「先生がびびってはった」という小学2年生の報告は、価値論の核心を突いていた。「我が家の宝物」を紹介する授業で桐箱に収まった江戸末期の西陣織の袱紗と表具店の蔵から出てきた信長の手紙が教室に持ち込まれたときのことである。素材の精緻さでも保存状態でも、袱紗が劣るわけではない。それでも教室の空気を変えたのは後者だった。固有名詞の重力、とでも呼ぶべき何かが、年代や職人技とは独立して働いていた。エジプトでは色鮮やかなパピルスが「ただの古紙」として路傍に転がり、同じ紙片が欧米のオークションに出れば数百万円で競り落とされる。遺物の価値は、モノそのものに宿っているのではない。では、どこに宿っているのか。その問いに、経済学と人類学は異なる角度から同じ答えを指し示している。
小学校の教室に持ち込まれた二つの遺物は、同じ「家の宝物」という括りに収まりながら、まったく異なる重力を持っていた。袱紗は義母が「触らないように」と念を押すほど大切にされてきた品だ。しかし信長という固有名詞が教室に入った瞬間、先生の反応が変わった。年代の差は数百年に過ぎず、保存状態も甲乙つけがたい。それでも価値の非対称は歴然としていた。エジプトのパピルスが現地で紙屑として扱われ、ロンドンのオークションで高額落札される逆説も同じ構造を持つ。遺物の価値は年代や素材だけでは説明できない。では何が決めているのか、という問いを立ち上げるところから始めよう。
文化財に「市場価格」という数値を貼り付けた装置は、18世紀のロンドンで産声を上げた。サザビーズが1744年に、クリスティーズが1766年に競売制度を確立し、遺物に初めて公開の数値が付与された。1900年以降の骨董品市場を辿ると、価値の重心が文化的覇権の移動と連動してシフトしてきたことがわかる。20世紀初頭の東洋美術ブーム、1980年代バブル期の日本美術高騰、2000年代以降の中国美術急騰は、いずれも「誰が買い手か」という権力構造の変化を映している。遺物の価値は、それを欲しがる文明の勢いによっても書き換えられる。市場価格は遺物の性質を反映するのではなく、その時代の欲望の配置を反映する。
人類学者イゴール・コピトフは1986年、アパドゥライ編『The Social Life of Things』所収の論文「モノの伝記」で、遺物が「商品化」と「特異化」の間を往復するプロセスを記述した。商品化とはモノが市場で等価交換可能になる局面、特異化とはモノが特定の文脈に再埋め込みされ代替不可能な一個として立ち現れる局面だ。信長の手紙は固有名詞による特異化の極致であり、西陣織の袱紗は家族記憶による特異化の一形態にあたる。価値は遺物に内在せず、流通・鑑定・物語という回路で動態的に生産される。経済学的定量化とは、この「特異化の度合い」を価格へ翻訳しようとする営みとして位置づけられる。
その翻訳を試みた方法論が、ヘドニック価格法(Hedonic Pricing Method)だ。住宅や自動車で確立されたこの手法を文化財オークションに適用し、年代・保存状態・作者・来歴の著名性・出品ハウスのブランド・現存数といった属性ごとの「価格への寄与」を回帰分析で推定する研究が1990年代以降に蓄積されてきた。ルック・レンネブーフとクリストフ・スパーニェルスが2013年に発表した英国オークションデータ分析(1900〜2007年)によれば、来歴(プロヴェナンス)変数が落札価格に与えるプレミアムは平均30〜50%に達する。さらに著名人の「負の来歴」、つまり犯罪やスキャンダルとの関連でさえ、統計的に有意な正のプレミアムを生む。悪名もまた固有名詞として価格に翻訳されるのだ。
しかし定量化には根本的な限界がある。放射性炭素年代測定(AMS-14C法)の精度向上が落札価格に正の効果をもたらすのは、「真正性の不確実性が高かった品目」に限定される。科学が確証を与えた瞬間にのみ価格が動く。逆に言えば、すでに疑いのない遺物の価値は科学的証明では動かない。ブロックチェーン来歴証明も同様で、デジタル認証が価格を押し上げるのは来歴が曖昧だった品目においてのみだ。文化経済学者デイヴィッド・スロスビーが論じる「遺産価値」や「存在価値」は、市場取引を経ずとも社会に存在するだけで人々が感じる価値を指す。袱紗が義母の手の中にある限り、それは市場価格に還元されない固有の重さを持ち続ける。
信長の手紙を前に先生が「びびった」その瞬間こそ、価格表に載らない価値の核心だった。経済学的定量化の真の貢献は、来歴プレミアムや特異化係数を測ることではなく、「測れないものの輪郭を、測れるものの外縁から描き出すこと」にある。ヘドニック回帰が捉えるのは価値の影であり、影の形から本体を逆算する作業だ。あなたの家の遺物が持つ、価格に還元されない固有名詞は何か。その問いに答えられるのは、市場ではなく記憶だけだ。