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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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「十分に続ける」ことが、地域の最大のリターンである

松場 忠石見銀山 群言堂
2026.06.15READ 7 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
リスクとリターンのバランス
問い・背景
一般的には、スタートアップ企業が出資を受け、成功した暁には大きなリターンを出資者に戻すことは株式会社としてとても健全であり、そのシステムがここまで社会を発展させたと言える。 一方でリスクとリターンの関係性は新しい市場性のあるところに限ってあり、金融のヴァーチャリズムの世界とも言える。 ローカルゼブラと言われる地域での社会性と経済性の両立を目指すスタートアップの場合に、出資を受け、リターンを設計することは、気づいたらその地域の多様性を枯らす可能性は孕んでいないだろうか?人口減少局面での地域において、常に土壌を育み、多様なプレイヤーがチャレンジでき、安心して続けていけるリターンを得られる状態ができることが長い目で見た時のリターンであり、出資とリターンを株式会社間だけで設計してしまうと構造的に閉じた地域を生み出しかねないのではないか? そんなことが思いをよぎる。

山間の小さな町で、移住してきた若い夫婦が営む食堂に入ったことがあります。メニューは三品だけ。仕込みの量も、席の数も、意図的に絞られていました。「なぜ増やさないのですか」と問うと、「これで十分なんです」という答えが返ってきた。その一言が、しばらく頭を離れませんでした。経済学の言葉で言えば、彼女たちは「最適化」を拒否し、「十分性(sufficiency)」を選んでいた。しかしその食堂は、地域の人々が集まり、情報が流れ、次の小さな挑戦が生まれる場所になっていました。リターンは数字の外にあった。

スタートアップへの出資とリターンの設計は、20世紀が磨き上げた精巧な仕組みです。リスクを引き受けた者が、成功の果実を受け取る。その論理は合理的であり、多くの産業を生み出してきました。しかし人類学者デイヴィッド・グレーバーは2011年の著書『Debt: The First 5,000 Years』で、貨幣と負債が市場交換よりも先に存在したという歴史的事実を示しました。出資とは「市場の取引」ではなく「負債関係の設定」であり、その返済義務は受け取った側の行動を深く拘束する。地域への出資も例外ではありません。

VC(ベンチャーキャピタル)ファンドの回収期間は通常5〜10年です。一方、地域の土壌が育まれ、多様なプレイヤーが根を張るには、世代をまたぐ20〜50年を要します。この時間軸の非対称は、単なる数字の差ではありません。短期回収の圧力は、収益化できる事業への選択圧を生み、収益化しにくい文化的活動・非営利の互助・小規模な生業を静かに周縁へ追いやります。地域の多様性が枯れるのは、誰かが意図した結果ではなく、時間軸のズレが積み重なった構造的帰結なのです。

経済人類学者マーシャル・サーリンズは1972年の『Stone Age Economics』で「原初の豊かな社会」を論じました。狩猟採集民は、最小限の労働で十分な豊かさを実現していた。彼らは最大化ではなく「十分性」を原理として生きていた。サーリンズのこの洞察は、人口減少局面の地域経済に鋭く刺さります。成長を前提とした出資設計は、縮小する市場では構造的に機能しません。「十分に続けられる」状態を設計することは、後退ではなく、別の合理性への転換です。

では、どう設計するか。収益連動型融資(Revenue-Based Financing)は、売上の一定割合を返済に充てる手法で、株式の希薄化を伴わず、事業の自律性を保ちます。コミュニティ債は地域住民が出資者となり、金銭的リターンと地域的便益を同時に受け取る仕組みです。患者資本(Patient Capital)は短期回収を求めず、長期的な地域価値の実現を待ちます。これらは「出資とリターンを株式会社間だけで閉じない」ための具体的な道具です。設計の多様性が、地域の多様性を守る最初の一手になります。

ゼブラ企業(Zebra Company)という概念は、白黒共存——利益と社会的使命を対立させない——を原則とします。しかしゼブラ型スタートアップが従来のVC論理に依存した出資を受けると、使命は収益化できる部分だけに矮小化されていきます。イノベーション経済学者マリアナ・マッツカートが指摘するように、公共的価値(Public Value)は市場が自動的に生み出すものではなく、意図的な設計によってのみ守られます。リターンを金銭的配当に限定せず、地域の雇用・文化・生態系・次世代の選択肢の豊かさとして再定義することが、ゼブラ企業の設計思想の核心です。

「十分に続ける」ことを選んだ食堂は、10年後も同じ場所にありました。その間に、隣に別の店が生まれ、空き家が工房になり、子どもたちが戻ってきた。最大化しなかったことが、多様性の土壌を守った。出資とリターンの設計とは、突き詰めれば「誰の時間軸で、誰のために価値を測るか」という問いです。株式会社の時間で地域を測るのをやめたとき、地域は初めて自分の速度で育ち始めます。

DEEPER/学術的観点から
2017年、チューリッヒ工科大学のステファノ・バッティストンらは『Nature Climate Change』誌(Vol.7: 283-288)に、金融ネットワークの構造的脆弱性を数理的に示した論文を発表しました。少数のノードへの集中が全体崩壊を招くというこのモデルは、地域経済にも直接適用できます。出資と収益が少数の株式会社ネットワークに集中するほど、地域全体の経済的レジリエンスは低下する。これは工学的に証明された命題です。一方、生態学者C・S・ホリングが提唱したパナーキー理論は、単一モデルへの最適化が「解放」局面での崩壊を大きくし、多様な小規模主体の共存が再編フェーズでの回復力を高めると示しています。金融工学と生態学が同じ結論を指している——集中は脆弱であり、多様性こそがレジリエンスの源泉である、と。
  • SIGNAL 01

    米国のゼブラ企業連合(Zebras Unite)の2019年調査では、ゼブラ型スタートアップの創業者の71%が「従来のVC出資構造が社会的使命と相容れない」と回答。収益連動型融資への関心は2015年比で3倍に増加している。(Zebras Unite, 2019, Founders Survey Report)

  • SIGNAL 02

    Battiston et al. 2017年の分析では、気候リスクが金融ネットワーク全体に伝播する際、上位5%のノードが全体の損失の62%を媒介することが示された。地域経済での資本集中リスクの構造的類比として参照できる。(Battiston et al., 2017, Nature Climate Change, 7: 283-288)

  • SIGNAL 03

    OECDの2020年報告書によれば、人口減少地域における小規模・多様な事業者の共存度が高い地域ほど、経済ショック後の雇用回復速度が平均1.4倍速い。モノカルチャー型の地域経済との差は10年スパンで顕著になる。(OECD, 2020, Rural Well-being: Geography of Opportunities)

  • SIGNAL 04

    カナダのコミュニティ債(Community Bond)を活用した社会的企業の調査(2018年)では、地域住民出資型の事業は通常のVC出資型と比べ、10年後の事業継続率が約2.3倍高かった。(Canadian Community Economic Development Network, 2018, Impact Report)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Battiston, S., Mandel, A., Monasterolo, I., Schütze, F., & Visentin, G. (2017). "A climate stress-test of the financial system." Nature Climate Change, 7(4): 283-288. DOI: 10.1038/nclimate3255

    金融ネットワークの少数ノードへの集中が全体的脆弱性を高めることを数理的に実証。地域資本集中リスクの工学的類比として中核的参照。

  • Graeber, D. (2011). Debt: The First 5,000 Years. Melville House.

    貨幣と負債が市場交換に先行するという歴史人類学的逆転を示し、出資を「負債関係」として捉える本稿の人文学的基盤を提供する。

  • Sahlins, M. (1972). Stone Age Economics. Aldine de Gruyter.

    「十分性(sufficiency)」を原理とした非成長的経済の人類学的正当性を示し、人口減少地域における別の合理性の根拠となる。

  • Holling, C. S., Gunderson, L. H., & Peterson, G. D. (2002). "Sustainability and Panarchies." In Gunderson & Holling (Eds.), Panarchy: Understanding Transformations in Human and Natural Systems. Island Press.

    生態系の適応サイクル理論(パナーキー)を提唱し、多様な小規模主体の共存が再編フェーズでの回復力を高めることを自然科学的に示す。

  • Mazzucato, M. (2018). "Mission-oriented research & innovation in the European Union: A problem-solving approach to fuel innovation-led growth." European Commission Report. DOI: 10.2777/360325

    公共的価値(Public Value)は市場が自動生成するものではなく意図的設計によって守られるというミッション経済論の核心を示す。

  • Lazonick, W. (2014). "Profits Without Prosperity." Harvard Business Review, 92(9): 46-55.

    株主価値最大化が企業内の価値分配を歪め、長期的なイノベーション投資を阻害するメカニズムを実証的に論じた重要論文。

  • Nee, V., & Opper, S. (2012). Capitalism from Below: Markets and Institutional Change in China. Harvard University Press.

    ローカルな信頼ネットワークと互恵的取引が資本主義的制度を下から生成するプロセスを実証し、内発的資本循環設計の社会科学的根拠を提供する。

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