社会人になって数年が経った頃、上司との1on1で「あなたが仕事を通じて実現したい夢は何ですか」と問われた。胸の奥が、かすかに締まった。夢、という言葉が宙に浮いたまま、うまく答えられなかった。その夜、自分には夢がないのかもしれないと思い、なぜか恥ずかしさが残った。この感覚は、多くの人が経験するものではないだろうか。面接で、研修で、キャリア面談で——「夢」を問われるたびに生まれる息苦しさの正体は何なのか。そしてその重圧は、いつ、どこから来たのか。問いを立て直すところから、この記事は始まります。
「あなたの夢は何ですか」という問いは、いつから当たり前になったのだろう。就職活動の面接で、入社後の研修で、あるいは自己啓発書の冒頭で、この問いは繰り返される。答えられない人間は、何かが欠けているかのように感じさせられる。だが立ち止まって考えれば、この問い自体がある特定の時代と場所で生まれた、きわめて新しい発明であることに気づく。夢を持つことが義務になったのは、人類の長い歴史のなかでは、ほんの一瞬のことにすぎない。
人類学者デヴィッド・グレーバーは2018年の著作『ブルシット・ジョブ』のなかで、多くの人が自分の仕事を無意味と感じながらも社会的圧力によってその感覚を隠蔽していると民族誌的に記述した。さらに遡れば、文化人類学者マーシャル・サーリンズが1972年の『石器時代の経済学』で示した事実がある。狩猟採集民の平均労働時間は1日3〜5時間であり、サーリンズはこれを「最初の豊かな社会」と呼んだ。夢や目標なしに十分な充足を得て生きることが人類の標準であり、無限の自己実現の追求こそが農耕・産業革命以降の例外的発明だった。「天職」「ライフワーク」という語彙は、近代産業社会と自己啓発産業が共同で作り上げた規範にすぎない。
目の前の作業に深く没入しているとき、夢は必要ない。心理学者ミハイ・チクセントミハイが1990年に体系化したフロー理論は、課題の難しさと自分の技能が均衡する地点で、人が時間の感覚を失うほどの充足を経験することを示した。さらに認知神経科学者ジョナサン・スモールウッドとジョナサン・スクーラーが2015年の Annual Review of Psychology に発表した研究は、目標志向的な思考を手放した状態でデフォルトモードネットワーク(脳の自発的活動回路)が活性化し、意味の統合と自己一貫性が促されることを明らかにした。遠い夢を追いかけ続ける緊張状態ではなく、今ここの作業密度と関与の質こそが、働く喜びの神経生理学的な源泉になりうる。
では、夢なしに充足を生む働き方は、具体的にどう始めるのか。組織行動学者エイミー・ウルゼスニエフスキーとジェーン・ダットンが2001年に提唱したジョブクラフティング——職務の自己再設計——という概念が手がかりになる。仕事の境界(担当範囲の微調整)、関係(誰とどう関わるかの選択)、認知(仕事の意味の捉え直し)という三つの軸で、与えられた職務を自分の手でわずかに変える。明日から試せる最小の行動として、今日の仕事のなかで「自分が決めた小さな変更」を一つ加えてみてほしい。夢という遠い目標ではなく、今日の仕事の質感を自分で動かすことが、充足への入口になる。
「夢がない自分は少数派だ」という感覚は、実は錯覚かもしれない。心理学者ブライアン・ディクとライアン・ダフィーが2009年に発表した実証研究によれば、仕事に「天職(calling)」を感じている成人は全体の約25〜35%にすぎない。多数派は天職なしに働いている。それでも社会的言説は天職保有者を規範として提示し続ける——この逆転が、夢のなさを恥に変える。哲学者ハイデガーの「被投性(Geworfenheit)」は、人間がみずから選ばずに特定の状況へ投げ込まれた存在であることを示す。選ばずに就いた仕事を今ここで生きること——それは欠如ではなく、実存的な応答の一形式である。
「あなたの夢は何ですか」という問いが近代の発明であるなら、私たちは今、別の問いを立て直す場所にいる。夢がないことは欠如ではなく、脱目的的行為——結果より過程に価値を置く働き方——への入口だ。義務としての夢を手放した先に何が現れるかは、まだ誰も十分に記述していない。その空白を、自分の働き方で埋めていく人が、すでに始まっている。