衣料品のタグをめくる瞬間がある。「MADE IN CHINA」「MADE IN BANGLADESH」——その文字を見て、わずかに手が止まることはないだろうか。それが誇りなのか、郷愁なのか、あるいは根拠のない先入観なのか、自分でもよくわからないまま、タグを折り返してしまう。国内アパレルの日本製比率は1.4%まで低下した。残り98.6%は海外で縫われ、染められ、仕上げられている。この数字は経済合理性の勝利として読める。しかし、その微かな感情の正体を問わずに済ませてよいのか。「どこで作られたか」という問いは、実は「誰がどのように生きているか」という問いと地続きである。
衣料品の産地を気にする感覚は、どこから来るのか。それを「ナショナリズム」や「内集団バイアス」と片づけるのは簡単だ。しかし、その感情には別の根がある。文化人類学者イゴール・コピトフは1986年、モノには「伝記(biography of things)」があると論じた。モノは製造・流通・消費を経るなかで意味を変容させ、来歴(プロヴェナンス)の透明性こそがその価値の核をなすと指摘した。タグをめくる瞬間に走る感覚は、モノの来歴への本能的な問いかけであり、それ自体は認知的偏見ではなく、意味の探索行為である。
「日本製」というラベルは、歴史的に固定された実体ではない。明治期の日本製品は模倣・粗悪品の代名詞だった。戦後の品質革命を経て1980年代に「メイド・イン・ジャパン」は世界的ブランドへと反転し、現在はクラフト・プレミアム化という第三の局面に入っている。2015年に整備が進んだGI(地理的表示)制度は、産地と品質・評判を結びつける知的財産として「場所性」を制度化した。つまり「日本製」とは政治・経済・文化の交差点で繰り返し再構築されてきた歴史的構築物であり、その実体は時代ごとに異なる。
人類学者ティム・インゴルドは2000年の著作『The Perception of the Environment』で「居住的視点(dwelling perspective)」を提唱した。人間は環境の中に住まうことで技術と知覚を形成するのであり、技術は道具の集積ではなく、場所・身体・実践が一体となった知識体系だという。民族植物学者ゲーリー・ポール・ナバンが記録したのも同じ構造だ。北米先住民の農業技術が市場経済に接触したとき、技術だけが切り離され、生態的・社会的文脈は消えた。「日本製」のラベルが残っても、土地・素材・職人の関係性が失われれば、アイデンティティの実質は空洞化する。
経済学はこの喪失を「比較優位」として正当化する。リカードの理論は正しい——少なくとも価格の文脈では。しかし経済学者ポール・クルーグマンが1991年に示した産業集積論は別の像を描く。特定地域への産業集中が生む知識・技術・社会関係の外部経済は、一度解体されると再構築が極めて困難だ。ダニ・ロドリックの「グローバリゼーションのトリレンマ」はさらに踏み込む。超グローバリゼーションは民主的な産業政策の余地を奪い、「安さ」の選択が実は政策的選択の帰結であることを隠蔽する。安い服を選ぶとき、私たちは何を手放しているか——その問いを一度、試算してみてほしい。
経済学者カール・ポランニーは1944年に「二重運動(double movement)」を論じた。市場の拡大には、社会的自己防衛の反動が必ず伴う。「日本製」へのこだわりは、単なるナショナリズムではなく、この二重運動の現代的表れとして読むことができる。さらに生物学者E・O・ウィルソンが示した「種面積関係」——生息地が90%失われると種の半数が消滅する——を産業多様性に適用すれば、国内生産が98.6%失われた現状は、関連技術・職人ネットワークの半数以上がすでに消滅臨界を超えていることを示唆する。これは感傷ではなく、選択肢の不可逆的消失という構造的事実だ。
「日本製であること」は、アイデンティティの答えではなく、問いの入口である。産地ラベルへの感情は、モノと人と場所の関係性をどう再構築するかという問いを照射する。どこで作られたかを問う行為は、誰がどのように生きているかを問う行為と地続きであり、消費の選択は社会の設計への参加である。その問いを封じることは、自分たちが何者であるかを問う回路を自ら閉じることだ。