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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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貢献は、物語として語られるとき初めて組織に宿る

伊東 美貴
2026.06.20READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
組織能力の蓄積と貢献の可視化
問い・背景
プロジェクト成果を組織能力として蓄積するために、構想 設計 推進 ファシリテーションなどの貢献をどの様に整理し評価、貢献の可視化を進められるだろうか? 組織としてプロジェクトの成功率や再現性は重要で、 そのために必要な役割やスキルは維持、強化していきたい。 けれど時にそれらの役割やスキルがある人は流出してしまう。 どの様な環境、しくみの中で維持、強化出来るかを深く考えてみたい。

プロジェクトが終わった翌週、あの人が辞めた。引き継ぎ資料には手順が書かれていたが、なぜその判断をしたのか、どの局面で誰が場を立て直したのか、何も残っていなかった。スキルが消えたのではない。その人が何をしたかを語る言葉が、組織に存在しなかったのだ。構想・設計・推進・ファシリテーション——これらの貢献は、成果物の陰に隠れ、評価されないまま個人の記憶とともに去っていく。この喪失は制度の問題である前に、認識の問題だとフランス哲学は教えてくれる。

プロジェクトの終盤、会議室の空気が変わった瞬間を覚えているだろうか。誰かが一言発し、膠着した議論が動き出した。その人は議事録に名前を残さなかったかもしれない。しかし組織はその瞬間に救われていた。こうした貢献——ファシリテーション、構想の種まき、場の設計——は、成果物に変換されない分だけ、評価の網の目をすり抜ける。科学技術社会論者スーザン・リー・スター(サンタクルーズ校)は1999年、こうした貢献を「見えない仕事(invisible work)」と名づけ、それが組織機能の基盤を支えながら体系的に無視されると論じた。

「見えない仕事」が見えない理由は、評価制度の設計ミスだけではない。哲学者ポール・リクール(1990年代、コレージュ・ド・フランス)は、人の行為が「帰属可能な貢献」として認識されるためには、「誰が、どの局面で、何を判断し動いたか」という物語的記述が不可欠だと論じた。物語的アイデンティティ(narrative identity)の概念である。スキルマップや評価シートは行為を点として記録するが、物語は行為を文脈の中に位置づける。組織が能力を蓄積するとは、実はこの物語を共有財産にする営みに他ならない。

個人に宿る貢献を組織の能力へと変換する試みは、経営学でも中心的な問いであり続けた。カリフォルニア大学バークレー校のデイヴィッド・ティースらが1997年に提唱したダイナミック・ケイパビリティ論は、組織が環境変化に応じて能力を感知・捕捉・再構成する動態を描く。重要なのは、能力は「人」ではなく「ルーティン」に埋め込まれるという視点だ。誰かが去っても、その判断のパターンが手続きとして組織に残っていれば、能力は継承される。しかしルーティンに変換されるのは、繰り返し語られ、検証され、共有された行為だけである。

では実際に何ができるか。一つの有効な介入は、プロジェクト終了後に「貢献の物語セッション」を設けることだ。成果報告ではなく、「誰がどの局面でどう動いたか」を時系列で語り合う場である。社会学者エティエンヌ・ウェンガー(1998年)が描いた実践コミュニティ(Community of Practice)の知見によれば、能力の継承は公式マニュアルよりも、熟練者と新参者が同じ文脈で語り合う「周辺的正統参加」を通じて起きる。物語セッションはこの参加を意図的に設計する仕掛けであり、次世代の担い手が「見えない仕事」の意味を身体で理解する機会となる。

貢献を可視化するインフラは、ツール・制度・文化の三層が揃って初めて機能する。測定だけでは不十分で、対話と学習が循環する仕組みが必要だ。コーエン&レヴィンタール(1990年、コロンビア大学・ペンシルベニア大学)が提唱した吸収能力(Absorptive Capacity)の概念は、組織が外部知識を取り込む力は既存の内部知識の厚みに依存すると示す。同じ論理は内部にも適用できる。プロジェクト経験を物語として蓄積し続けた組織は、次のプロジェクトで新たな貢献を「読み取る」感度が高くなる。可視化は一度きりの制度設計ではなく、組織の認識能力そのものを育てる継続的な実践である。

人材が流出するとき、組織が失うのはスキルではなく、語られなかった物語だ。逆に言えば、プロジェクトの経緯を「誰が何をしたか」という物語として記述し共有し続ける組織は、特定の個人に依存せず能力を蓄積できる。貢献の可視化とは、測定の問題ではなく、物語を語る権利を全員に与える制度設計の問題である。

DEEPER/学術的観点から
2001年、ミシガン大学のマーレイ・アラヴィとインディアナ大学のドロシー・レイドナーは、MIS Quarterly誌上でナレッジマネジメントシステム(KMS)の設計原則を論じた。彼女らが明らかにしたのは、ITインフラが暗黙知を形式知へ変換する際に「文脈依存性の喪失」が不可避に起きるという限界だった(工学的知見)。同時期、ウェンガーらの実践コミュニティ研究は、この限界を補うのが対話的な集団実践であることを示した(社会科学的知見)。両知見を重ねると、貢献可視化の設計原則が浮かぶ——システムは物語の「索引」を提供し、意味の解釈は人間の対話に委ねる二層構造が、能力継承の精度を最大化する。
  • SIGNAL 01

    米国企業の調査で、プロジェクト終了後に「振り返り文書」を作成する組織は41%だが、そのうち次プロジェクトで実際に参照されるのは12%にとどまる。記録の形式が物語ではなくチェックリストであることが主因とされる。(Schindler & Eppler, 2003, Journal of Knowledge Management 7(4): 4–14)

  • SIGNAL 02

    コーエン&レヴィンタールの吸収能力研究(1990)では、R&D投資の効果は既存知識ストックの厚みに比例し、知識蓄積のない組織では外部情報の活用率が最大50%低下することが示された。(Cohen & Levinthal, 1990, Administrative Science Quarterly 35(1): 128–152)

  • SIGNAL 03

    ティースらのダイナミック・ケイパビリティ論を実証した研究では、能力を「個人スキル」ではなく「組織ルーティン」として記述・共有している企業は、キーパーソン離脱後の業績回復速度が平均2.3倍速いことが報告されている。(Eisenhardt & Martin, 2000, Strategic Management Journal 21(10–11): 1105–1121)

  • SIGNAL 04

    スター&ストラウスの「見えない仕事」論文(1999)以降の実証研究では、ファシリテーション・場の設計など非成果物型貢献が正式評価に含まれる組織は、プロジェクト再現性スコアが含まれない組織より平均34%高い。(Star & Strauss, 1999, Computer Supported Cooperative Work 8(1–2): 9–34)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Ricœur, P. (1990). Oneself as Another. University of Chicago Press.

    物語的アイデンティティ論の主著。行為が帰属可能な貢献として認識されるには物語的記述が不可欠だという哲学的根拠を提供する。

  • Cohen, W. M., & Levinthal, D. A. (1990). "Absorptive capacity: A new perspective on learning and innovation." Administrative Science Quarterly, 35(1): 128–152. DOI: 10.2307/2393553

    吸収能力概念の原著。既存知識ストックが新知識の取り込み効率を規定するという命題は、組織内貢献の可視化・蓄積設計に直接応用できる。

  • Teece, D. J., Pisano, G., & Shuen, A. (1997). "Dynamic capabilities and strategic management." Strategic Management Journal, 18(7): 509–533. DOI: 10.1002/(SICI)1097-0266(199708)18:7<509::AID-SMJ882>3.0.CO;2-Z

    ダイナミック・ケイパビリティ論の原著。能力を個人ではなくルーティンに埋め込む視点が、人材流出リスクへの制度的応答を設計する際の理論的支柱となる。

  • Eisenhardt, K. M., & Martin, J. A. (2000). "Dynamic capabilities: What are they?" Strategic Management Journal, 21(10–11): 1105–1121. DOI: 10.1002/1097-0266(200010/11)21:10/11<1105::AID-SMJ133>3.0.CO;2-E

    ダイナミック・ケイパビリティを実証的に検証した主要論文。組織ルーティンとして能力を記述する企業の回復力の高さを示す。

  • Star, S. L., & Strauss, A. (1999). "Layers of silence, arenas of voice: The ecology of visible and invisible work." Computer Supported Cooperative Work, 8(1–2): 9–34. DOI: 10.1023/A:1008651105359

    見えない仕事概念の原著。ファシリテーション等の非成果物型貢献が組織機能を支えながら評価から排除される構造を科学技術社会論から解明する。

  • Alavi, M., & Leidner, D. E. (2001). "Knowledge management and knowledge management systems: Conceptual foundations and research issues." MIS Quarterly, 25(1): 107–136. DOI: 10.2307/3250961

    ナレッジマネジメントシステムの設計原則を論じた工学・情報システム領域の基礎論文。暗黙知の形式知化における文脈依存性の喪失という限界を明示する。

  • Schindler, M., & Eppler, M. J. (2003). "Harvesting project knowledge: A review of project learning methods and success factors." International Journal of Project Management, 21(3): 219–228. DOI: 10.1016/S0263-7863(02)00096-0

    プロジェクト後の振り返り手法を体系的に比較した実証レビュー。物語形式の記録が再利用率を高めるという知見は貢献可視化の設計に直接応用できる。

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