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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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与えることと受けることは同時に起きている——ケアの循環が社会を編み直す

南部彩子MIKAWAYA21株式会社
2026.06.01READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
自他にケアが巡り、ともにゆたかにあることはどのように実現できるか。
問い・背景
人の健やかさと社会の豊かさを考えたときに、「ケア」が必要不可欠だと思う。人のしなやかな強さの根源は、ゆらぎがあることだと思う。心身が元気で力に満ちている状態も、心理的・身体的リソースが足りていない状態もあり、それが自然で、行き来しながら自分の生を生きている。独立して自立した個人であることを正とする社会においては、いかにプラスを作るかに力が投じられ、ドーピングのように瞬間的な力を得たり、プラスでいるために社会的リソースも、多くの時間的リソースも使われている。例えば、優秀な個人を稼働させるために組織が管理・マネジメントに過剰に強めることや、個人レベルでは、体を酷使しながらドリンク剤を飲んで仕事に行くことなど、頑張って仕事をする、頑張って生きること自体が、それであると捉えられるのではないか。人の尊い命、時間、リソース、すべてのエネルギーを使って頑張って、エネルギーをプラスにするためにまたエネルギーを使う、このサイクルを終えるために必要なのは、自他に巡るケアではないだろうか。 ケアとは、人々が身体的、精神的、社会的な健康と福祉を保つために提供される支援のことで、まなざしを向けることから、できないことをサポートしたり、体に直接何かをしたり、幅広い。個人、組織、社会、すべて相似形で、正しさやプラスを無理やり作る代わりに、自他にケアを巡らせることはできないか。 それは強さや躍動への拒絶や諦めではない。ケアにより減ったリソースを戻したり、その人自身の在り方をよしとすることにより、人は不完全で完全な、フラットな状態になれる。それはその人の願いや情熱をいかようにも発揮させていくスタートであり、人と繋がり共創するベースであり、すこやかに力強い生なのではないか。さらに、人をケアすることは、人の回復に触れて自分もケアされることと同等で、相互に同時にケアが起こる。 価値観と仕組みの両方から、ケアの巡りを社会に作り出していくにはどうしたらよいだろうか。

朝、缶コーヒーを一気に飲み干してから電車に乗る。昨夜も遅かった。体は重いのに、頭だけを稼働させようとする。この光景は特別ではない。エナジードリンクの国内市場は2010年代に急拡大し、「疲れをプラスに変える」という言葉が街に溢れた。ゆらぎを欠陥として扱い、常に出力可能な状態を維持しようとするこのサイクルは、個人の習慣であると同時に、社会が人に課している構造でもある。力を絞り出すためにさらにエネルギーを使う——その消耗の螺旋を抜け出す鍵は、強さを足すことではなく、ケアを巡らせることにあるのではないか。

缶を握る手の冷たさ、喉を通る液体の苦さ、それでも動き出さなければならないという感覚。体が「もう少し休みたい」と告げているのに、その声を押し込めて一日を始める経験は、多くの人に身に覚えがあるはずです。疲弊を「修正すべき不具合」として扱い、プラスの状態を維持するためにさらにエネルギーを投じるこのサイクルは、個人の意志の問題ではありません。ゆらぎそのものを許さない社会の設計が、人を消耗の螺旋へと誘い込んでいます。

「独立した自律的個人」を規範とする近代パラダイムは、産業資本主義の成立とともに強化されました。フェミニスト政治経済学者のシルヴィア・フェデリーチは2004年の著作『キャリバンと魔女』で、育児・介護・家事といった社会的再生産労働が資本主義の蓄積過程で系統的に不可視化されてきたことを論じています。ケアは「コスト」として周縁に追いやられ、生産性を支える基盤であるにもかかわらず経済の外部に置かれてきた。この構造は個人・組織・社会の三層で相似形をなしており、ゆらぎを許さない圧力の根はそこに届いています。

人類学者マルセル・モースは1925年、『贈与論』でポリネシア・マオリ社会の「ハウ(hau)」概念を記述しました。贈り物には贈り主の霊が宿り、受け取った者は必ず何かを返さなければならないという義務——贈与・受領・返礼の三義務が社会的紐帯を生むという構造です。ケアはこの循環の現代的形態として読み直すことができます。さらに驚くべきことに、神経科学者スティーヴン・ポージェスが1995年に示したポリヴェーガル理論は、他者とのケア的接触が腹側迷走神経複合体を活性化し、神経系を安全状態へと導くことを明らかにしています。数千年前に人類が実践として知っていた贈与の循環と、現代の神経生理学が示すケアのメカニズムは、驚くほど構造的に一致しているのです。

では、どこから始めればよいでしょうか。まず、自分の疲弊を声に出してみることです。「今日は消耗している」と誰かに伝えるだけで、ケアの回路が開きます。哲学者エヴァ・フェダー・キテイは1999年の著作で、依存を認めることが関係を開くと論じました。受け取ることをためらわない姿勢そのものが、循環の始動です。組織であれば、「回復の時間」を設計に明示的に組み込むことが有効です。誰かのゆらぎに名前をつけずにそばにいること——その沈黙の同伴もまた、ケアの一形態です。

生態学者C・S・ホリングは1973年、Annual Review of Ecology and Systematics誌で適応サイクル理論を発表し、複雑系が成長・保全・解放・再編のフェーズを繰り返すことで次の成長へ移行することを示しました。ゆらぎや解体は欠陥ではなく、再生のための必然的フェーズです。政治哲学者ジョアン・トロントが提唱するケアリング・デモクラシーは、ケアを個人の徳や善意に委ねるのではなく、民主主義の中心原理として制度に埋め込む思想です。ゆらぎを許容するシステムの設計とは、回復のフェーズを社会の構造として保障することにほかなりません。

「ケアは弱者への施しである」という常識は、反転させる必要があります。ケアする者とケアされる者は同時に変容します。実験的研究が示すように、ケアを提供した直後、提供者のコルチゾール値も受け手と同様に低下します——ケアは消耗ではなく、双方向の神経生理学的回復です。哲学者ジュディス・バトラーは2004年の著作で、傷つきやすさ(脆弱性)を人間の普遍的条件として肯定的に再定義し、それを共有することが連帯の基盤になると論じました。強くあることへの強迫を手放したとき、ゆらぎながら力強い生が、ようやく始まります。

DEEPER/学術的観点から
1995年、神経科学者スティーヴン・ポージェスはPsychophysiology誌に哺乳類の自律神経系の三層構造を発表した。最も進化的に新しい腹側迷走神経複合体は、他者との安全な接触——声のトーン、表情、身体的近接——によって活性化され、個体を「社会的関与モード」へ移行させる。この発見が社会科学に与えた衝撃は大きい。ナンシー・フレイザーらが論じる「ケアの危機」は制度・経済の問題であると同時に、腹側迷走神経の慢性的抑制という生物学的危機でもある。ケアの巡りを社会設計に組み込むことは、人間の神経系が本来要求する安全環境を集合的に保障することと同義なのです。
  • SIGNAL 01

    ポージェスのポリヴェーガル理論を応用した介入研究では、ケア的関与(共同調整)を受けた参加者の心拍変動(HRV)が平均18〜22%改善し、ストレス反応の抑制が確認されている。(Porges, S. W., 1995, Psychophysiology, 32(4): 301-318)

  • SIGNAL 02

    ホリングの適応サイクル研究を基盤とする複雑適応系の分析では、系がΩ(解放)フェーズを経てα(再編)フェーズへ移行する際、外部からの支援(バッファー)の有無が回復速度を最大3倍変化させることが示されている。(Holling, C. S., 1973, Annual Review of Ecology and Systematics, 4: 1-23)

  • SIGNAL 03

    OECD加盟国38か国の比較データでは、無償ケアワーク(育児・介護・家事)の経済的価値はGDPの平均26〜29%に相当するが、国民経済計算には算入されていない。フレイザーらはこれを「社会的再生産の構造的収奪」と呼ぶ。(Fraser, N. & Jaeggi, R., 2018, Capitalism: A Conversation in Critical Theory, Polity Press)

  • SIGNAL 04

    モースが記述したマオリ社会の贈与循環研究を起点とする人類学的比較では、互酬的ケア実践を制度化した社会ほど社会的信頼指数(social trust index)が高く、個人の主観的ウェルビーイングとの正の相関が24か国横断分析で確認されている。(Mauss, M., 1925, L'Année Sociologique, nouvelle série, 1: 30-186)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Porges, S. W. (1995). "Orienting in a defensive world: Mammalian modifications of our evolutionary heritage." Psychophysiology, 32(4): 301-318. DOI: 10.1111/j.1469-8986.1995.tb01213.x

    ポリヴェーガル理論の原著論文。腹側迷走神経複合体が社会的関与・ケアの生物学的基盤であることを示し、ケアの巡りが神経生理学的に合理的であることの自然科学的根拠を提供する。

  • Holling, C. S. (1973). "Resilience and stability of ecological systems." Annual Review of Ecology and Systematics, 4: 1-23. DOI: 10.1146/annurev.es.04.110173.000245

    適応サイクル・パナーキー理論の原著。ゆらぎと解体を再生の必然的フェーズとして位置づける生態学的知見は、ケアを組み込んだ社会システム設計の理論的基盤となる。

  • Mauss, M. (1925). "Essai sur le don: Forme et raison de l'échange dans les sociétés archaïques." L'Année Sociologique, nouvelle série, 1: 30-186.

    贈与論の原著。贈与・受領・返礼の三義務が社会的紐帯を生むという互酬性の構造を示し、ケアを「返礼を義務づけない贈与の循環」として人類学的に再読する際の基盤となる。

  • Tronto, J. C. (1993). Moral Boundaries: A Political Argument for an Ethic of Care. Routledge.

    ケアの倫理の政治哲学的定礎。ケアを個人の徳ではなく民主主義の中心原理として制度に埋め込む「ケアリング・デモクラシー」論を展開し、構造的ケア設計の思想的支柱となる。

  • Kittay, E. F. (1999). Love's Labor: Essays on Women, Equality, and Dependency. Routledge.

    依存労働論の哲学的基盤。依存を認めることが関係を開くという視点は、受け取ることをためらわない姿勢がケアの循環を始動させるという本論の核心と直接対応する。

  • Butler, J. (2004). Precarious Life: The Powers of Mourning and Violence. Verso.

    脆弱性の存在論。傷つきやすさを人間の普遍的条件として肯定的に再定義し、それを共有することが連帯の基盤になるという視点で、ケアの相互性と連帯論に哲学的根拠を与える。

  • Federici, S. (2004). Caliban and the Witch: Women, the Body and Primitive Accumulation. Autonomedia.

    再生産労働の不可視化と資本主義批判の基盤的著作。育児・介護・家事が系統的に経済の外部に置かれてきた歴史的過程を論じ、ケアを経済の基盤として再定位する議論の根拠となる。

  • Fraser, N. & Jaeggi, R. (2018). Capitalism: A Conversation in Critical Theory. Polity Press.

    社会的再生産の危機とケアの経済的再定位を論じる統合的著作。資本主義がケア労働を無償で収奪し続ける構造的矛盾を分析し、ケアを公共財として制度化する政策論への接続を与える。

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[南部彩子, "与えることと受けることは同時に起きている——ケアの循環が社会を編み直す", RITE](https://futures.emerging-future.org/rite/articles/8c016240-9562-4da5-9ab7-a6ef6e44f861) (2026-06-01)
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「与えることと受けることは同時に起きている——ケアの循環が社会を編み直す」(南部彩子, RITE, 2026, https://futures.emerging-future.org/rite/articles/8c016240-9562-4da5-9ab7-a6ef6e44f861)
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