岩手県釜石市の山村集落、築100年を超える古民家の馬の前に、その子はイライラした様子でやってきた。家庭環境が複雑で、愛着形成に課題を持っていた小学生だった。気持ちの浮き沈みが激しく、学校から戻ってくるとその日の感情をそのまま持ち込んでくることが多かった。 その日も、張り詰めた空気をまとったままだった。ところが馬の近くに来ると、自然と手が動いた。馬の背中をゆっくりと撫で始めた。言葉は何も要らなかった。子どもの体から、緊張がほどけていくのが見て分かった。そのやり取りはスタッフが誘導したり指示したわけでもなく、子どもと馬の体の間で自然と起きた出来事だった。この一瞬が問いの起点になる。言語と評価に縛られた日常の外側で、何が動いたのか。
馬の前に立つとき、人は「どう見られるか」を一時的に忘れる。馬は人間の社会的カテゴリーを参照しない。障がいの有無も、成績も、家庭環境も、馬にとっては情報として機能しない。代わりに馬が読むのは、身体から発せられる緊張の質だ。肩が固まっていれば馬は動かず、感覚が開くと馬は応じる。頭で考えてから動こうとすると、そのわずかな遅延を馬は感じ取る。三陸駒舎に毎月訪れる200名ほどの子どもたちが馬の前で経験するのは、「うまくやろうとする自分」が通用しない、珍しい空間との出会いだ。
人類は農耕以前から馬と身体で関わってきた。だが近代以降、その関係は変質した。馬は労働機械から競技道具へ、そして20世紀後半には「療法ツール」へと位置づけを変えてきた。科学技術社会論者のドナ・ハラウェイは2003年の『伴侶種宣言』において、人間と非人間の関係を「使う/使われる」の二項対立ではなく、互いが互いを変えながら絡まり合う共進化的な過程として描いた。馬を療法の手段として設計し直すことは、この絡まり合いを一方向の道具関係に圧縮してしまう危険を孕む。三陸駒舎の実践が「ホースセラピー」ではなく「馬との暮らし」を軸に置くのは、この問いへの応答でもある。
スティーヴン・ポージェスは2001年の論文でポリヴェーガル理論を定式化し、哺乳類の自律神経系が「安全・危険・生命の危機」の三段階で階層的に反応することを示した。慢性的な評価ストレスや虐待経験によって「防衛モード」に固定された子どもたちは、他者の視線を脅威として処理し続ける。草食動物である馬は、人間の腹側迷走神経複合体、つまり安全システムを活性化しやすい存在だ。ここにスピノザの「コナトゥス」概念を重ねると見えてくるものがある。スピノザは『エチカ』で、あらゆる存在は自己の力を持続・増大させようとする根源的な衝動を持つと論じた。評価と言語によって力を縮減させられてきた状態、つまりスピノザ的な「悲しみ」から、馬との接触が「力を増大させる喜びの出会い」へと転換する瞬間として、この場を読み直せる。
馬がいない日常でも、「身体先行性」を取り戻す入口はある。馬の世話という行為の構造は、見返りを求めず、相手の状態を身体で感じながら応じることだ。この構造を日常に翻訳してみてほしい。子どもと一緒に土を触る、動物の前でただ座る、言葉なしに誰かの隣にいる。フランシスコ・ヴァレラらが1991年の『身体化された心』で定式化したエナクティヴィズム、つまり認知は脳内処理に先行する身体的行為から生まれるという考え方に従えば、これらの小さな実践は「行為の中の知」を日常に呼び込む試みになる。評価なき関係の予行演習は、特別な場所でなくても始められる。
馬との暮らしで起きる変化は、「治療の成果」として測定できない。マーシャル・サーリンズは1972年の『石器時代の経済学』で、狩猟採集社会が欲求を最小化することで充足を達成する「充足の論理」を持つことを示した。コスパを計算しながら動く子どもたちが馬との暮らしの中で感じるのは、欠乏を埋める交換ではなく、すでに足りている感覚の回復だ。國分功一郎が2017年の『中動態の世界』で論じた行為様式を重ねれば、この変容は「させられた」でも「決意した」でもなく、場の流れに入ることで内側から生まれる第三の構えである。評価できないものを評価しようとする衝動そのものを、問い直す視点として。
日本の子どもの精神的幸福度がOECD最低水準にある事実は、言語と評価の過剰という構造的問題の症状だ。馬は、その構造の外側に立つ存在として、私たちが見失ってきた問いを照らす。「何ができるか」ではなく「何を感じているか」、「どう評価されるか」ではなく「ただここにいること」。エドゥアルド・コーンは2013年の『森は考える』で、人間以外の存在もまた記号的プロセスを通じて世界を解釈していると論じた。馬もまた考えている。私たちはその思考に、まだ耳を傾け始めたばかりだ。