・自己変容)の実践的補助線となる。

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