屋久島の急斜面に広がるタンカン畑で、85歳をはるかに超えた高齢者は毎朝鍬を手に取る。土を掘り返すたびに腐葉土の匂いが立ち上り、葉の間を抜けてくる風が首筋をなでる。鳥が鳴き、木の根が踏みしめた地面から微かな抵抗を返してくる。「畑にいるときが一番幸せだ」と彼は言った。その顔には、孤独の影というものがまったくなかった。社会科学が長年「人と人のつながりこそ幸福の源泉」と説いてきた等式に、この静かな顔が疑問符を投げかける。自然の中にひとりでいることは、孤立なのか。それとも、私たちが名前をまだ知らない別の種類のつながりなのだろうか。
屋久島の診療所では、高齢者が、それも男性も女性も、ユーモアを交えて畑での苦労話を教えてくれる。雨の日も、風の日も、雪交じりの日も、畑に行くとホッとするという。その眼は自然への愛着に満ちている。タンカンの木は去年も実をつけ、今年も花を咲かせ、来年も実をつけるだろうという確信と希望が、自然への信頼が、言葉の隅々に宿っている。「淋しいという気持ちになったことがない」という言葉は、強がりでも諦めでもない。それは長い自然との付き合いの中で培われた鷹揚な感覚である。孤独を感じるには、まず「孤立した自分」という前提が必要だ。しかし屋久島の高齢者にはその前提が成立していないように思える。
社会科学はこの半世紀、ロバート・パットナム以降のソーシャルキャピタル論を軸に「人間関係の密度がウェルビーイングを決定する」という等式を積み上げてきた。認知症予防から主観的幸福感まで、人と人のつながりは健康指標の最有力変数として扱われてきた。しかし日本の里山・農耕文化を振り返ると、山や畑との長年の付き合いが社会的絆と並列的に機能してきた歴史がある。田植え・収穫・山仕事は共同作業でもあったが、同時に土地との個人的な対話でもあった。その対話が人間関係と同等の充足感を生む可能性を、社会科学の等式はまだ十分に測れていない。
自然との接触が神経生理的に何をしているかを問うと、驚く答えが返ってくる。2007年、英ブリストル大学のクリストファー・ロウリーらが『Neuroscience』誌に発表した実験では、土壌細菌Mycobacterium vaccaeへの接触がマウスの脳内セロトニン作動性ニューロンを活性化し、不安行動を有意に低下させることを示した。この効果は、社会的接触の欠如を部分的に補う強度を持つという。「土に触れる」ことは比喩ではなく、神経化学的に社会的安心感と同じ回路を刺激している可能性がある。畑に入る高齢者の身体は、土と微生物を介して文字通り「応答する世界」に接続されている可能性がある。
週に一度、スマートフォンを持たずに十五分だけ、土や植物に触れる時間をつくってみる。鉢植えの土を素手で触るだけでもいい。目的は「リフレッシュ」ではなく、何かに応答すること。水をやれば植物は育ち、剪定すれば枝が伸びる方向が変わる。この非言語的な応答の連鎖が、人間関係では得にくい種類の緊張と連続性、そして安心感を生む。それは「誰かに必要とされる感覚」とは異なる、「世界が自分の行為を受け取っている感覚」である。その応答の感覚の積み重ねが、孤独の前提である「孤立した個」を少しずつ解体し、自然とのつながりを深めていく。
「孤独」が苦痛になるのは、つながりの欠如を人間関係の文脈でのみ測るからではないだろうか。1973年、ノルウェーの哲学者アルネ・ネスが『Inquiry』誌で提唱した「エコロジカル・セルフ」という概念は、自己の境界が自然と溶け合うとき、孤立した個という前提そのものが解体されると論じた。自己が川や木や土と連続しているなら、ひとりでいることは孤立ではなく、広大なつながりの中にいることになる。屋久島の高齢者は孤独ではなかった。人間以外の存在と強く深く結ばれていた。その結びつきを「社会的絆の代替」と呼ぶのは、まだ人間中心の測り方に縛られた見方である。
私たちが「孤独」と呼ぶものは、人間関係の不足なのか。それとも、自分が属する世界との応答関係の不足なのか。タンカンの木が毎年実をつけることを知っている高齢者の矜持は、応答し続ける世界を持っている者の静けさなのかもしれない。問うべきは「誰かそばにいるか」ではなく、「あなたの行為を受け取る世界があるかどうか」なのかもしれない。