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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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「理解できない」は、相手ではなく自分の限界を告白している

石神康秀合同会社ゲーミフィ・クリエイティブマネジメンツ
2026.06.15READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
バイアスに「(例外なく)誰もが」自分では気が付けない問題
問い・背景
・自分から望ましいものを探して「やっぱり」と言ってしまう。 ・「訳が分からない」「理解が出来ない」と言う言葉を、相手の異常さを伝えるために使っているが実際には言葉通り自分に想像力や理解力が足らないだけ。 ・「〇〇が事実だとしたら…」から始まる推論は、ただの可能性の話でしか無かったはずなのに、自分では事実だと疑っていないせいで、最後には、「絶対に許せない」などと過程であったことを忘れてしまう。 これらはSNSを見ているとよくある現象で、『自分が関係ない問題に対してはすぐに気が付ける』のだけど、『自分が関係する・興味がある話題では気が付けない』問題がある。 少なくとも、ここで挙げた言葉を自分で使いそうになったときは気を付けるようにしているが、他の言葉で結局偏見やバイアスにまみれているのだろう。 (だって他の人が例外なくそうなので、自分もそうなはずだ。) バイアスの話自体(確証バイアスとか願望バイアス)は割と一般的だと思うし理解している人も多いと思うのだけど、問題は自分が当事者になるとそう思えないことで、 かといって第3者が出てきて「あなたたちどちらもバイアスですよ」とは指摘しない。 それによって本質と違ってまた揉めていくこともよく見る。 なんだかもやもやする。自分もたぶん自覚なく同じことをしていることも含めて。

気になるニュースを検索するとき、指はすでに「そうだった」と言いたがっています。キーワードを打ち込む前から、望む答えがぼんやりと胸の中にあって、画面を下へスクロールするたびに、それを裏づける文章だけが目に飛び込んでくる。見つけた瞬間の小さな安堵——「やっぱり」——は、探索が終わったという充実感を連れてきます。けれどその充実感は、調べたことへの報酬ではなく、最初から決めていた結論を守りきったことへの報酬です。バイアスについて「知っている」という事実が、むしろその安堵を強化する皮肉な構造が、ここにあります。

スマートフォンを手にして、気になる話題を検索する。関連記事を開き、コメント欄をスクロールし、自分の直感と一致する投稿を見つけた瞬間、静かに画面を閉じる。その一連の行為は「調べた」という事実を残しますが、実際には結論を先に決め、証拠を後から集める動機づけ推論(motivated reasoning)の典型的な経路です。社会心理学者ジーバ・クンダが1990年に示したように、人は望む結論を支持する証拠を優先的に検索し、反証には高い立証基準を課します。これは意識的な欺瞞ではなく、認知が感情と統合されているがゆえの構造的な帰結です。

「あの人たちは理解できない」という言葉は、近代以降、繰り返し使われてきました。19世紀の人類学者たちは他文化の慣習を「非合理」と呼び、自文化の論理を普遍的な理性と同一視しました。これをエスノセントリズムと呼びますが、その構造は現代のSNS上でも変わりません。社会心理学者リー・ロスが「ナイーブリアリズム(naive realism)」と名づけた認知前提——自分だけが現実を客観的に見ており、異なる意見を持つ者は偏っているか無知だという素朴な確信——が、対立を解消不能にする根本にあります。「理解できない」という言葉は、相手の異常さではなく、自分の認知の境界線を正確に描いています。

「もし〇〇が事実なら」から始まった仮定が、いつのまにか「絶対に許せない」という確信に変わる瞬間があります。神経科学者アントニオ・ダマシオは、感情が意思決定の雑音ではなく、脳が過去の経験から生成する予測信号であることを示しました。怒りや不安は「何かがおかしい」という脳の予測であり、その感情状態そのものが証拠として処理されます。哲学者ドナルド・デイヴィドソンは1985年に、自己欺瞞が論理的矛盾にもかかわらず実際に起きる理由を「心の区画化(partitioning)」で説明しました。一つの心の中で矛盾した信念が隔離されて共存し、一方が他方を見えなくする——この構造が、仮定を事実に変える経路を内側から封じます。

自分が当事者でない問題には客観的に見えるのに、当事者になると見えなくなる。この非対称性を逆手に取る練習があります。心理学者ヤアコフ・トロープの解釈レベル理論によれば、対象との心理的距離が遠いほど抽象的・本質的に処理され、近いほど感情的・具体的に処理されます。試してみてほしいのは、自分の投稿を書いた直後に「見知らぬ誰かが書いた文章」として読み直すことです。時間的距離(一晩置く)、人称的距離(三人称で書き直す)、空間的距離(別のデバイスで開く)——どれも人工的に心理的距離を広げる操作であり、当事者の盲点を部分的に可視化する手がかりになります。

バイアスをなくすという目標は、最初から誤った設定かもしれません。認知科学者ユーゴ・メルシエとダン・スパーバーは2011年、人間の推論能力はそもそも真理を発見するためではなく、社会的論争に勝つために進化したと論じました。推論は議論の相手を説得する道具として最適化されており、動機づけ推論はその「仕様」です。哲学者ギルバート・ライルが1949年に区別した「知ること(knowing that)」と「知り方(knowing how)」を借りれば、バイアスについて「知っている」ことと、バイアスから「自由に動ける」ことは別の認知能力です。欠陥を直すのではなく、仕様を知った上で問い続ける姿勢こそが、知的誠実さの実践形態です。

第三者が「あなたもバイアスですよ」と指摘しないのは、無関心だからではありません。指摘者自身が同じ構造の中にいるからです。もやもやは解消すべき不快ではなく、自分が今まさに当事者になっているという信号です。その信号を消そうとした瞬間、私たちはまた別のバイアスをまとい始めます。

DEEPER/学術的観点から
2011年、認知科学者ユーゴ・メルシエとダン・スパーバーは、人間の推論が真理発見ではなく社会的論争に勝つために進化したという「論証理論」を発表しました。この知見と、2015年にBakshy・Messing・Adamicが『Science』誌で実証したFacebook上のニュース露出実験を重ねると、驚くべき構造が浮かびます。アルゴリズムは私たちの「論争に勝ちたい」という進化的傾向に最適化されており、SNSはバイアスを生み出すのではなく、すでに存在する認知の仕様を工学的に増幅しているにすぎない。バイアスの問題は個人の理性の失敗ではなく、進化と設計の共鳴として、いま私たちの画面の中で静かに作動し続けています。
  • SIGNAL 01

    動機づけ推論の実験では、被験者は自分が望む結論を支持する証拠には低い立証基準を、反証には高い立証基準を一貫して課した。この非対称な評価基準は意識的操作なしに自動的に作動する。Kunda, Z. (1990). Psychological Bulletin, 108(3): 480–498.

  • SIGNAL 02

    Facebookの大規模実験(約1,000万ユーザー)では、イデオロギー的に多様なニュースへの露出はアルゴリズムより個人の選択行動によって7%多く制限されていた。構造よりも動機が先行する。Bakshy, E., Messing, S., & Adamic, L. A. (2015). Science, 348(6239): 1130–1132.

  • SIGNAL 03

    心理的距離の操作実験で、同一の道徳的ジレンマを「遠い他者の問題」として提示した場合、「自分の問題」として提示した場合より一貫して抽象的・原則的な判断が下された。距離は認知の質を変える。Trope, Y., & Liberman, N. (2010). Psychological Review, 117(2): 440–463.

  • SIGNAL 04

    ダニング=クルーガー効果の精緻な追跡研究で、能力が高い群ほど「自分のバイアスは平均より少ない」と評価する傾向が確認された。メタ認知能力の高さが盲点の精緻化を招く逆説。Dunning, D. (2011). Advances in Experimental Social Psychology, 44: 247–296.

KEY REFERENCE/参考文献
  • Mercier, H., & Sperber, D. (2011). "Why do humans reason? Arguments for an argumentative theory." Behavioral and Brain Sciences, 34(2): 57–74. DOI: 10.1017/S0140525X10000968

    推論能力が真理発見ではなく社会的論争に勝つために進化したという論証理論の原典。動機づけ推論の普遍性に進化的説明を与える。

  • Kunda, Z. (1990). "The case for motivated reasoning." Psychological Bulletin, 108(3): 480–498. DOI: 10.1037/0033-2909.108.3.480

    望む結論を先に決め証拠を後から集める動機づけ推論の古典的実証論文。確証バイアスを認知・感情統合の観点から再定式化した。

  • Trope, Y., & Liberman, N. (2010). "Construal-level theory of psychological distance." Psychological Review, 117(2): 440–463. DOI: 10.1037/a0018963

    心理的距離が認知の抽象度と判断の質を変えることを体系化した解釈レベル理論の主要論文。当事者盲点の認知的説明基盤。

  • Bakshy, E., Messing, S., & Adamic, L. A. (2015). "Exposure to ideologically diverse news and opinion on Facebook." Science, 348(6239): 1130–1132. DOI: 10.1126/science.aaa1160

    約1,000万ユーザーを対象にSNS上の情報露出を実証。アルゴリズムより個人の選択行動がバイアスを強化することを示した。

  • Dunning, D. (2011). "The Dunning-Kruger Effect: On Being Ignorant of One's Own Ignorance." Advances in Experimental Social Psychology, 44: 247–296. DOI: 10.1016/B978-0-12-385522-0.00005-6

    能力が高い群ほど自己バイアスを過小評価する逆説的傾向を精緻に記述。メタ認知の限界が能力と独立して存在することを示す。

  • Davidson, D. (1985). "Deception and Division." In E. LePore & B. McLaughlin (Eds.), Actions and Events. Blackwell.

    自己欺瞞が論理的矛盾にもかかわらず起きる理由を「心の区画化」で説明した哲学論文。バイアスの不可視性の哲学的基盤。

  • Ryle, G. (1949). The Concept of Mind. Hutchinson.

    「知ること(knowing that)」と「知り方(knowing how)」の区別を提唱した哲学的古典。バイアスを「知る」と「自由になる」が別能力であることの論拠。

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