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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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RITE ESSAY/メンバーの記事

愉しいは測定できないから、増やせる

西澤篤央
2026.06.15READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
愉しいの総量を増えちゃう
問い・背景
愉しいが最大の世の中が最大幸福の社会になると確信しているから。 「愉しい」は「たのしい」の一部であり、Joyful的なたのしさを差し引いたものと考えている。 愉しいを最大化するためには各個人の熱量を大事にすることが大事と考えている。 熱量は仕組み化された社会等で用意に減衰する構造になっていると思っている。 そのような仕組みの最大の物がマネーバイアスだと思っているが、マネー以外のバイアスの影響も大きい。 だが人類はバイアスなしには生きることが難しいので、このようなバイアスとどのように付き合えるかが肝だと思っている。そのためにはバイアスやそれによって生み出されているコンテンツ、仕組みに健全に挑めることが大事だと思っている。それを疑ことを大事にするのがダウトフルであり、そこの境界線をゆする・透明にする行為がプレイフルだと思っている。これらを太軸にして愉しいに向き合うのが大事だと思っている。これらの熱量の源泉は好奇心だと思っていて、好奇心の源泉は一定の知識であるとおもっている。また熱量を育む場に大事なことは、熱量へのリスペクトと豊かな関係性と考えている。 自然はバイアスが皆無な場であるので、バイアスに向きあうのに大切な補助線になると思っている。 仮説としては、実在論に対する生成論的なものが過小になっている状況だと思っている。 世の中の構造、仕組み、コンテンツいずれも実在論になっているところだと思っている。 実在論は合意形成がしやすい仕組みとしてわかりやすいが、だからこそ実在になっていないものを無視しやすい傾向が高いと思っている。とはいえ、無視した結果様々な恩恵を受けているのも事実である(科学・技術の恩恵)こちらは。測定できるものから物事を考える、ではなく、測定できないことも含めて物事を考えることがこれから大事になってくると思っている。その一片が量子論だと思っている。 測定できないものとして一番大きな観点は変化するものの測定である。これからのホットテーマはここになるだろうと思っている

締め切りも報酬も忘れて、手だけが動き続けている夜がある。何かを仕上げようとしているのではなく、次の一手が気になって止められない——そういう状態のとき、身体はふだんとは違う質感の時間の中にいる。おいしいものを食べたときの満足や、映画を観終えたときの充足とは、明らかに手触りが違う。受け取っているのではなく、何かを展開させている感覚。それが「愉しい」の核心ではないかと、この問いは始まる。「たのしい」全体のうち、刺激の充足で完結するJoyful的な部分を差し引いたとき残るもの——能動的に生成し続けるプロセスそのものとしての愉しさ——は、測定しようとした瞬間に別の何かに変わってしまう。だからこそ、逆説的に、増やすことができる。

何かに夢中になっている瞬間を、もう少し細かく解剖してみてほしい。締め切りが迫っているから集中しているのではなく、誰かに評価されるから頑張っているのでもない。ただ次の問いが面白くて、手が止まらない。その状態に入ったとき、「愉しい」は外から与えられるものではなく、内側から湧き出るプロセスとして現れる。スピノザが17世紀に「コナトゥス(conatus)」と呼んだ——存在が自己を展開し続けようとする能動的な力——は、まさにこの感覚の哲学的な名前だ。愉しいとは快楽の受容ではなく、自己の展開そのものである。

近代以降の社会は、測定できるものに価値を集中させてきた。経済学者チャールズ・グッドハートが1975年に定式化した原理——「指標が目標になると、その指標は指標でなくなる」——は、教育・医療・労働のあらゆる領域で繰り返し確認されてきた。テストの点数を上げるために学ぶ、評価のために動く、報酬のために熱量を使う。この構造の最大の事例がマネーバイアスだが、数値化・制度化・仕組み化そのものが熱量を周辺化する回路になっている。測定できないものは存在しないかのように扱われ、「愉しい」は近代の制度設計の外側に追いやられてきた。

心理学は、この減衰構造を実験室で捉えた。エドワード・デシは1971年、パズルを楽しんでいた参加者に金銭報酬を加えると、報酬を取り除いた後の自発的な取り組み時間が無報酬群より有意に短くなることを示した。外的報酬は内発的動機を補完するどころか、侵食する。これがアンダーマイニング効果の最初期の実証だ。デシとライアンが後に体系化した自己決定理論は、自律・有能・関係性の三要素が内発的動機の土台であると論じる。さらに文化史家ヨハン・ホイジンガは1938年の『ホモ・ルーデンス』で、遊びは目的の外部に立つことで文化を生成すると論じた。バイアスの境界線を揺さぶる「プレイフル」な実践は、熱量を守る構造的な機能を持つ。

では、日常の中で何を変えられるか。一日一回、自分の行動の動機を「誰かの指標に応えているから」か「自分が面白いから」かで問い直してみてほしい。この問いは判断ではなく観察でいい。次に、目的を持たずに自然の中で過ごす時間を意図的につくること。自然は数値化された目標を持たず、生命系は自己組織化のプロセスとして動いている——その場に身を置くと、測定されていない状態の自分に戻る感覚が生まれる。そして好奇心の発火点となる「知識の種」を、専門外の領域から意図的に仕入れること。知識がある程度あって初めて好奇心は発火するという逆説を、熱量の設計に使う。

哲学者アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドは1929年の『過程と実在』で、現実の基本単位は固定した実体ではなく「出来事(event)」と「生成(becoming)」だと論じた。創造的前進(Creative Advance)——世界は絶えず新しい出来事へと前進し続ける——という概念は、愉しいの総量が固定した資源ではなく生成のプロセスの中にあるという直感に、存在論的な根拠を与える。アンリ・ベルクソンが「持続(durée)」と呼んだ質的・連続的な時間経験もまた、量的測定に還元できない。変化しつつある状態をそのまま価値として受け取る構えへの転換——実在論から生成論へ——が、愉しいを増やす認識論的な土台になる。

「愉しいの総量を増やす」とは、資源の分配問題ではない。生成プロセスへの参与を、社会的に正当化することだ。スピノザのコナトゥスが示すように、愉しいは受け取るものではなく展開するものである。あなたの熱量は、誰かの指標に変換される前に、すでに価値である——この一文を、測定できないものを世界に戻すための最初の楔として置いておく。

DEEPER/学術的観点から
1971年、米ロチェスター大学のエドワード・デシが『Journal of Personality and Social Psychology』に発表した実験は、社会科学の常識をひとつ壊した。パズルへの内発的関心を持つ参加者に金銭報酬を導入すると、報酬撤去後の自発的取り組み時間は無報酬群より有意に減少した。外的報酬が動機を「補強」するという経済学的直感は、実験室で反転した。物理学の側からも、カルロ・ロヴェッリが提唱した関係論的量子力学が測定という行為を問い直す。量子系の状態は観測者との関係においてのみ定義され、観測されていない粒子に客観的状態は存在しない。「愉しい」を測定しようとした瞬間に別の何かへ変容するという直感を、物理学は予期せず支持している。
  • SIGNAL 01

    Deci(1971)の原著実験では、金銭報酬を導入した群は報酬撤去後の自由時間における自発的パズル取り組み時間が無報酬群より有意に短く、内発的動機の侵食が数値で確認された。(Deci, 1971, J Pers Soc Psychol 18(1): 105-115)

  • SIGNAL 02

    Ryan & Deci(2000)のSDT統合論文は、自律・有能・関係性の三要素が充足された環境では内発的動機と心理的ウェルビーイングが有意に向上することを、複数の実証研究を統合して示した。(Ryan & Deci, 2000, Am Psychol 55(1): 68-78)

  • SIGNAL 03

    Ng et al.(2012)の大規模メタ分析(健康文脈でのSDT研究184件を統合)では、自律的動機づけは統制的動機づけに比べて行動の持続性・ウェルビーイングへの効果量が一貫して大きいことが示された。(Ng et al., 2012, Perspect Psychol Sci 7(4): 325-340)

  • SIGNAL 04

    Rovelli(1996)の関係論的量子力学は、量子系の状態が観測者との関係においてのみ定義されるという解釈を提唱し、「測定に依存しない客観的実在」という近代科学の前提に物理学の内側から異議を唱えた。(Rovelli, 1996, Int J Theor Phys 35(8): 1637-1678)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Deci, E. L. (1971). "Effects of externally mediated rewards on intrinsic motivation." Journal of Personality and Social Psychology, 18(1): 105-115. DOI: 10.1037/h0030644

    外的報酬が内発的動機を侵食するアンダーマイニング効果を初めて実験的に示した原著論文。

  • Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). "Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being." American Psychologist, 55(1): 68-78. DOI: 10.1037/0003-066X.55.1.68

    自律・有能・関係性の三要素を核とする自己決定理論の統合論文。熱量を育む場の条件設計に直結する。

  • Ng, J. Y. Y., Ntoumanis, N., Thøgersen-Ntoumani, C., Deci, E. L., Ryan, R. M., Duda, J. L., & Williams, G. C. (2012). "Self-determination theory applied to health contexts: A meta-analysis." Perspectives on Psychological Science, 7(4): 325-340. DOI: 10.1177/1745691612447309

    健康文脈でのSDT研究を大規模統合し、自律的動機づけの持続的効果を実証した統合レビュー。

  • Rovelli, C. (1996). "Relational quantum mechanics." International Journal of Theoretical Physics, 35(8): 1637-1678. DOI: 10.1007/BF02302261

    量子系の状態は観測者との関係においてのみ定義されるという関係論的解釈の原著。測定が対象を変容させるという認識論的転換の物理学的根拠。

  • Whitehead, A. N. (1929). Process and Reality: An Essay in Cosmology. Macmillan.

    存在の基本単位を実体ではなく出来事と生成に置くプロセス哲学の主著。創造的前進の概念が「愉しいの生成論」の哲学的土台となる。

  • Huizinga, J. (1938). Homo Ludens: A Study of the Play-Element in Culture. Routledge.

    遊びを文化の根源と位置づける文化史の古典。目的の外部に立つプレイフルな実践が熱量を守る機能を持つことの歴史的根拠。

  • Winnicott, D. W. (1971). Playing and Reality. Tavistock Publications.

    内的現実と外的現実の間に生まれる移行空間における遊びの精神分析的考察。バイアスの境界線を揺さぶる実践の心理的基盤を提供する。

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