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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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コモンズは、支配されない自由を制度に変える

澤谷由里子NUCB Business School
2026.07.18READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
コモンズという第三の道――自由・資本・ガバナンスをめぐって
問い・背景
昨日、斉藤幸平さんとパネルをする機会があった。その感想を書いてみよう。コモンズとは、国有でも私有でもない第三の制度原理である。単に「みんなのもの」という意味ではなく、土地、データ、知識、技術、文化、地域の場などの資源を、関係者が共同で守り、使い、更新し、次世代へ引き継ぐ仕組みである。したがって、コモンズの本質は所有形態ではなく、ガバナンスにある。 私有の場合、資源は所有者の自由に委ねられる。これは、所有者の liberty、すなわち自分のものを自由に使う権利を強くする。しかし、資本や企業が資源を囲い込むと、他者の自由はむしろ狭まる。データ、技術、プラットフォーム、土地が一部に集中すれば、人々はそれに依存し、選択肢を失う可能性がある。一方、国有の場合、国家や行政が公共性を代表して資源を管理する。私的独占を抑える効果はあるが、画一的な管理や上からの配分になり、地域や個人の自律性が弱まる危険もある。 これに対してコモンズは、資本にも国家にも一方的に委ねない。市民、地域、企業、行政、大学などが関与しながら、資源を共同で統治する。ここで重要になるのが、freedom と liberty の関係である。liberty は、誰かに一方的に支配・収奪・排除されない自由である。コモンズにおける liberty とは、資本や国家や専門家に資源を独占されず、関係者が参加し、発言し、ルール形成に関われることを意味する。 一方、freedom は、実際に選び、学び、試し、関わり、やり直し、自分らしく生きる力である。コモンズは、単に支配から守るだけではなく、人々が実際に使える選択肢、経験、知識、関係性を広げなければならない。若者のライフデザインで言えば、健康や身体について知ること、ロールモデルに出会うこと、安心して対話できる場を持つこと、失敗しても戻れることが freedom の拡張である。 技術と資本は、それ自体が自由ではない。それらは人々の可能性を広げる手段にもなれば、支配や依存を強める力にもなる。だからこそ、誰がデータを持つのか、誰が意思決定するのか、利益は誰に戻るのか、本人の選択権は守られるのかを設計する必要がある。 したがって、コモンズとは、資本主義でも社会主義でもない。市場も使うが、市場にすべてを任せない。国家も関与するが、国家にすべてを委ねない。関係者が共同で資源を守り、使い、価値を生み出す仕組みである。先生の二軸モデルで言えば、資本主義も社会主義も Means × External に寄りやすいが、コモンズはそこに Desire × External、すなわち「私たちはどのような社会をともにつくりたいのか」という問いを入れる。コモンズとは、自由、価値、責任を共同で設計するための制度なのである。

「人新世の資本論ーコモンズと新しい豊かさ」のパネルを終えた夜、頭に残ったのは一つの問いだった。私有でも国有でもない第三の道を語るとき、私たちは何を守ろうとしているのか。土地、データ、知識、文化――それらを「みんなのもの」と呼ぶのは易しい。しかし、誰がルールをつくり、誰が排除され、誰の利益に資源が向かうのかを問わなければ、コモンズは美しい理念のまま空洞になる。コモンズの本質は所有形態ではなく、ガバナンスにある。そしてガバナンスの問いは、自由とは何かという哲学の問いと、実は同じ根を持っている。

パネルの会場で、私は一枚の図を思い浮かべていた。横軸に「欲望」と「手段」、縦軸に「内部」と「外部」を置いた四象限。資本主義も社会主義も、どちらも Means × External の象限に収まりやすい。資源をどう配分するかを外部の論理――市場価格か計画指令か――に委ねる点で、両者は鏡像関係にある。コモンズはその外側の領域に位置する。「私たちはどのような社会をともにつくりたいのか」という問いを制度設計の中心に据えることで、第三の道を開こうとする試みだ。

17世紀イングランドの囲い込み(エンクロージャー)以来、資本は繰り返しコモンズを私有化してきた。農地が牧羊地に変わり、入会権を持つ農民が土地から切り離された歴史は、現代のプラットフォーム独占と構造を同じくする。データ、アルゴリズム、知識が一部の企業に集中するとき、人々は資源を「使えない」のではなく、「使わせてもらう」立場に置かれる。この非対称な依存関係こそ、コモンズが解体しようとしている権力の形である。

哲学者フィリップ・ペティット(プリンストン大学)は1997年の著作『Republicanism』で、自由を「干渉の不在」ではなく「恣意的支配への従属の不在(non-domination)」として再定義した。驚くべき点は、実際に干渉されていなくても、いつでも恣意的に干渉できる構造的地位に置かれること自体が不自由を生む、という主張である。プラットフォームが今日は自由に使わせていても、利用規約を一方的に変更できる立場にある限り、ユーザーは支配下にある。コモンズのガバナンスは、この構造的従属を制度的に解体する試みとして読める。

では、コモンズは具体的に何を変えるのか。liberty(支配されない自由)を守るだけでは十分ではない。人々が実際に選び、学び、試し、やり直せる力――freedom――を広げる設計が必要だ。データ信託(Data Trust)は個人データを受託者が集合的に管理し、本人の利益のために運用する制度設計であり、liberty と freedom の両方を同時に実装しようとする試みの一例だ。誰がデータを持つのか、誰が意思決定するのか、利益は誰に戻るのかを明示的に設計することで、依存を参加に変える。

しかしコモンズは、設計するだけでは動かない。ヨカイ・ベンクラー(ハーバード大学ロースクール)が2002年に示したように、Linuxやウィキペディアが成立したのは、貢献の粒度が細かく、モジュール化によって統合コストが低く保たれたからだ。技術的アーキテクチャが制度の持続可能性を左右する。同時に、マッシモ・デ・アンジェリスが指摘するように、コモンズは資本主義の外部に存在するのではなく、資本主義と緊張関係を保ちながら内部で生き延びる。価値実践・境界設定・再生産の三要素を絶えず更新し続けることが、コモンズを制度として機能させる条件である。

コモンズとは、資源の所有を問う制度ではなく、誰が支配できないかを問う制度だ。ペティットの非支配的自由を制度に翻訳するとき、コモンズは「みんなのもの」という牧歌的な共有から、恣意的権力に対する構造的な対抗へと姿を変える。市場も国家も手放さず、しかしどちらにも全権を委ねない。この緊張を維持し続けることが、自由を守る唯一の方法かもしれない。

DEEPER/学術的観点から
2002年、ヨカイ・ベンクラー(当時ニューヨーク大学ロースクール)は『Yale Law Journal』誌上に「Coase's Penguin, or, Linux and The Nature of the Firm」を発表し、コモンズベースのピアプロダクション(CBPP)という概念を提示した。市場でも企業内命令でもなく、分散した個人の微小貢献がモジュール化によって統合される第三の生産様式が、デジタル環境で制度として成立することを実証的に示した論文だ。この発見が示すのは、技術的アーキテクチャ(粒度・モジュール性・統合コスト)がガバナンスの持続可能性を直接規定するという事実であり、社会科学的なルール設計と工学的な情報設計が分離できないことを意味する。コモンズは理念ではなく、設計の問題である。
  • SIGNAL 01

    ウィキペディアは2024年時点で62言語版が月間10億人以上に利用される知識コモンズに成長した。しかし編集者の約90%が男性であるという構造的偏りは、参加の開放性が自動的に代表性を保証しないことを示す。(Reagle, J. M., 2013, "Free as in Sexist?" First Monday, 18(1))

  • SIGNAL 02

    フィリップ・ペティットの非支配的自由論を実証的に検証した政治学研究では、ガバナンスへの参加経験が市民の「支配されていない」感覚を統計的に高めることが示されている(Lovett, F. & Pettit, P., 2009, "Neorepublicanism: A Normative and Institutional Research Program", Annual Review of Political Science, 12: 11–29)。

  • SIGNAL 03

    デジタルプラットフォーム上位5社(アルファベット・アマゾン・アップル・メタ・マイクロソフト)の時価総額合計は2024年に世界GDP比で約15%を超え、資源集中が「恣意的干渉の可能性」として構造化されている現状を数値が裏付ける(World Bank, GDP data 2023; Bloomberg Markets, 2024)。

  • SIGNAL 04

    マリアナ・マッツカート(UCLインスティテュート・フォー・イノベーション・アンド・パブリック・パーパス)の分析では、インターネット・GPS・タッチスクリーンなど現代プラットフォームの基盤技術の多くは公的資金由来であり、イノベーションの「コモンズ的起源」が民間に囲い込まれた構造が示される(Mazzucato, M., 2013, "The Entrepreneurial State", Anthem Press)。

KEY REFERENCE/参考文献
  • Sawatani, Y. (2026). Creative Care in Motion: Mediating Institutions Through Design. In: Christine Leitner, Clara Bassano and Debra Satterfield (eds) The Human Side of Service Engineering. AHFE (2026) International Conference. AHFE Open Access, vol 221. AHFE International, USA. https://doi.org/10.54941/ahfe1007734

    creative careを個人の創造性や単発のサービス成果ではなく、曖昧な欲望や関係的実践が、翻訳・媒介・暫定的安定化を通じて制度内で持続可能な形を得ていく過程として捉える。

  • Benkler, Y. (2002). "Coase's Penguin, or, Linux and The Nature of the Firm." Yale Law Journal, 112(3): 369–446.

    コモンズベースのピアプロダクション(CBPP)を提唱した原著論文。デジタルコモンズの技術的条件(粒度・モジュール性)を実証的に分析した工学×法学の接点。

  • Lovett, F., & Pettit, P. (2009). "Neorepublicanism: A Normative and Institutional Research Program." Annual Review of Political Science, 12: 11–29. DOI: 10.1146/annurev.polisci.12.040907.132441

    非支配的自由論の制度研究プログラムとしての展開を論じた総説。ガバナンス参加と自由の実証的接続を示す。

  • De Angelis, M. (2017). Omnia Sunt Communia: On the Commons and the Transformation to Postcapitalism. Zed Books.

    コモンズを資本主義との緊張関係のなかで生き延びる制度として分析。価値実践・境界設定・再生産の三要素によるガバナンス論は集合行為論を超えた視点を提供する。

  • Folke, C. (2006). "Resilience: The emergence of a perspective for social-ecological systems analyses." Global Environmental Change, 16(3): 253–267. DOI: 10.1016/j.gloenvcha.2006.04.002

    生態系コモンズのアダプティブ・ガバナンスをパナーキー概念で分析。ポリセントリックな重層ガバナンスの自然科学的根拠を提供する。

  • Mazzucato, M. (2021). Mission Economy: A Moonshot Guide to Changing Capitalism. Allen Lane.

    公共価値とミッション経済学の枠組みからコモンズ的イノベーション政策を論じる。技術の「コモンズ的起源」と民間囲い込みの問題を政策論として展開。

  • Pettit, P. (1997). Republicanism: A Theory of Freedom and Government. Oxford University Press.

    非支配的自由(non-domination)概念の定式化。恣意的支配への従属がない状態を自由と定義し、コモンズのガバナンス設計に哲学的射程を与える古典。

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