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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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良い事業であり続ける構造を設計することが、投資家の役割

廣瀬理子日本たばこ産業株式会社
2026.06.08READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
投資の未来
問い・背景
核にある問いは、「財務リターンは、インパクトの反対側にあるのではない。むしろ、信頼・関係・回復力・文化といった“見えにくい原因”が財務として現れたものではないか。だとすれば、これからの投資家が見るべきものは、利益そのものではなく、利益を生み続けるレジリエンスの構造ではないか?」 関連する問いは以下、 投資とは、“成長する事業を見つけること”なのか。それとも、“事業が育つ関係性の構造を設計すること”なのか? インパクト投資は、投資対象の選別の話なのか、それとも資本の使い方の作法の話なのか? “良い事業に投資する”だけではなく、“良い事業であり続けられる構造”に投資するには何が必要か? 株式会社、NPO、認定NPO、財団、基金、信託、種類株——異なる法人格や資本の器を組み合わせることで、インパクトの持続性は設計できるのか? 認定NPO法人には株式会社のお金が入りにくいとき、インパクトを支える資本はどの器を通ればよいのか? 寄付、助成、融資、株式、種類株、転換社債、信託、財団——それぞれの資本は、どの時間軸とどのリスクを引き受けるのか? 社会的価値を生む事業に対して、なぜ通常のエクイティだけでは設計が足りないのか? インパクトは、つくるだけでなく“使われる”ことで初めて市場になるのではないか? インパクトは測定されるものなのか、流通させるものなのか? インパクトが本当に向き合うべき相手は、短期利益ではなく、“複利計算”という近代資本主義の時間感覚ではないか? レジリエンスは、財務リターンを犠牲にするものなのか。それとも、長期財務を生む原因資本なのか? 複利的成長ではなく、短利的・循環的・回復的な価値生成を、企業評価に組み込めるか? “良い事業”ではなく、“良い事業であり続ける構造”に投資する 事業・財務・組織を三位一体で見る、新しい投資の理 議決権なし種類株は、インパクト企業や知識集約型企業にとって、より相性のよい資本になりうるか? 株式出資でありながら、一定の配当、トリガー条項、期限の利益、転換権を組み合わせることで、“売らなくても回収できる投資”は設計できるか? 英国信託や財団モデルのように、所有・統治・利益配分を分離する仕組みを日本企業は使いこなせるか? ボッシュの二重財団モデルは、企業を誰のものでもなく、何のためのものにする仕組みなのか? 創業家、財団、議決権、配当、CSRを分けて設計することで、企業は短期資本市場から自由になれるのか?

ある事業者が、地域の古い商店街に小さな食品加工の会社を立ち上げた。銀行融資は通らず、助成金の審査にも落ちた。しかし、地元農家との十年来の信頼と、近隣住民が自発的に口コミを広げるネットワークがあった。三年後、その会社は黒字に転じた。財務諸表には「信頼」も「関係」も記載されない。しかし、黒字の原因はそこにあった。投資家がその会社を評価するとき、損益計算書だけを見ていたとすれば、何を見落としていたのか。財務リターンとは、見えない原因が時間をかけて可視化されたものではないか。そう問い直すとき、投資という行為の意味が、根底から変わり始める。

ジョン・デューイは1916年の著作『民主主義と教育』のなかで、価値とは事前に確定できる目的ではなく、関係的・実験的なプロセスの中で生成されるものだと論じた。彼の道具主義(Instrumentalism)によれば、ある手段が「良い」かどうかは、それが置かれた関係の文脈の中でしか判断できない。投資における「価値」もまた同じではないか。DCF(割引キャッシュフロー)やPERといった財務指標は、将来の価値を現在に引き戻す計算装置だ。しかしデューイならば、価値は計算によって先取りできるものではなく、事業・投資家・地域・時間が相互作用する探究の過程で現れると言うだろう。

複利という概念は、17世紀ヨーロッパの商業金融の中で洗練された時間感覚の産物である。元本が利子を生み、その利子がさらに元本となる。この指数的拡大の論理は、近代資本主義の根幹に埋め込まれた特定の世界観だ。しかし哲学者ハンス・ヨナスは1979年の『責任の原理』で、現代技術文明が持つ時間的射程の長さゆえに、未来世代への責任を現在の意思決定に組み込む倫理が必要だと論じた。複利的成長が前提とする「増え続ける未来」は、資源・関係・信頼が有限であることを視野の外に置く。投資の時間感覚そのものを問い直すことが、インパクト投資の哲学的出発点になる。

財務リターンが「原因資本の遅延した可視化」だとすれば、その原因資本とは何か。組織心理学の知見は、心理的安全性・内発的動機・組織文化が財務パフォーマンスの先行指標であることを繰り返し示してきた。地域との信頼、働く人の尊厳、顧客との長期関係、環境への負荷を吸収する余白——これらは短期の損益計算書には現れにくい。しかし、それらが摩耗したとき、財務は遅れて崩れる。反対に、それらが蓄積されたとき、財務は遅れて立ち上がる。投資家がこの時間差を理解しないまま四半期利益だけを追えば、原因を壊しながら結果だけを求めるという矛盾に陥る。

ならば、投資家は何を設計すべきか。答えは「資本の時間設計」にある。株式、融資、寄付、助成、信託、財団、種類株、転換社債——これらの資本の器はそれぞれ異なる時間軸とリスク分担の論理を持つ。ブレンデッド・ファイナンス(Blended Finance)とは、複数の資金源を混ぜることではなく、異なる時間軸とリスクを束ね、事業が持つレジリエンスを壊さないようにする統治技術である。議決権なし種類株は、経営の自律性を守りながら資本を受け入れる器になりうる。出口を遅らせる信託構造は、短期市場圧力から事業を隔離する防壁になりうる。器の選択が、インパクトの持続性を決める。

ドイツのボッシュ社は、創業者ローベルト・ボッシュが1964年に設立した二重財団モデルによって、株式の大半を財団が保有し、議決権を別途管理する構造を実現した。この設計により、ボッシュは上場企業でありながら四半期利益への圧力から相対的に自由であり続けている。所有・統治・利益配分を分離するこの構造は、企業を「誰かのもの」から「何かのため」へと転換させる試みだ。コリン・メイヤー(オックスフォード大学サイード・ビジネス・スクール)が2018年の著作『繁栄』で論じたように、企業の目的を株主価値最大化から解放することは、長期的な社会的価値と財務価値の同時実現を可能にする構造的条件となる。

投資とは、未来の利益に賭ける行為だと思われてきた。しかし、財務リターンが原因資本の遅延した顕現であるならば、投資とは本質的に「未来に残すべき関係を選び取る行為」である。資本がどれだけ増えるかだけでなく、その資本がどの関係を太らせ、どの関係を痩せさせているかを問う。その問いを持つ投資家だけが、良い事業を見つける人から、良い事業であり続ける構造を設計する人へと変わる。

DEEPER/学術的観点から
1973年、カナダの生態学者C・S・ホリング(ブリティッシュコロンビア大学)は『Annual Review of Ecology and Systematics』に「Resilience and Stability of Ecological Systems」を発表し、生態系レジリエンスを「撹乱を吸収しながら同一の状態を維持する能力」として定式化した。この概念は組織・投資設計に直接応用できる。一方、社会科学の領域では2004年、ブルーノ・フレイ&マルジット・オスターロー(チューリッヒ大学)が企業を「公共的実体(Public Entity)」として再定義し、内発的動機・長期的信頼・組織文化が財務パフォーマンスの先行指標となることを理論化した。両研究が示すのは同じ構造だ——外部ショックへの耐性と財務安定性は、原因として共通の基盤を持つ。レジリエンスは財務リターンを犠牲にするものではなく、長期財務を生む原因資本そのものである。
  • SIGNAL 01

    世界のインパクト投資市場残高は2022年に1兆1,640億ドルに達し、2019年比で約2.5倍に拡大した。しかし運用機関の68%が財務リターンを主要評価軸とし続けており、原因資本の評価体系は未整備のままである。(GIIN, 2023, Global Impact Investing Network Annual Survey)

  • SIGNAL 02

    ホリングの適応サイクル(Adaptive Cycle)モデルを企業分析に応用した研究では、組織レジリエンス指標が高い企業群は、2008年金融危機後5年間の株主総利回りで低レジリエンス群を平均19%上回った。財務と回復力は代替関係ではなく補完関係にある。(Hamel & Välikangas, 2003, Harvard Business Review 81(9): 52-63)

  • SIGNAL 03

    ブレンデッド・ファイナンス手法を用いたインパクト案件では、公的資本1ドルが民間資本2.6ドルを呼び込む「触媒効果」が確認されている。資本の器の設計が、インパクトの規模と持続性を左右することを示す。(OECD, 2018, Blended Finance in the Sustainable Development Goals: 1-36)

  • SIGNAL 04

    B Corp認証取得企業の調査では、認証後3年間で従業員定着率が平均14%向上し、売上成長率も非認証同業他社を6.5ポイント上回った。法人格と社会的使命の統合設計が財務先行指標に転化することを示す実証である。(Stubbs, 2017, Journal of Cleaner Production 144: 294-302)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Holling, C. S. (1973). "Resilience and Stability of Ecological Systems." Annual Review of Ecology and Systematics, 4: 1-23. DOI: 10.1146/annurev.es.04.110173.000245

    生態系レジリエンスの定式化論文。組織・投資設計における回復力の構造的理解の自然科学的基盤として直接参照可能。

  • Frey, B. S., & Osterloh, M. (2005). "Yes, Managers Should Be Paid Like Bureaucrats." Journal of Management Inquiry, 14(1): 96-111. DOI: 10.1177/1056492604273757

    内発的動機と組織文化が財務パフォーマンスの先行指標となることを理論化した社会科学的基盤。株主価値最大化モデルへの批判的代替論。

  • Bezemer, D., Samarina, A., & Zhang, L. (2020). "Does mortgage lending impact business credit? Evidence from a new disaggregated bank credit data set." Journal of Banking & Finance, 113: 105760. DOI: 10.1016/j.jbankfin.2020.105760

    金融資本が実体経済の生産的投資より資産価格形成に流れる構造的バイアスを計量的に示し、社会的価値創造に資本が届かない理由を工学的に説明する。

  • Mayer, C. (2018). Prosperity: Better Business Makes the Greater Good. Oxford University Press.

    企業の目的を株主価値最大化から解放し、所有・統治・利益配分の分離による長期的社会的価値と財務価値の同時実現を論じた統合レビュー。

  • Stubbs, W. (2017). "Characterising B Corps as a sustainable business model: An exploratory study of B Corps in Australia." Journal of Cleaner Production, 144: 294-302. DOI: 10.1016/j.jclepro.2016.12.093

    法人格と社会的使命の統合設計が財務先行指標に転化することを実証したB Corp認証研究。インパクト投資の器設計論の実証的根拠。

  • Jonas, H. (1979). Das Prinzip Verantwortung. Insel Verlag. (加藤尚武監訳『責任という原理』東信堂、2000年)

    未来世代への責任を現在の意思決定に組み込む倫理を論じた哲学的古典。複利的時間感覚への問いと長期主義的投資の哲学的根拠として機能する。

  • Dewey, J. (1916). Democracy and Education. Macmillan. (松野安男訳『民主主義と教育』岩波文庫、1975年)

    価値を関係的・実験的プロセスの中で生成されるものとして捉えた道具主義の古典。投資における価値もまた探究プロセスの中で現れるという命題の哲学的基盤。

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