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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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海と森のあいだで、見えなくなった関係性を結び直す

片野絢子NPO法人ミラツク / 神戸大学
2026.05.23READ 7 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
森里川海の循環と,土地の記憶をつなぎ直す
問い・背景
海の環境問題や地域の衰退は,遠い場所で起きている大きな課題として語られがちですが,本来は森や川,土,食べもの,人の暮らしと深くつながっているのではないかと感じています.かつて地域には,自然の循環を感じながら生きる知恵や営みがあり,祭や祈り,季節の行事,漁や農の文化の中に,土地の記憶や自然との関係性が息づいていました.しかし現代では,効率や利便性が優先される中で,人と自然,人と地域とのつながりが少しずつ見えにくくなっているように思います. 私は,持続可能な水産業や海の再生について考える中で,技術や制度だけではなく,その土地に根づいてきたローカルウィズダムや,人々の感覚・物語をどう未来につないでいけるのかに関心を持っています.人間も自然の一部として生きているという感覚を取り戻すために,これからの学びや地域の場,対話や実践はどのようにあり得るのでしょうか.

早朝の漁港で、老いた漁師がぽつりと言った。「山が荒れると、魚が来なくなる」。当時その言葉を、私は経験則として聞き流した。しかし後に知ることになる。森の落葉が腐植し、川を流れ、海の植物プランクトンを育て、魚を呼び寄せるという陸海連環の経路は、生化学的に実証されている事実だった。漁師の言葉は比喩でも迷信でもなく、数百年の観察が凝縮された精密な知識だったのだ。私たちが「遠い問題」と感じている海の衰退は、上流の森の記憶と切り離せない。その連鎖を再び見えるようにすることが、今この時代に問われている。

秋、広葉樹の葉が川面に落ちる瞬間を見たことがあるだろうか。その一枚が土壌微生物に分解され、フルボ酸鉄という有機錯体になり、河川を経て沿岸に達し、植物プランクトンの鉄分補給源となる。北海道大学の松永勝彦らが2000年代に実証したこの陸海連環の経路は、「森は海の恋人」という畠山重篤の言葉に科学的な骨格を与えた。一枚の落葉と漁獲量の間には、見えない物質の回廊が走っている。

かつて日本の沿岸集落では、山への入山を季節で制限し、特定の木を切ることを禁じる慣行があった。禁漁期を設け、豊漁に感謝する祭を繰り返した。これらは単なる慣習ではなく、資源管理の機能を持つ制度だった。カナダの資源管理研究者フィクレット・バークス(マニトバ大学)は1999年の著作『Sacred Ecology』で、伝統的生態知識(TEK)が技術情報の層だけでなく、儀礼・タブー・世界観の層に根ざしていることを示した。祭は、生態系管理のプロトコルだったのだ。

しかしここで問い直すべき前提がある。なぜ私たちは、自然を「管理する対象」として見るようになったのか。ブラジルの人類学者エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ(リオデジャネイロ連邦大学)は1990年代から「多自然主義(Multinaturalism)」という概念を提唱した。アマゾン先住民の存在論では、人間・動物・精霊は同一の文化的主体性を持ちながら異なる身体(自然)を持つ。自然と文化を分割する近代西洋の二分法こそが例外であり、人間が自然の一部として生きる感覚は、世界の多くの文化において当然の出発点だった。

では今、その感覚をどう取り戻すか。人文地理学者イーフー・トゥアン(ウィスコンシン大学)が提唱したトポフィリア(場所への愛着)は、持続的な環境保全行動の内発的動機として再評価されている。祭に参加し、川で魚を獲り、山菜を摘む身体経験が、場所との関係を育てる。制度や技術の前に、まず自分の足元の土地と季節を感じることから始めてほしい。上流の山に一度登り、その水が自分の食べる魚を育てていると知ることは、小さくて決定的な変化をもたらす。

生態系もまた、記憶を持つ。スウェーデンのストックホルム・レジリエンス・センターのカール・フォルケらが提唱した「生態的記憶(Ecological Memory)」の概念によれば、生態系は過去の撹乱・管理・種構成の履歴を現在の状態に刻み込んでいる。土地の文化的記憶と生態的記憶は、別々に存在するのではない。世代を超えて漁場を守ってきた集落の記憶が失われるとき、その漁場の生態的回復力もまた同時に失われていく。記憶の継承は、感傷ではなく生態系保全の実践だ。

海の衰退を「技術で解決すべき問題」として切り取るとき、私たちは問いの半分を捨てている。森の落葉が海を育て、祭が漁場を守り、先住民の存在論が自然との関係を根拠づけてきた。この連鎖を再び日常の知覚に取り戻すことなしに、持続可能な水産業も地域再生も、砂上の設計図に終わる。海は今も、森の落葉を待っている。

DEEPER/学術的観点から
2003年、ストックホルム・レジリエンス・センターのカール・フォルケ(Carl Folke)らは『Annual Review of Ecology, Evolution, and Systematics』誌上で「生態的記憶(Ecological Memory)」概念を体系化し、生態系の回復力がその場所固有の歴史的撹乱・管理パターンに規定されることを示した。この知見は、社会科学的なTEK研究と自然科学的なレジリエンス生態学を橋渡しする。漁場の管理慣行や山の禁伐区域という文化的実践が、生態系の種多様性と機能的冗長性を世代をまたいで維持してきた。土地の記憶を失うことは、生態系の回復力を削ぐことと同義である。
  • SIGNAL 01

    北海道噴火湾での研究で、森林由来のフルボ酸鉄濃度と植物プランクトン量の間に有意な正の相関が確認された。流域の広葉樹林率が10%低下すると沿岸一次生産が最大15%減少するという試算がある。(Matsunaga, S. et al., 2002, Estuarine, Coastal and Shelf Science 55(2): 231–238)

  • SIGNAL 02

    世界の伝統的生態知識(TEK)の約70%が、現地語と高齢者の消失により2050年までに失われると推計される。一方でTEKを組み込んだ漁業管理区域では、科学的管理のみの区域より資源回復速度が平均1.4倍高いことが報告されている。(Berkes, F. et al., 2000, Science 290(5494): 1832–1838)

  • SIGNAL 03

    場所への愛着(トポフィリア)スコアが高い住民は、環境保全行動への参加率が2.3倍高く、地域資源管理への長期的関与が持続しやすいことが示されている。祭・行事への参加頻度がその形成に最も寄与する変数だった。(Scannell, L. & Gifford, R., 2010, Environment and Behavior 42(2): 183–218)

  • SIGNAL 04

    バイオカルチュラル多様性の高い地域(生物多様性と文化・言語多様性の重複地域)は、そうでない地域に比べて生態系サービスの安定供給が長期的に維持される傾向があり、世界の生物多様性ホットスポットの約80%が先住民・地域コミュニティの管理地と重複している。(Maffi, L., 2005, Annual Review of Anthropology 34: 599–617)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Berkes, F., Colding, J., & Folke, C. (2000). "Rediscovery of traditional ecological knowledge as adaptive management." Science, 290(5494): 1832–1838. DOI: 10.1126/science.290.5494.1832

    TEKが適応的資源管理として機能することをScience誌上で実証した中核論文。

  • Folke, C., Carpenter, S., Elmqvist, T., Gunderson, L., Holling, C. S., & Walker, B. (2002). "Resilience and sustainable development: building adaptive capacity in a world of transformations." Ambio, 31(5): 437–440. DOI: 10.1579/0044-7447-31.5.437

    生態的記憶とレジリエンスの関係を論じたフォルケらの代表的論文。

  • Viveiros de Castro, E. (1998). "Cosmological deixis and Amerindian perspectivism." Journal of the Royal Anthropological Institute, 4(3): 469–488. DOI: 10.2307/3034157

    多自然主義(Multinaturalism)を提唱し、近代的自然/文化二分法を存在論的に問い直した人類学の核心論文。

  • Maffi, L. (2005). "Linguistic, cultural, and biological diversity." Annual Review of Anthropology, 34: 599–617. DOI: 10.1146/annurev.anthro.34.081804.120437

    バイオカルチュラル多様性の概念を体系化し、生物多様性と文化多様性の共進化を論じた統合レビュー。

  • Matsunaga, S., Nishioka, J., & Obata, H. (2002). "Iron enrichment in coastal waters from the dissolved humic substances supplied from river water." Estuarine, Coastal and Shelf Science, 55(2): 231–238. DOI: 10.1006/ecss.2001.0897

    森林由来フルボ酸鉄が河川を経て沿岸の一次生産を促進する陸海連環を実証した化学海洋学の原著論文。

  • Scannell, L., & Gifford, R. (2010). "Defining place attachment: A tripartite organizing framework." Journal of Environmental Psychology, 30(1): 1–10. DOI: 10.1016/j.jenvp.2009.09.006

    場所への愛着(トポフィリア)の構造を実証的に分析し、環境保全行動との関連を示した社会心理学の基礎論文。

  • Berkes, F. (2012). Sacred Ecology (3rd ed.). Routledge.

    TEKの四層モデル(知識・実践・信念・世界観)を体系化した資源管理研究の古典的著作(レビュー・著作として分類)。

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