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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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RITE ESSAY/メンバーの記事

どこで働くかが、何者であるかを形づくっていた

山川知則SUPERPOSITION STUDIO株式会社
2026.05.22READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
これからの働く場のあり方
問い・背景
コワーキング、シェアオフィス、ワーケーション施設、自宅、オフィス、多様な働く場を選べるような時代になったが、AIが普及した今後の社会においてどのような働く場のあり方がありえるのか

朝、ノートPCを抱えてカフェに入る。窓際の席か、奥まったソファか、カウンターか——選ぶのはほんの数秒だが、その瞬間に今日の自分の輪郭が決まる感覚がある。静かな角席を選べば思索モードに入り、雑踏の見える窓際に座れば企画の言葉が浮かびやすい。場所を選ぶ行為はもはや「仕事の前の準備」ではなく、仕事そのものの一部になっている。AIが仕事の中身を肩代わりし始めた時代に、この身体感覚はむしろ鮮明さを増している。どこで働くかという問いは、何を生み出すかという問いと、今や切り離せない。

朝のカフェで席を選ぶ数秒間、人は無意識のうちに自分の認知状態を設定している。騒音レベル、光の質、他者との距離感——これらの環境変数が、集中の深さや思考の方向性を物理的に変える。米イリノイ大学のラヴィ・メータらが2012年に発表した研究(Journal of Consumer Research, 39(4))では、適度な環境騒音(約70デシベル)が抽象的思考と創造的発想を有意に高めることが示された。場所を選ぶ行為は、自分の認知を「チューニング」する行為であり、その主体性こそが現代の知識労働の核心に宿っている。

産業革命期の工場は、労働者の身体を機械のリズムに同期させるために設計された空間だった。20世紀初頭、フレデリック・テイラーの科学的管理法はそのロジックをオフィスへと持ち込み、監視可能で効率最大化された机の配列を生んだ。1990年代以降に普及したオープンプランオフィスは「コラボレーション促進」という旗印を掲げたが、実態は別だった。ハーバード・ビジネス・スクールのイーサン・バーンスタインとスティーブン・ターバンが2018年に示した通り、物理的な開放性は対面コミュニケーションを70%も減少させ、人々をヘッドフォンとチャットツールの背後へと退かせた。空間の設計は常に権力と生産性イデオロギーを内包してきた。

建築家・槇文彦は1980年の著作『見えがくれする都市』(鹿島出版会)で、日本の都市空間に宿る「奥の思想」を論じた。路地が折れ曲がり、視線が遮られ、次の空間が暗示されながらも見えない——その曖昧な中間領域こそが、偶発的な出会いと創造的緊張を生む構造だと槇は指摘した。哲学者・木村敏は1988年の『あいだ』(弘文堂)で、人間存在は固定した実体ではなく「あいだ」という関係性の動的プロセスとして成立すると論じた。この二つの視点を重ねると、働く場所とは人を収容する容器ではなく、人と人・人と環境が「あいだ」を生成する装置だということが見えてくる。AIが均質なデジタル空間を遍在させるほど、この固有の「あいだ」の希少価値は高まる。

今日から試せる小さな実験がある。同じ仕事を、三つの異なる場所——自宅の机、カフェ、近くの公園や水辺——でそれぞれ45分ずつ行い、生まれたアイデアの種類と感情の質をメモしてみてほしい。重要なのは生産量ではなく、思考の「手触り」の違いを観察することだ。スタンフォード大学のグレゴリー・ブラットマンらが2015年にPNASで報告した研究では、自然環境での90分の歩行が反芻思考に関わる脳の膝前部帯状皮質の神経活動を有意に低下させることが神経画像で確認された。場所の選択を「消費」から「設計」へと転換するこの実験は、働く主体性を取り戻す最初の一歩になる。

AIが文書を書き、コードを組み、データを分析する時代に、「仕事の内容」は急速に代替可能な領域へと移行している。しかしそのぶん、「仕事をする場の質」——誰と、どんな空気の中で、どんな偶発性に開かれた状態で考えるか——が人間的経験の核心として浮上する。木村敏の「あいだ」の哲学で言えば、AIは仕事の「内容」を処理できても、人と場所と時間が生む「あいだ」の質を代替することはできない。働く場は生産性の器から、アイデンティティと共同体と偶発的出会いを生む「場の哲学」の実践場へと意味を変えている。これは労働の喪失ではなく、人間固有の次元への深化だ。

あなたが今いる場所は、あなたが選んだのか。それとも、場所があなたを選んだのか。AIが「何を」するかを決める時代に、人間が「どこで・誰と・どんな空気の中で」を選ぶ主体性こそが、労働の人間的意味の最後の核心になる。場所を選ぶ行為は、何者であるかを選ぶ行為と、もはや同じことだ。

DEEPER/学術的観点から
2018年、ハーバード・ビジネス・スクールのバーンスタインとターバンはPhilosophical Transactions of the Royal Society Bに実証研究を発表し、オープンプランオフィスへの移行が対面インタラクションを約70%減少させ、電子メットとチャットへの依存を増大させることを示した。「開放性が孤立を生む」というこの逆説は、建築家・槇文彦が「奥の思想」で論じた構造と鏡像をなす。槇は、視線が遮られ次の空間が暗示される「曖昧な中間領域」こそが偶発的接触を誘発すると主張した。神経科学の知見(Bratman et al., PNAS, 2015)が示すように、場所の物理的構造は脳の状態を直接変える。社会科学・建築論・神経科学が一致して指し示すのは、「開かれているように見える空間」が必ずしも人間的交流を生まないという事実であり、その問いは今も更新され続けている。
  • SIGNAL 01

    オープンプランオフィスへの移行後、対面コミュニケーションは約70%減少し、電子メール・チャット使用量が増大した。物理的開放性が社会的孤立を生むという逆説。(Bernstein & Turban, 2018, Phil Trans R Soc B, 373(1753): 20170239)

  • SIGNAL 02

    自然環境での90分の歩行が、反芻思考に関わる膝前部帯状皮質(sgACC)の神経活動を有意に低下させることが神経画像研究で確認された。「自然の中で働く」は気分転換ではなく脳の構造的変化を伴う。(Bratman et al., 2015, PNAS, 112(28): 8567–8572)

  • SIGNAL 03

    カフェ程度の環境騒音(約70デシベル)が、静寂(約50デシベル)と比較して抽象的思考スコアと創造的発想の指標を有意に高めた。適度な雑音が創造性を促進するという反直感的知見。(Mehta et al., 2012, Journal of Consumer Research, 39(4): 784–799)

  • SIGNAL 04

    米国のコワーキングスペース数は2010年の約600か所から2022年には約26,000か所超へと約43倍に増加。働く場の多様化は利便性ではなく「自律的主体としての労働者」という新しい主体性の表明として拡大した。(Global Coworking Growth Study, Deskmag, 2022)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Bernstein, E. S. & Turban, S. (2018). "The impact of the 'open' workspace on human collaboration." Philosophical Transactions of the Royal Society B, 373(1753): 20170239. DOI: 10.1098/rstb.2017.0239

    オープンプランオフィスが対面コミュニケーションを約70%減少させることを実証した、働く場の設計論における最重要原著論文。

  • Bratman, G. N., Hamilton, J. P., Hahn, K. S., Daily, G. C., & Gross, J. J. (2015). "Nature experience reduces rumination and subgenual prefrontal cortex activation." PNAS, 112(28): 8567–8572. DOI: 10.1073/pnas.1510459112

    自然環境での歩行が反芻思考に関わる脳領域の活動を低下させることを神経画像で示し、ワーケーションや自然環境での就労の神経科学的根拠を提供する。

  • Mehta, R., Zhu, R., & Cheema, A. (2012). "Is noise always bad? Exploring the effects of ambient noise on creative cognition." Journal of Consumer Research, 39(4): 784–799. DOI: 10.1086/665048

    適度な環境騒音が抽象的思考と創造的発想を高めることを実証し、カフェ等の「ざわめき」が持つ認知的機能を科学的に裏付ける。

  • 槇文彦・若月幸敏(1980)『見えがくれする都市——江戸から東京へ』鹿島出版会

    日本の都市空間に宿る「奥の思想」を論じた建築論の古典。曖昧な中間領域が偶発的出会いと創造的緊張を生む構造を示し、AIが遍在する時代の「場所の固有性」論の日本的基盤となる。

  • 木村敏(1988)『あいだ——人間存在の構造』弘文堂

    人間存在を固定した実体ではなく「あいだ」という関係性の動的プロセスとして捉える哲学的体系。働く場を人と環境の「あいだ」の生成装置として論じる本稿の哲学的核。

  • Wilson, E. O. (1984). Biophilia. Harvard University Press.

    人間が自然環境に本能的な親和性を持つという「バイオフィリア仮説」の原典。自然環境での就労・ワーケーションの人間的意義を進化論的に基礎づける古典。

  • Dourish, P. (2001). Where the Action Is: The Foundations of Embodied Interaction. MIT Press.

    身体化された認知(Embodied Cognition)とデジタル空間設計の接続を論じた統合著作。AIが遍在するデジタル環境においても物理的場所の身体的経験が不可欠である理由を示す。

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[山川知則, "どこで働くかが、何者であるかを形づくっていた", RITE](https://futures.emerging-future.org/rite/articles/2922cada-92db-4eda-ad79-16f1c156f8bf) (2026-05-22)
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「どこで働くかが、何者であるかを形づくっていた」(山川知則, RITE, 2026, https://futures.emerging-future.org/rite/articles/2922cada-92db-4eda-ad79-16f1c156f8bf)
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