美術館の展示室で、ある絵の前に立ち止まったことがある。描かれているのは川辺の光景だった。しかし目を引いたのは、川そのものではなく、水面に差し込む光が一瞬ごとに変容するその「動き」だった。画家はそこに何を見ていたのか。川の形を正確に写したのではなく、光が水面を変化させる瞬間の原理を捉えようとしていたのではないか。この問いは、芸術とは何を模倣するのかという、古代以来の根本的な問いへとつながる。模倣とは外見を写すことなのか、それとも生成の仕方を捉えることなのか。この転換が、近代芸術観の核心にある。
アリストテレスは『詩学』において、芸術をミメーシス(模倣)として定義した。しかしその模倣は、単なる外見の複写ではなく、行為と出来事の構造的再現を意味していた。この古代の問いが18世紀に根本的に書き換えられる。自然を「あるがままに」写すことではなく、自然が自らを産み出すように芸術もまた内在的原理によって作品を生み出すべきだという考え方が台頭した。「何を」模倣するかから「いかに」生成するかへの転換は、芸術の認識論的地位そのものを変えた。
この転換を詩学の次元で精緻に描き出したのが、M・H・エイブラムズ(コーネル大学)が1953年に著した『鏡とランプ(The Mirror and the Lamp)』である。エイブラムズは、芸術作品の比喩が「外界を反映する鏡」から「詩人の内的光を放射するランプ」へと移行したことを詩学史の構造的変容として示した。ホラティウスの詩論からワーズワース・コールリッジの有機的形式論へ至るこの転換は、芸術が世界の写しであることをやめ、作者の内的活動の外化として再定義される歴史的過程であった。
エドマンド・バーク(18世紀イギリス)は1757年の『崇高と美の観念の起源についての哲学的探究』において、明晰な表現と力強い表現を鋭く区別した。明晰さは知性に訴え、対象をあるがままに記述する。しかし力強さは情念に訴え、対象が「感じられるがままに」再構成する。この区別は決定的である。芸術において重要なのは対象の正確な再現ではなく、それが身体と想像力においてどのような運動を引き起こすかだからだ。明晰性への抵抗として定式化された「崇高」の概念は、以後のロマン主義美学の哲学的基盤となった。
フリードリヒ・シラーの「情感詩人」論は、この転換をさらに内面化する。情感詩人は対象から印象を受け取ると、それをそのまま外化するのではなく、自己の内的活動として反省し、その変換の結果を作品として外に出す。鑑賞者が受け取るのは対象そのものではなく、作者の反省を経て再構成された対象である。これは、芸術作品が対象と作者のあいだの反省的変換として存在することを意味する。試みてほしいのは、何かを描くとき、対象を見ながら「自分がそれをどう感じているか」を観察することだ。そこに生成の原理が宿る。
こうした流れの中で、近代の「独創性」という概念が成立する。エドワード・ヤングは1759年の『独創的作品について(Conjectures on Original Composition)』において、「偉大なる先例や権威が汝の理性を脅かすために、汝が自分を失うようなことがあってはならない」と述べた。ここで作者とは、外部の権威に従う者ではなく、自己自身を創造の根拠とする主体である。オリジナルであるものは、古代の範例や規範の側から、芸術家自身の内的創造へと移行する。芸術家は、何かを正しく模倣する者ではなく、自らの内的原理によって作品を生成する者となる。
しかし、この自律性は単純な自由ではない。芸術家が権威から自由になることは、同時に創造の根拠を自分自身の内に求めなければならないという不安定さを伴う。伝統、宗教、後援者といった外的支柱を失った近代芸術家は、自己の内的根拠によって作品を成立させなければならなくなる。一方で、作品はいったん外化されると、享受者、批評制度、展示空間の中で再び意味づけられる。したがって、近代芸術の自律性とは、孤立した完結ではなく、作者の内的生成と受容の場との絶え間ない緊張として存在する。 芸術家が模倣するのは、もはや対象の外見ではない。むしろ、対象が生成する仕方、あるいは対象が自己の内で変換される仕方である。その原理は作品の中に結晶するが、作品を前にした受け手の内側でも再び生成される。近代芸術観の核心は、模倣を外見の再現から生成の原理へと転換した点にある。