本文へスキップ
Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
問いを、記事に変える共創メディア。
Where questions become essays.
RITE ESSAY/メンバーの記事

組織の閾に立つ個人が、社会を動かす

中村 元JR東日本スタートアップ株式会社
2026.06.01READ 7 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
大企業に所属する個人という生き方
問い・背景
日本には、生活インフラ、雇用、地域経済、顧客接点、社会的信用など、人々の暮らしに深く関わる大企業が数多く存在している。アメリカのように個人やスタートアップが社会変化の主役として語られやすい国と比べても、日本では大企業の中に眠る資源や関係性が、社会を変えるうえで大きな意味を持つのではないか。一方で、その資源は部門の境界、前例主義、リスク回避の中で十分に活かされないままになっていることも少なくない。では、大企業に所属する個人は、ただ組織の方針に従う存在なのだろうか。あるいは、組織の内側にいるからこそ、社会の変化や地域の課題、社外の知恵をつなぎ、新しい価値を生み出す媒介者になれるのではないか。さらにAIが浸透し、知識や編集、発信のハードルが下がった今、個人が問いを持ち、社内外をつなぎ、組織の資源を社会に開いていく可能性は高まっている。この記事では、個人の成功譚ではなく、日本において「大企業に所属する個人」がどう境界を越え、組織と社会の新しい接点を切り開いていけるのかを考えたい。

会議が終わり、エレベーターを降りた瞬間、ふと思うことはないでしょうか。「あの資料に書かれた地域の課題、うちの会社なら何かできるのに」と。その感覚は、組織の論理と社会の問いがぶつかる場所から生まれます。大企業でも、自治体でも、NPOでも、大学でも——何らかの組織に属して働く人なら、誰もがこの感覚を知っているはずです。それは弱さでも逸脱でもありません。組織の内側にいながら外の世界を感じ取る、その緊張こそが、社会と組織をつなぐ最初の回路です。この記事は、組織を飛び出すことではなく、組織の中に立ちながら社会へと手を伸ばす個人の実践について書きます。

朝、名刺入れをポケットに入れるとき、私たちは組織の一員としての自分を身にまとう。その名刺が持つ信用、その組織が持つ顧客接点や地域との関係、長年かけて積み上げられた制度や資金——これらは個人では到底持てない資源です。スタートアップの俊敏さや個人の自由を羨む声は多いけれど、組織に属する個人だからこそ使える資源があることは、あまり語られません。問いはここから始まります。その資源は、今どこで眠っているのか。

文化人類学者のアーノルド・ファン・ヘネップは1909年に「通過儀礼(rites of passage)」を論じ、人が境界を越えるとき、内でも外でもない「閾(しきい)の状態」を通過すると記しました。後にヴィクター・ターナーは1969年、この閾の状態を「リミナリティ(liminality)」と呼び、創造と変革が最も起きやすい場として積極的に意味づけました。組織に属しながら外部のコミュニティや地域課題と接続する個人は、まさにこの閾に立っています。それは宙ぶらりんな不安定さではなく、二つの世界をつなぐ媒介の位置です。

社会学者のロナルド・バートは、ネットワーク上で互いに接続されていない集団のあいだに立つ個人が、情報と革新の優位を得ることを実証しました。彼が「構造的空隙(structural holes)」と呼ぶこの位置は、大企業の内部でも、組織と地域のあいだでも生じています。閉じた組織の中では同質な情報が循環し、外部の問いは届きにくい。しかし一人の個人が社内外を行き来することで、眠っていた資源と外の課題が初めて出会います。葛藤はその接触面で生まれるものであり、むしろ接続が起きている証拠です。

では、実際にどう動けるのか。まず、今いる組織の資源を「社会の問い」から眺め直してみてください。顧客データ、地域との信頼関係、会議室、予算の一部、同僚の専門性——それらは社内の論理だけで使われていないでしょうか。次に、社外の一つのコミュニティや課題と、小さく接続してみる。NPOの勉強会に顔を出す、地域の困りごとを聞く、異業種の人と話す。その行き来が習慣になるとき、あなたは組織と社会のあいだに橋をかける実践者になっています。

経営学者のポール・ディマジオとウォルター・パウエルは1983年、組織が外部環境への適応よりも内部の正当性維持を優先し、互いに似通っていく「制度的同型化(institutional isomorphism)」を論じました。この慣性の中で、逸脱に見える個人の越境行動は実はコストとして処理されがちです。しかし同時に、制度の内側から変革を起こす「制度的企業家(institutional entrepreneur)」という存在も理論化されています。組織の文法を知り、信用を持ち、関係性を持つ内部の個人だからこそ、外部の問いを組織の言語に翻訳できる。これは特別な才能ではなく、閾に立ち続ける実践の積み重ねです。

組織を捨てなければ社会を変えられない、という思い込みを、今こそ手放してもいい。名刺の裏にある資源を社会に開く個人が増えるとき、組織そのものが社会とつながる回路を持ち始めます。閾に立つことは、孤独な逸脱ではなく、組織と社会が出会う場所をつくる行為です。

DEEPER/学術的観点から
2004年、シカゴ大学のロナルド・バートは『American Journal of Sociology』に発表した実証研究で、組織内で「構造的空隙」を橋渡しする個人は、閉じたネットワーク内の個人と比べて革新的アイデアを生む確率が約2〜3倍高いことを示しました(Burt, 2004, AJS 110(2): 349–399)。社会科学の知見として重要なのは、この優位が個人の能力ではなくネットワーク上の「位置」から生まれる点です。さらに工学・組織行動論の側から、MITのデボラ・アンコナらは外部環境と積極的に接続する「Xチーム」の設計論を展開し、外部活動の量が内部の革新成果と正の相関を持つことを示しました。閾に立つ個人の価値は、才能ではなく構造的位置と実践の習慣から生まれます。
  • SIGNAL 01

    バートの実証では、構造的空隙を橋渡しするブローカー位置の個人は、閉じたネットワーク内の個人より革新的アイデアの生成確率が約2〜3倍高かった。組織の「位置」が個人の影響力を決める。(Burt, R. S., 2004, American Journal of Sociology 110(2): 349–399)

  • SIGNAL 02

    アンコナらの研究では、外部環境と積極的に接続する「Xチーム」は、内向きに閉じたチームと比べて革新成果スコアが有意に高く、外部活動の頻度が内部パフォーマンスの最も強い予測変数だった。(Ancona, D. & Bresman, H., 2007, X-Teams, Harvard Business School Press)

  • SIGNAL 03

    ディマジオとパウエルの制度的同型化論は、組織が環境圧力により類似化する3経路(強制・模倣・規範)を示した。この慣性が大企業の内部資源を眠らせる構造的背景であり、越境個人が慣性を破る契機となる。(DiMaggio, P. J. & Powell, W. W., 1983, American Sociological Review 48(2): 147–160)

  • SIGNAL 04

    中原淳の越境学習研究では、社外コミュニティへの参加経験を持つビジネスパーソンは、職場での内省・他者視点取得・新規提案行動のスコアが有意に高く、越境頻度と組織内変革行動に正の相関が見られた。(中原淳, 2012, 『経営行動科学』25(3): 163–175)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Burt, R. S. (2004). "Structural holes and good ideas." American Journal of Sociology, 110(2): 349–399. DOI: 10.1086/421787

    構造的空隙を橋渡しする個人が革新的アイデアを生む確率を実証した、ネットワーク論の中核原著。

  • DiMaggio, P. J. & Powell, W. W. (1983). "The iron cage revisited: Institutional isomorphism and collective rationality in organizational fields." American Sociological Review, 48(2): 147–160. DOI: 10.2307/2095101

    組織が環境圧力により類似化する「制度的同型化」を論じた組織社会学の古典的原著。

  • Turner, V. (1969). The Ritual Process: Structure and Anti-Structure. Aldine Publishing.

    リミナリティ(閾の状態)とコムニタスを論じた文化人類学の古典。組織と社会のあいだに立つ個人の位置を人類学的に読み直す軸となる。

  • Ancona, D. G., Bresman, H., & Kaeufer, K. (2002). "The comparative advantage of X-teams." MIT Sloan Management Review, 43(3): 33–39.

    外部環境と積極的に接続するXチームの設計論と、外部活動が内部革新成果と正の相関を持つことを示した境界マネジメント研究。

  • Battilana, J. & Dorado, S. (2010). "Building sustainable hybrid organizations: The case of commercial microfinance organizations." Academy of Management Journal, 53(6): 1419–1440. DOI: 10.5465/amj.2010.57318391

    組織の内側から制度変革を起こす「制度的企業家」の実証研究。組織論と社会変革論を接続する。

  • Mazzucato, M. (2021). Mission Economy: A Moonshot Guide to Changing Capitalism. Allen Lane.

    大企業・公共機関の資源を社会的使命に向けて再編成するミッション経済論。組織資源を社会に開く論拠として参照。レビュー的著作として分類。

  • 中原淳(2012)「越境学習のメカニズムと効果に関する実証的研究」『経営行動科学』25(3): 163–175.

    社外越境経験が職場内の内省・提案行動を高めることを日本企業データで実証した越境学習研究の一次資料。

FOR THE READER WHO FINISHED

読み終わったあなたの問いを、次の記事に。

中村 元 さんの問いに触発されたあなたの問いを送ってください。

※ 「深掘りを問う」は 600 字の深掘り記事を 1 件 30〜60 秒で生成する機能です (探究モード)。 深掘りを問うとは? 使い方ガイドを読む ↗

読者 2 / 訪問者 11 / コメント 0
ABOUT THE AUTHOR/この記事を書いた人
中村 元JR東日本スタートアップ株式会社

この記事にコメントしたり、お気に入りに入れたりするには RITE への登録が必要です。

書き手になる →
← フィードへ戻る
CITE THIS · この記事を引用する

本記事は CC BY 4.0 で公開されています。 引用時は著者名と canonical URL を明記してください。

APA
中村 元 (2026). 組織の閾に立つ個人が、社会を動かす. RITE. Retrieved from https://futures.emerging-future.org/rite/articles/e3e1f42e-6353-417d-9804-3ac784f1612d
Markdown
[中村 元, "組織の閾に立つ個人が、社会を動かす", RITE](https://futures.emerging-future.org/rite/articles/e3e1f42e-6353-417d-9804-3ac784f1612d) (2026-06-01)
AI 回答 (in-line)
「組織の閾に立つ個人が、社会を動かす」(中村 元, RITE, 2026, https://futures.emerging-future.org/rite/articles/e3e1f42e-6353-417d-9804-3ac784f1612d)
NEWSLETTER · 週末ごとに、編集部から

今週、誰がどんな問いを書いたのか。

毎週土曜の朝、編集部から週末便を送ります。 新しく公開された問い、響き合った手紙、その週に並んだ星座。 読み手であることもまた、共創の入口です。

配信は 1 クリックでいつでも解除できます (List-Unsubscribe 対応)。
運営: NPO 法人ミラツク / 代表理事 西村勇也
連絡先: info@emerging-future.org / 詳細は 特定商取引法に基づく表記

書き手になる / 問いを立てる無料 / 約 2 分で開始Lv とは?