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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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早くいきたいならひとりでいけ。遠くへいきたいならみんなでいけという問題。「みんなでいけ」という言葉が、かえって遠くへ行けなくさせている。

松島靖朗安養寺
2026.06.13READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
ひとりでいくか、みんなでいくか。
問い・背景
出典はよくわからないけれど、アフリカ?早く行きたいなら、ひとりでいけ。遠くに行きたいならみんなでいけ。という言葉があります。疑いやすい僕も、この言葉を聞くタイミング(置かれた状況とか、経営のフェーズとか)で、なるほどなと思うこともある好きな言葉の一つ。そうだそうだ!と勢い、みんなで遠くへ行こう!と鼓舞するが、三日目過ぎたあたりから、おいおい、みんな、どこ行こうとしているの?とイライラがつのる(笑)。0から1を生み出す人と、1を10にする人、10を100に、1000にする人がいると言われます。僕は0から1を生み出すことが好きで、そういうフェーズはひとりで、誰の影響もうけず、誰にも相談せず、ものすごい勢いで脳内ブレストが進み、ガラパゴス的進化を生み出していることが多い。うっかり、だれかに今の取り組みの話をしてみたところ、イマイチ反応がなくて、でもよしよし、反応がないということはまだ誰にも理解できていないすごい発明をしているのだと、さらに突き進む。ひとりで。話は戻るが、ひとりでいくか、みんなでいくか。どっちがいいのだろう。いいとかわるいとか、ないのかもしれないが。たとえ、みんなでいけるようになっても、そうなると、一人が好きな自分はどうも居心地が悪くなり、別の場所を求めて、ひとりではやくそこへ向かおうとする。ひとりでいくか、みんなでいくか。この問題にぶち当たったときに、どんな視点でその先を見通すのがよいだろう。個人の問題、組織の構造、経営のフェーズ、社会のニーズ、いろいろありそうだ。

会議室で誰かがその言葉を口にするたびに、空気が少し緩む瞬間がある。「早く行きたいなら一人でいけ、遠くへ行きたいならみんなでいけ」。アフリカの諺として広まったこのフレーズは、しかし文献研究者たちが追いかけると出典が見当たらない。2010年代以降、複数の民俗学者が調査したが、アフリカの特定の言語・地域・口承伝統に対応する原語が確認されていない。むしろ2000年代の欧米ビジネス書が「アフリカの諺」というラベルを貼って流通させた可能性が高い。出典不明の言葉が権威を帯びて繰り返されるとき、それは問いを開くより問いを閉じる働きをする。「みんなでいこう」と鼓舞した三日後にイライラが募るのは、その言葉が実は何も答えていなかったからかもしれない。

朝、誰にも告げずにノートを開く。問いが湧き、答えが湧き、また問いが湧く。その連鎖に名前をつけるとすれば「脳内ブレスト」だが、正確には対話である。自分の中の批判者と弁護者が交互に発言し、外部の声が入らないからこそ回路が高速で回る。哲学者セーレン・キルケゴール(1846年『現代の批判』)はこの状態を「単独者」と呼んだ。群衆の中では個人の判断が溶解し、誰も責任を取らない匿名の意志が生まれると彼は警告した。「みんなでいけ」という言葉が心地よく響くのは、それが単独者の孤独から解放してくれるからかもしれない。だがその解放は、判断の放棄と紙一重である。

「アフリカの諺」というラベルは、言葉に地理的な重みと集合知の香りを与える。しかし出典を持たない言葉は、使われるたびに文脈から切り離され、都合よく読まれる。経営の場で引用されるとき、この言葉は往々にして「チームを作れ」「合意を得ろ」という指示の詩的な包装紙になる。文化人類学者のジェームズ・クリフォード(1988年『文化の窮状』ハーバード大学出版)は、西洋社会が非西洋の「声」を借りて自らの規範を正当化する構造を「文化の流用」と呼んだ。出典不明の諺が繰り返されるとき、私たちは問いと向き合うかわりに、権威ある言葉の影に隠れている。

ハンナ・アーレント(1958年『人間の条件』シカゴ大学出版)は、人間の活動を「労働」「製作」「行為」の三層に分けた。「行為」だけは複数の他者の前でなされるものであり、ひとりでは完結しない。しかし同時に彼女は、「思考」は本質的に孤独な内的対話であり、ソクラテス的な「自己との問答」なしに真の判断力は育たないとも論じた。この緊張が核心を突く。思考はひとりでなければ深まらず、行為はみんなでなければ意味を持たない。「ひとりかみんなか」という問いは、フェーズの問いではなく、今自分がしているのが「思考」なのか「行為」なのかを見極める問いなのである。

組織論の文脈で、この緊張は「探索と深化のジレンマ」として定式化されている。ジェームズ・マーチ(米スタンフォード大学)は1991年、Organization Science誌に発表した論文で、組織が深化(既知の改善)に傾くと短期効率は上がるが長期適応力を失い、探索(未知への挑戦)に傾くと逆になることを示した。0から1を生み出すフェーズは探索の極であり、認知的自由と速度を要求する。ここに人員を増やすと、調整コストと合意形成コストが創造の速度を上回る。フレデリック・ブルックス(1975年『人月の神話』)が言ったように、9人の女性が集まっても1ヶ月で赤ちゃんは産めない。

では「みんなでいく」ことに価値はないのか。そうではない。問題は、みんなでいくことを「遠くへ行く手段」と捉える誤解にある。社会心理学者ビブ・ラタネ(米フロリダ・アトランティック大学)らが1979年にJournal of Personality and Social Psychologyで実証したように、集団サイズが増すほど個人の貢献は希薄化する「社会的手抜き」が生じる。みんなが増えるほど「遠く」が遠のく逆説だ。みんなでいくことが機能するのは、目的地がすでに共有されているときだけである。0から1の孤独な発明を、1からNへ橋渡しする「翻訳者」の存在が不可欠であり、その接続なしに「みんなでいこう」と叫んでも、集団は速度を失いながら近くで止まる。

みんなが追いついてくると、また別の辺境へひとりで走り出す。その繰り返しを「居心地の悪さ」と呼ぶのは正確ではない。生態学では、撹乱後の裸地にまず単独で侵入する先駆種が、後続の群集が定着できる土台を作ることを「遷移」と呼ぶ。先駆種は極相には向かない。それは欠落ではなく、機能の構造である。アーレントが言った思考の孤独と行為の複数性に戻れば、ひとりで走る人間は思考し続けており、みんなが来た瞬間に行為の場が生まれ、そしてその人は再び思考へと退く。問うべきは「どちらがいいか」ではなく、「今、自分は思考しているのか、行為しているのか」だ。その問いを持つ人だけが、言葉の呪縛から自由になれる。

DEEPER/学術的観点から
1991年、米スタンフォード大学のジェームズ・マーチがOrganization Science誌に発表した「Exploration and Exploitation in Organizational Learning」は、組織学習の核心を「探索」と「深化」の動的緊張として定式化した。探索(未知の新領域への投資)と深化(既知の改善による効率化)は資源を奪い合い、組織は深化に傾きやすい。これは社会科学の知見だが、自然科学の生態学的遷移モデルと構造的に同型である。先駆種(r戦略種)が裸地を開拓し、極相種(K戦略種)が安定群集を形成するという分業は、0→1の個人と1→Nの集団の役割分担に対応する。マーチの論文が示す本質は、どちらが優れているかではなく、組織が「今どのフェーズにいるか」を誤認することが致命的だという点にある。
  • SIGNAL 01

    集団サイズが2人から6人に増えると、1人あたりの努力量は約29%低下する。「社会的手抜き」の最初の実証実験で示された数値であり、みんなが増えるほど遠くへ行けなくなる逆説の定量的根拠。(Latané, B. et al., 1979, Journal of Personality and Social Psychology 37(6): 822–832)

  • SIGNAL 02

    マーチの探索・深化モデルを用いた計算機シミュレーションでは、探索に特化した個人が少数いるだけで組織全体の長期適応力が有意に向上することが示された。0→1人材の希少性が集団の生存に不均衡な貢献をする。(March, J. G., 1991, Organization Science 2(1): 71–87)

  • SIGNAL 03

    イノベーション拡散研究の分析では、新アイデアの採用率がS字カーブの離陸点(普及率約16%)を超えるまでの期間に、孤独な先駆者(イノベーター層)が果たす役割が不可欠であることが示されている。ひとりの先行と集団の追随は時系列的に分離している。(Rogers, E. M., 2003, Diffusion of Innovations, 5th ed., Free Press)

  • SIGNAL 04

    フロー状態(高集中・高創造性)は、他者の評価が予期されない孤独な作業環境で最も発生しやすいことが、チクセントミハイらの経験サンプリング法による研究で繰り返し確認されている。0→1の創造には構造的に孤独が必要である。(Csikszentmihalyi, M. & LeFevre, J., 1989, Journal of Personality and Social Psychology 56(5): 815–822)

KEY REFERENCE/参考文献
  • March, J. G. (1991). "Exploration and Exploitation in Organizational Learning." Organization Science, 2(1): 71–87. DOI: 10.1287/orsc.2.1.71

    探索と深化のトレードオフを定式化した組織学習論の基礎論文。0→1と1→Nの構造的非対称性の社会科学的根拠。

  • Latané, B., Williams, K., & Harkins, S. (1979). "Many hands make light the work: The causes and consequences of social loafing." Journal of Personality and Social Psychology, 37(6): 822–832. DOI: 10.1037/0022-3514.37.6.822

    集団サイズ増大に伴う個人貢献の希薄化を実験的に実証した社会的手抜き研究の原著。みんなでいくことの定量的コスト。

  • Csikszentmihalyi, M., & LeFevre, J. (1989). "Optimal experience in work and leisure." Journal of Personality and Social Psychology, 56(5): 815–822. DOI: 10.1037/0022-3514.56.5.815

    経験サンプリング法でフロー状態の発生条件を実証。孤独な作業環境における創造的集中の優位性を示す。

  • Arendt, H. (1958). The Human Condition. University of Chicago Press.

    労働・製作・行為の三層構造と、思考の孤独性・行為の複数性の緊張を論じた政治哲学の古典。ひとりとみんなの存在論的根拠。

  • Kierkegaard, S. (1846). En literair Anmeldelse [A Literary Review]. (邦訳:鈴木祐丞訳(2015)『現代の批判』講談社学術文庫)

    「群衆は非真理である」という命題を展開した実存哲学の古典。みんなでいくことの倫理的コストを照射する。

  • Brooks, F. P. (1975). The Mythical Man-Month: Essays on Software Engineering. Addison-Wesley.

    人員増加と生産性の非線形関係(Brooks's Law)を論じた工学古典。0→1フェーズにおける小集団・個人の認知的優位の工学的根拠。

  • Rogers, E. M. (2003). Diffusion of Innovations, 5th ed. Free Press.

    イノベーション拡散のS字カーブと先駆者(イノベーター)の役割を体系化した統合レビュー。ひとりの先行と集団の追随の時系列的分離を示す。

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