北海道物産展が始まる季節になると、母はいつも少し早起きをした。開店前から並ぶわけではないが、その日の朝には何か特別な空気が漂っていた。鹿児島・山形屋の催事フロアで、母は毎年同じ六花亭のバターサンドを手に取り、同じ顔で微笑んだ。その光景は、私にとって秋の訪れを告げる確かな指標だった。大阪に出て、東京に移り、ソウルで暮らすうちに、その記憶は薄れるどころか輪郭を増した。山形屋が経営危機にあると知ったとき、胸がざわついたのは、商業施設への郷愁ではなかった。あの場所が消えれば、母の秋も、私の秋も、鹿児島市民が共有してきた時間の刻み方そのものが、跡形もなく消えてしまう——そんな予感だった。
北海道物産展の会場に足を踏み入れると、人は不思議な感覚に包まれる。見知らぬ他人と肩を並べ、同じ匂いを嗅ぎ、同じ試食を口に運ぶ。その瞬間、個人の記憶と見知らぬ誰かの記憶が、ひとつの場所で交差する。フランスの社会学者モーリス・アルヴァックスは1950年に、記憶は個人の脳内に閉じるのではなく、家族・集団・場所という社会的枠組みの中で再構成されると論じた。百貨店の催事フロアは、まさにその「社会的枠組み」として機能してきた。母の北海道物産展体験は個人的な思い出でありながら、同じ場所・同じ季節を共有する無数の市民の記憶と重なり合う「集合的記憶の結節点」なのである。
百貨店という業態が都市に根を張った歴史は、想像以上に深い。19世紀パリのボン・マルシェに始まる百貨店の設計思想は、単なる商品陳列ではなく、市民が季節の移ろいを体で感じる「時間の建築」を目指していた。お中元、歳末セール、春の催事——これらは商業イベントである以前に、共同体が一年を刻む社会的装置だった。人類学者ヴィクター・ターナーが論じた「閾の空間(liminal space)」、つまり日常と非日常のあいだに立つ儀礼的空間として、百貨店は機能してきた。人々は買い物という行為を通じて、知らず知らずのうちに季節の通過儀礼を執り行ってきたのである。
場所が人の心理に与える影響は、感傷的な話ではない。人文地理学者イーフー・トゥアンが提唱した「トポフィリア(topophilia)」——場所への情緒的愛着——は、特定の場所が自己アイデンティティの外部記憶装置として機能することを示す。故郷を離れた者にとって「帰ればまだある」という確信は、自己の連続性を保証する錨だ。環境人文学者グレン・アルブレヒトが命名した「ソルスタルジア(solastalgia)」は、慣れ親しんだ場所が変容・消滅することで生じる心理的苦痛を指す。山形屋の存続危機が引き起こすざわつきは、この概念で初めて正確に記述できる——まだ失われていないのに既に痛む、前傷のような感覚として。
では、百貨店の価値をどう測ればよいのか。環境経済学には「存在価値(existence value)」という概念がある。実際に利用しなくても「そこにある」ことに人が見出す価値であり、アマゾン川の熱帯雨林や絶滅危惧種の保護に適用されてきた。山形屋への愛着は、訪問頻度や機能的代替可能性とは独立して成立している。年に一度も足を運ばない市民でも、「なくなってほしくない」と感じるなら、それは存在価値の発動である。この価値は市場メカニズムでは捕捉されず、来客数や売上高という指標には現れない。百貨店を経済的採算だけで評価する視点は、森の価値を木材価格だけで測るのと同じ誤りを犯している。
生態学には「キーストーン種(keystone species)」という概念がある。生態系内での存在量は少なくとも、その消滅が生態系全体の構造を崩壊させる種のことだ。ヒトデを除去した岩礁で、イガイが爆発的に増殖し、多様な生物が消えた——ロバート・ペインが1969年に示したこの実験は、都市文化にも鮮やかに転用できる。百貨店は都市の文化生態系におけるキーストーン種である。その消滅は、周辺の小売店・飲食店・文化施設の連鎖的衰退を引き起こすだけでなく、地域が季節を刻み記憶を積み重ねる仕組みそのものを解体する。GDPには現れないが、街の「種の多様性」が静かに失われていく。
百貨店が消えても、商品は別の場所で買える。だが、母が北海道物産展へ向かう秋の朝の空気は、どこにも移植できない。集合的記憶の結節点が失われるとき、人々は個別にその記憶を抱えたまま、共有の場を失う。記憶は個人の内側に残るが、それを確認し合い、更新し続ける場所が消える。そのとき街は、時間を刻む能力を静かに失う。問うべきは「百貨店を救えるか」ではなく、「街の時間をどこで刻み直すか」である。