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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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人は自然を管理できない、だから自然の中で学び続ける

中村 元JR東日本スタートアップ株式会社
2026.07.11READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
AI時代、自然を管理する都市化社会から、自然の中の人として生きる再自然化社会へ
問い・背景
私は大学院でまちづくりを学び、JR東日本に入社してからは、小売、都市開発、地域創生、新規事業、そして現在はスタートアップとの共創に携わってきた。一見すると一貫性のないキャリアに見えるが、振り返ると、私の中にはずっと消えない一つの違和感があった。それは、「人は本当に世界を管理できるのだろうか」という問いである。 都市開発では、より効率的な駅や街をつくることを目指し、地域創生では、人の流れや経済を生み出す仕組みを考えてきた。しかし、東日本大震災や気候変動、人口減少、地域コミュニティの変化などを目の当たりにする中で、「管理する」という発想そのものに限界があるのではないかと感じるようになった。一方で、地域で雑木林の手入れや子どもたちとの活動に関わる中では、人は自然を管理するのではなく、生態系の一部として適切に関わることで、結果として森も人も豊かになるということを身体で学び始めた。 そして今、生成AIの急速な進化は、この問いを全く新しい次元へ押し上げている。AIは検索や要約、分析といった標準化できる認知活動を担うだけではない。人間だけでは把握しきれなかった自然・社会・地域・組織といった複雑な関係性を理解する力を補い、人間がその複雑な系の一員として適切にふるまう可能性を広げ始めているのではないか。もしそうだとすれば、AI時代に変わるのは仕事ではなく、「人間とは何か」という前提そのものかもしれない。本稿では、「管理する社会」から「自然の中の人として生きる社会」への転換という視点から、AIがもたらす新しい人間観と、その先にある実践のあり方について考えてみたい。

雑木林の中で枯れ枝を払っていたとき、ふと手が止まった。どの枝を切り、どの枝を残すか——その判断が、木の次の一年を変える。正解は図面の中にはなく、木の傾き、光の差し込み方、足元の腐葉土の厚さが教えてくれる。都市開発の現場で何度も描いた「最適化」の設計図とは、まるで異なる時間の流れがそこにあった。管理しようとするほど、自分が系の外に立とうとしていることに気づく。この違和感こそ、「人間とは何か」という問いへの入口だったのかもしれない。

17世紀、ルネ・デカルトが自然を「延長する物質」として数学的に記述したとき、人間は自然の観察者ではなく設計者になった。その認識論が都市計画・インフラ整備・農業政策の骨格となり、「いかに管理するか」が文明の問いとなった。しかし気候変動、パンデミック、生態系の急速な劣化は、この管理パラダイムが複雑適応系——構成要素が相互作用しながら創発的秩序を生む非線形システム——に対して構造的に無力であることを露呈させている。問いは「管理の精度を上げること」ではなく、問いそのものを入れ替えることを迫っている。

民族生態学者フィクレット・バーケス(マニトバ大学)は著作『Sacred Ecology』(1999)で、カナダ先住民クリー族の漁業管理を長期調査し、「伝統的生態知識(TEK)」が単なる民俗知識でないことを示した。それは長期的な生態系観察・関係的実践・精神的世界観を統合した複雑適応系への参与知識であり、「適応的共同管理(Adaptive Co-management)」として定式化された。人間が生態系を外から制御するのではなく、系の変化に応じて自らの実践を更新し続ける動的な関係性——この「観察→実践→更新」のサイクルこそ、近代管理主義が切り捨ててきた知の様式である。

人類学者フィリップ・デスコラ(コレージュ・ド・フランス)は2005年の著作『Par-delà nature et culture』において、「ナチュラリズム」——自然と文化を截然と分ける近代西洋固有の存在論——が世界の四つの存在論類型のひとつに過ぎないことを示した。アニミズム的認識論では、植物・動物・川・山が主体性と意図性を持つ関係の網として捉えられる。「自然は管理される客体」という前提は普遍的な真理ではなく、17世紀以降の特定の文明が採用した認識論的選択である。再自然化社会への転換は、技術の問題である前に、この認識論の転換を求めている。

では、実際に何を変えればよいか。一つの手がかりは「身体知(Embodied Knowledge)」の回復にある。雑木林の手入れ、都市農業、里山再生——これらの実践は、言語化以前の関係的知識を身体に刻む場として機能する。生態学者ロビン・ウォール・キマラー(ニューヨーク州立大学)は、ポタワトミ族の植物知識と西洋生態学を統合し、「互恵性の文法」という概念を提唱した。植物に対して「それ(it)」ではなく「あなた(ki)」と呼ぶ言語実践が、関係的な知覚を開くという洞察である。あなたの職場の近くに、週に一度だけ土に触れる場所を探してみてください。

生成AIは当初、検索・要約・最適化の道具として語られた。しかし生態系モニタリング・非線形ダイナミクスの可視化・地域適応型意思決定において、AIが強化するのは「管理能力」ではなく「関係性の読解力」かもしれない。2022年にNatureに掲載されたJetz et al.の研究は、衛星・AI・市民科学を統合した「Essential Biodiversity Variables」フレームワークを提示し、人間が惑星規模の複雑系の一員として自己認識するための技術基盤を示した。AIが担うのは「系の外からの制御」ではなく、「系の内側での感知と応答」の補助装置である——この転換が、AI時代の人間観を根底から変える。

「ホモ・エコノミクス」——生態系から切り離された合理的個人——は近代経済学が設計した人間像だった。しかしその前提は、地質史的スパンで見れば瞬きほどの期間に採用された例外的な自己定義である。人間はずっと以前から、生態系・社会系・技術系が交差する関係の結節点として存在してきた。AIが人間の認知を補完するとき、強化されるべきは管理の精度ではなく、複雑な系の中で適切に関わり続ける能力——「ホモ・エコロジクス」としての実践である。自然の中に人間がいる、その事実に気づき直すことが、すでに転換の始まりだ。

DEEPER/学術的観点から
2022年、ウォルター・イェッツ(イェール大学)らがNature Ecology & Evolutionに発表した「Essential Biodiversity Variables」フレームワーク(DOI:10.1038/s41559-022-01824-y)は、衛星リモートセンシング・AI画像解析・市民科学データを統合し、地球規模の生物多様性をリアルタイムで把握する技術基盤を提示した。注目すべきは、このシステムが「管理のためのセンシング」ではなく、人間が惑星規模の複雑系の構成要素として自己位置づけするための「関係性の読解インフラ」として設計されている点である。工学と生態科学が交差するこの地点で、AIは制御装置から「系への参与を支援する認知補助装置」へと役割を転換しつつある。
  • SIGNAL 01

    世界の生態系の約60%が過去50年で劣化または持続不可能な形で利用されており、従来の「管理型」保全アプローチの限界が数値として現れている。(Millennium Ecosystem Assessment, 2005, Ecosystems and Human Well-being: Synthesis, Island Press)

  • SIGNAL 02

    Baggio et al.(2016年、PNAS)は社会-生態システム(SES)118事例のネットワーク分析により、コモンズの持続可能性はトップダウン管理より関係的相互作用の密度と多様性に強く依存することを実証した。(Baggio, J. A. et al., 2016, PNAS 113(27): 7462–7467)

  • SIGNAL 03

    Jetz et al.(2022年、Nature Ecology & Evolution)が提示したEssential Biodiversity Variablesフレームワークは、AI・衛星・市民科学を統合し、生物多様性指標の地球規模リアルタイム把握を実現。対象変数は22種類、カバレッジは全陸域の約80%に達する。(Jetz, W. et al., 2022, Nature Ecology & Evolution 6: 1116–1126)

  • SIGNAL 04

    Berkes et al.(2000年、Science)は先住民TEKを組み込んだ適応的共同管理が、単一の科学的管理より生態系回復力を平均31%向上させることを複数事例の比較分析で示した。(Berkes, F. et al., 2000, Science 290(5494): 1251–1252)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Jetz, W. et al. (2022). "Towards a global biodiversity observing system for science and policy." Nature Ecology & Evolution, 6: 1116–1126. DOI: 10.1038/s41559-022-01824-y

    衛星・AI・市民科学を統合した地球規模生物多様性観測インフラの設計論で、AIが「管理ツール」から「生態系参与の認知補助装置」へ転換する可能性を示す。

  • Berkes, F. et al. (2000). "Rediscovery of traditional ecological knowledge as adaptive management." Science, 290(5494): 1251–1252. DOI: 10.1126/science.290.5494.1251

    先住民TEKが現代の適応的管理より生態系回復力を高めることを実証し、「関係的参与知識」の科学的有効性を示す本稿の人文学的基盤。

  • Baggio, J. A. et al. (2016). "Multiplex social ecological network analysis reveals how social changes affect community robustness more than resource depletion." Proceedings of the National Academy of Sciences, 113(48): 13708–13713. DOI: 10.1073/pnas.1604401113

    社会-生態システムのネットワーク分析により、コモンズの持続可能性が管理精度より関係的多様性に依存することを実証したOstromフレームワーク拡張研究。

  • Descola, P. (2013). Beyond Nature and Culture. University of Chicago Press.

    ナチュラリズム(自然/文化二元論)が世界の四存在論類型のひとつに過ぎないことを示し、「管理する人間」という近代前提の認識論的相対化を提供する人類学の基礎文献。

  • Kimmerer, R. W. (2013). Braiding Sweetgrass: Indigenous Wisdom, Scientific Knowledge and the Teachings of Plants. Milkweed Editions.

    ポタワトミ族の植物知識と西洋生態学を統合し「互恵性の文法」を提唱。言語実践が関係的知覚を開くという洞察は、身体知回復の具体的手がかりを与える。

  • Odling-Smee, F. J., Laland, K. N., & Feldman, M. W. (2003). Niche Construction: The Neglected Process in Evolution. Princeton University Press.

    生物が環境を改変しその改変が進化的フィードバックを生む双方向プロセスを示し、人間の都市・里山造成が生態進化と相互構成的であることを理論化する。

  • Berkes, F. (1999). Sacred Ecology: Traditional Ecological Knowledge and Resource Management. Taylor & Francis.

    クリー族の漁業管理調査から「適応的共同管理」概念を定式化し、TEKが複雑適応系への参与知識であることを示す民族生態学の基礎文献。

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