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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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食品製造業の製造ラインの働き手は、食の象徴秩序から排除されてきた

村井三左衛門株式会社糀屋三左衛門
2026.06.09READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
インフラとしての食品製造業はなぜ顔が見えないのか?
問い・背景
提示された文章は、現在の食を巡る議論の盲点を鋭く突き、データによる裏付けもある非常に説得力の高い内容です。 ご指定のタイトル「インフラとしての食品製造業はなぜ顔が見えないのか?」という、読者に問いを投げかける(余に問いを問う)形式に合わせ、元の論理展開やデータを最大限に活かしつつ、最小限の変更(文末の疑問形への変更や、問いを意識させる繋ぎの調整)でリライトしました。 インフラとしての食品製造業はなぜ顔が見えないのか? 「食」への社会的関心は近年高まり続けているが、その関心はなぜもっぱら農業と消費の両端に集中しているのだろうか。「食と農」「Farm to Table」「生産者の顔が見える」といった言葉で語られるとき、そこに現れるのは畑や田んぼに立つ農業者の顔ばかりである。原料を加工して日々の食卓へ届ける食料品製造業(=「工」)の働き手の顔は、なぜこれほどまでに可視化されてこなかったのだろうか。農(つくる)と食(たべる)の間にある「加工」というプロセスが、議論から構造的に抜け落ちてはいないだろうか。 しかし、醤油・味噌・豆腐をはじめとする基礎調味料・基礎食料品は、どの社会階層の人でも日常的に手の届く価格で、欠品なく供給され続けることにこそ意味があるはずだ。これは電気・ガス・水道と同様の社会インフラとしての役割であり、「安く・大量に・安定的に」という機能は、食の世界ではしばしば批判の対象となる。だが、これこそが社会の底を支える不可欠な努力ではないだろうか。 近年語られる六次産業化・高付加価値化は重要だが、ここに見落とされがちな問題はないだろうか。たとえば、有機大豆を使い職人が丁寧に造った一丁1,000円の豆腐には、いま比較的若い担い手が意欲的に取り組んでいる。だが、もし世の中の豆腐がそうした高価格・高付加価値品しか残らなくなったらどうなるだろうか。スーパーで毎日豆腐を一丁買い、家庭で冷や奴や味噌汁にするという、ごく当たり前の食文化そのものが消えてしまうのではないか。高付加価値の食品が評価される一方で、日常の食を支える安価な基礎食料品の作り手が先細れば、食文化の土台そのものが崩れかねない。インフラとしての食料品製造業の努力と誇りは、もっと正当に可視化されてよいのではないだろうか。 そして、その担い手たちが、客観的データの上でも持続可能性の危機に直面している事実を私たちはどれほど知っているだろうか。とりわけ深刻なのが労働者の高齢化である。 人手不足の深刻さ: 飲食料品製造業の有効求人倍率は2.78倍(全産業1.54倍/平成29年度)、欠員率3.2%(製造業全体の約2倍)。人手不足が最も深刻な職種は「商品生産(単純作業)」76.4%であり、現場の製造ラインそのものが最も人を欠いている(農水省)。 労働者の高齢化: 食料品製造業の60歳以上比率は21%(全産業18%)で、産業は高齢の働き手に大きく依存している。この層の引退が進む今後10年で、日常の食べものを作る人そのものが消えてしまうのではないか。新規の若年担い手が高付加価値・小規模領域に偏れば、安価な基礎食料品を大量・安定供給する担い手は急速に失われていく。 生産性と安全: 労働生産性は製造業平均の約6割と最低水準に留まり、労働災害件数は製造業中で最多となっている。 近年の「食」への注目はマーケティングや高付加価値化に偏っており、いくらブランドの物語が語られても、実際にラインに立つ働き手が増えるわけではない。注目の高まりと、現場の担い手不足の深刻な乖離。この現実を前に、私たちはなぜ「インフラとしての食品製造業」の顔から目を背け続けているのだろうか。

スーパーの棚に並ぶ豆腐一丁を手に取るとき、その白さに何かを感じることはないでしょうか。産地表示の豆の名前は読むのに、製造者の顔を探すことはほとんどない。農家の笑顔がパッケージに印刷された野菜の隣で、豆腐の製造ラインに立つ人の名前は、どこにも書かれていません。この非対称は偶然ではありません。私たちの社会が「食の本物らしさ」について持つ象徴的な地図が、農業者を可視の側に、製造現場を不可視の側に、構造的に振り分けてきたからです。その地図がいま、現場の担い手不足という形で、現実に亀裂を走らせています。

スーパーで一丁68円の豆腐を手に取る瞬間、そこには途方もない連鎖が圧縮されています。大豆を砕き、にがりを加え、温度と湿度を管理しながらタンパク質を凝固させる工程は、工場の製造ラインで何千回と繰り返されてきました。しかしその現場に立つ人の顔は、消費者の想像の外にある。「生産者の顔が見える」という言葉が食の文脈で使われるとき、そこに現れるのはほぼ例外なく農業者であり、加工・製造に従事する人々ではない。この非対称は偶然ではなく、構造的に作られたものです。

文化人類学者メアリー・ダグラスは1966年の著作『Purity and Danger』で、社会的分類体系が「正しい場所にないもの」を象徴的に排除する論理を解明しました。食の文脈では、農業者は「自然・本物・純粋」の象徴として正しい場所に置かれ、工業的製造ラインは「均質・非人格的・大量生産」として、食の純粋性の外側に分類されます。さらに1986年にイゴール・コピトフが論じた商品化論は、物が商品として流通する瞬間に製造過程の社会関係が消去される「脱人格化」を指摘しました。豆腐が棚に並ぶとき、製造者の顔は象徴的に消去されているのです。

この象徴的排除は、現場の数字に直接対応しています。農水省の調査によれば、食料品製造業の有効求人倍率は2017年度時点で2.78倍と全産業平均1.54倍の約1.8倍に達し、最も人手不足が深刻な職種は「商品生産(単純作業)」で76.4%の事業者が不足を訴えます。しかしこの「単純作業」という分類こそが問題の核心です。実際には、個別具体的なノウハウの塊でもあるものが外部には認識されず「単純作業」と言う言葉に押し込められている。そして、その個別技能の不可視性が、後継者育成への投資を阻んできました。

労働経済学者デイヴィッド・ウェイルが2014年に論じた「フィッシャード・ワークプレイス」論は、大企業が製造を下請け・派遣へ移転することで雇用の不安定化と技能継承の断絶が加速する構造を描きました。食品製造業の60歳以上比率は21%と全産業平均を上回り、この層の引退が進む今後10年で、基礎食料品の製造を支えてきた暗黙知が世代間で断絶するリスクが高まっています。一方、若い担い手はストーリーにより脚色された食品へ向かいます。六次産業化政策は意図せず、インフラ的製造業から人材を吸い上げる構造を生み出しているかもしれません。

電気・水道・ガスは社会インフラとして政策的に保護されますが、「安く・安定的に・欠品なく」という同等の機能を担う食品製造業は、市場原理に委ねられてきました。科学技術社会論研究者スーザン・リー・スターは、インフラは「使われるとき透明になり、壊れたときにのみ可視化される」と論じました。一丁60円の豆腐が欠品し、豆腐が高付加価値でドーピングされた高級品ばかりになり、一般的な日本人では月に数回しか食べられない高級品になったとき、そして、身の回りの食品製造品が次々とそうなったとき、初めて私たちはその担い手の存在に気づくのかもしれません。しかしそのときには、製造ラインを支えてきた熟練の身体知はすでに引退し技能継承の窓は閉じ、製造機械をメンテナンスできる会社も廃業しているでしょう。

食の民主性——所得や階層を問わず基礎食料品へのアクセスが保障される状態——は、製造ラインに立つ人々の労働によって日々更新されています。従来の単価を遙かに超える高付加価値商品を称賛する言語は豊富にありますが、一丁60円の豆腐を作り続ける人に誇りを与え、そしてその生産技術の価値を顕在化する言語を、私たちはまだ持っていません。象徴秩序を書き直すことなしに、担い手の可視化は始まらない。食の語り方そのものが、今問われています。

DEEPER/学術的観点から
1999年、スーザン・リー・スター(スタンフォード大学)とジェフリー・ボウカーは著作『Sorting Things Out』(MIT Press)で「インフラは使われるとき透明になる」という命題を提示した。この社会科学的命題は、食品製造ラインの工学的現実と鋭く共鳴する。食品素材——豆腐・味噌・醤油に代表される不定形・湿潤・微生物依存の素材——は、ソフトロボティクスが最も苦手とする対象であり、自動化の最後の砦として人手依存が続く。衛生要件・形状不定形性・微生物環境管理の複合的要求が、熟練工の身体的暗黙知を代替不可能にしている。「単純作業」と分類された現場が実は精密な自然科学的実践の場であるという逆説が、まさにインフラの透明性の中に隠されている。
  • SIGNAL 01

    飲食料品製造業の有効求人倍率は2.78倍(全産業平均1.54倍)、欠員率3.2%は製造業全体の約2倍。最も不足するのは「商品生産(単純作業)」で76.4%に達する。(農林水産省「食品製造業における労働力不足への対応に関する調査」2018年)

  • SIGNAL 02

    食料品製造業の60歳以上労働者比率は21%で全産業平均18%を上回り、労働生産性は製造業平均の約6割と最低水準。労働災害件数は製造業中最多。(農林水産省「食料品製造業の現状と課題」2019年)

  • SIGNAL 03

    ダグラスの汚染論を食言説に適用した研究では、工業的食品生産への象徴的忌避が消費者の「自然食品」選好を強化し、製造現場の社会的評価を低下させる構造が確認されている。(Douglas, M., 1966, Purity and Danger. Routledge.)

  • SIGNAL 04

    ウェイルの「フィッシャード・ワークプレイス」分析では、下請け・外注化が進む産業ほど技能継承投資が低下し、熟練工引退後の生産性損失が大きくなることが示されている。(Weil, D., 2014, The Fissured Workplace. Harvard University Press.)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Douglas, M. (1966). Purity and Danger: An Analysis of Concepts of Pollution and Taboo. Routledge.

    食物の「清潔」と「汚染」の分類が社会秩序を維持する象徴体系であることを示した古典的人類学著作。食品製造業の不可視化を文化的排除として読む本稿の人文学的骨格。

  • Kopytoff, I. (1986). "The cultural biography of things: commoditization as process." In A. Appadurai (Ed.), The Social Life of Things. Cambridge University Press, pp. 64–91.

    商品化が製造過程の社会関係を消去する「脱人格化」プロセスを論じた経済人類学の古典。食品が棚に並ぶ瞬間に製造者の顔が消えるメカニズムを概念化する。

  • Star, S. L., & Bowker, G. C. (1999). Sorting Things Out: Classification and Its Consequences. MIT Press.

    インフラは機能しているとき透明になり壊れたときにのみ可視化されるという命題を提示した科学技術社会論の基礎文献。食品製造業の不可視性の社会技術的構造を分析する骨格。

  • Weil, D. (2014). The Fissured Workplace: Why Work Became So Bad for So Many and What Can Be Done to Improve It. Harvard University Press.

    下請け・派遣化による雇用断片化が技能継承投資を阻む「フィッシャード・ワークプレイス」論。食品製造業の人材流出・技能断絶のメカニズムを労働経済学から根拠づける。

  • Friedmann, H., & McMichael, P. (1989). "Agriculture and the state system: The rise and decline of national agricultures, 1870 to the present." Sociologia Ruralis, 29(2): 93–117. DOI: 10.1111/j.1467-9523.1989.tb00360.x

    農食レジーム論の基礎論文。農業者を可視化し製造・加工を不可視化するグローバル食料システムの歴史的形成を分析する枠組みを提供する。

  • Gereffi, G., Humphrey, J., & Sturgeon, T. (2005). "The governance of global value chains." Review of International Political Economy, 12(1): 78–104. DOI: 10.1080/09692290500049805

    グローバル・バリューチェーン論の主要実証論文。食品製造業が付加価値連鎖の中でいかに低評価・低賃金セグメントに位置づけられてきたかを分析する経済学的基盤。

  • Burawoy, M. (1979). Manufacturing Consent: Changes in the Labor Process under Monopoly Capitalism. University of Chicago Press.

    製造現場の民族誌的研究の古典。労働者が自らの搾取に同意を形成するプロセスを分析し、食品製造ラインにおける技能の不可視性と低評価の社会学的根拠を提供する。

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[村井三左衛門, "食品製造業の製造ラインの働き手は、食の象徴秩序から排除されてきた", RITE](https://futures.emerging-future.org/rite/articles/d8e1a911-c8d1-4884-ad92-ac6f212a55c7) (2026-06-09)
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