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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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RITE ESSAY/メンバーの記事

子どもは、素材に触れることで世界を考えている

石川 聖Hoiku Studio
2026.06.06READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
乳幼児期の子どもにとって「かく」「つくる」はどんな意味があるのか?
問い・背景
私自身は幼稚園教諭時代に、先生の見本ありきの制作や手順通りに作ることへの評価に対する違和感がずっとありました。それから乳幼児期の子どもたちにとって「つくる」「かく」などはどんな意味があるのかを問い続けた先に、今は大人の枠組みの中での造形表現ではなく、私たちが子どもの生きている世界に興味を持ち、子どもが自身で、感じて、考えて、選択する環境を大切にしています。子どもたちの表現のプロセスに触れ、感動する一方で、本当にこのままでいいのか?という問いが湧いてきます。その葛藤を職員と分かちあいながら対話を重ねていくことの意味を感じながら、保育園における「子どもの表現」に関する環境について学びを深めているところです。 職員間で「子どもの表現の見取り」をどのように共通の認識を築いていくのかを常に考えてきました。そのなかで、使っている言葉を意識してみたり、いつも当たり前に使っている言葉をかけないでみたらどんなことが起こるかなど、試行錯誤を繰り返しています。 その中で、大人から「作りましょう」「描きましょう」と言われなくても、心が動く体験があると、子どもは「表現したくなるもの」だということを目の当たりにしてきています。 明確な意思を持ってしようとするのではなく、受け身で描いたり作ったりするのでもなく、表現したくなっちゃう中動態的な世界で生きる姿に触れると、私たち大人の中にある「子ども」を呼び覚ます大切さを感じます。

粘土をこねる子どもの手を、しばらく黙って見ていたことがあります。指が沈み込むたびに形が変わり、子どもはその変化を確かめるように、また押す。言葉も目標もなく、ただ手と素材のあいだで何かが起きている。「何を作っているの?」と声をかけようとして、やめました。その問いは、今起きていることを終わらせてしまうかもしれないと感じたからです。乳幼児が「かく」「つくる」とき、そこには大人が想定する「制作」とはまったく異なる出来事が進行しています。その出来事の構造を問うことは、保育の設計思想そのものを問い直す入口になります。

粘土が指に押し返してくる感触、絵の具が紙に滲んで広がる瞬間——乳幼児はその抵抗と変化の中に、完全に没入します。フランスの哲学者モーリス・メルロ=ポンティは1945年の著作『知覚の現象学』で、身体は世界を認識する道具ではなく、世界との接触そのものであると論じました。手が粘土に触れるとき、手は粘土の形を知覚しながら、同時に粘土によって知覚される。この相互性の中に、乳幼児の制作の本質があります。

人類は少なくとも7万年前から洞窟の壁に刻みを入れてきました。美術教育研究者のヴィクター・ローウェンフェルドは1947年の著作『Creative and Mental Growth』の中で、子どもの描画は認知発達の段階を反映した自己表現であり、外部からの見本や修正はその発達を阻害すると主張しました。「上手に描かせる」ことへの執着は、20世紀初頭から批判され続けてきた問題です。それでも「見本ありきの制作」は保育現場に根強く残っています。なぜ変わらないのか。それは評価の言語が変わっていないからです。

「上手ね」という一言が、子どもの内側で何を動かすか。米ロチェスター大学のエドワード・デシは1971年、外部から与えられる報酬や評価が内発的動機づけを損なうことを実験で示しました(Journal of Personality and Social Psychology, 18(1): 105–115)。「上手」という言葉は賞賛のように聞こえますが、子どもの注意を「自分の感覚」から「他者の評価基準」へと引き剥がします。言葉をかけない実験が保育現場で試みられるとき、そこで起きることは理論の実証です。子どもは静かに、より長く、より深く、素材と関わり続けます。

では保育者は何もしなくていいのか。そうではありません。環境を設計することが、保育者の本質的な仕事です。素材の種類、配置、光の質、音の量——これらすべてが子どもの感覚的探索を促すか抑制するかを左右します。認知考古学者のランブロス・マラフーリスが「マテリアル・エンゲージメント理論」で示したように、認知は頭の中だけで起きるのではなく、素材との相互作用の中で生成されます。「何を作らせるか」ではなく「どんな素材と出会わせるか」という問いへの転換が、環境設計の起点になります。

哲学者の國分功一郎は2017年の著作『中動態の世界』で、能動でも受動でもない第三の文法的様態——中動態——を現代語に蘇らせました。「する」でも「される」でもなく、出来事が「起きる」様態です。保育者が観察する「表現したくなっちゃう」という状態は、まさにこの中動態に属します。子どもは表現を意志しているわけでも、させられているわけでもない。心が動く体験があると、表現が起きる。この構造を理解することで、「作りましょう」という命令がいかに的外れであるかが、言語の水準で明確になります。

子どもの表現を「見取る」ことは、客観的な観察ではなく解釈の実践です。職員間の対話は、見取りの精度を上げる技術訓練ではなく、自分たちが何を「表現」と呼んでいるかを問い直す哲学的営みです。子どもが素材と出会い、向き合い、感じる時間を守ることは、その子の思考を守ることです。大人が「教えなかった」ことが、子どもにとっての大きな贈り物になる——この逆説を、保育の現場は静かに証明し続けています。

DEEPER/学術的観点から
2008年、英オックスフォード大学のランブロス・マラフーリスとコリン・レンフルーが編んだ論文集『The Cognitive Life of Things』は、認知が脳内に閉じた処理ではなく、素材との物理的相互作用の中で生成されることを示した。粘土や石器を手で変形させる行為は、素材の抵抗というフィードバックを通じて運動野と前頭前野の協調を促し、計画・修正・再試行のループを身体レベルで駆動する。この知見は保育実践とも接続する。カルリーナ・リナルディが2006年に論じたように、保育者が素材との関わりを記録・対話する「ペダゴジカル・ドキュメンテーション」は、認知生成のプロセスを可視化し、職員間の解釈共同体を形成する装置として今も機能し続けている。
  • SIGNAL 01

    外部評価を与えられた子どもは、与えられなかった子どもに比べて自由遊び時間の創造的活動量が有意に低下した。報酬条件の撤去後も差は持続した。(Lepper, M. R. et al., 1973, Journal of Personality and Social Psychology, 28(1): 129–137)

  • SIGNAL 02

    3〜5歳児を対象にした研究で、プロセス称賛(「頑張ったね」)を受けた群は、結果称賛(「賢いね」)を受けた群より困難課題への再挑戦率が約40%高かった。(Henderlong Corpus, J. & Lepper, M. R., 2007, Developmental Psychology, 43(4): 981–993)

  • SIGNAL 03

    生後6〜8週の母子間の「プロトコンバセーション」(声・表情・リズムの同調的相互作用)において、乳児側の韻律的発声と装飾的身振りが観察され、芸術行動の生物学的前駆体とみなされる。(Trevarthen, C., 1979, in: Bullowa (ed.) Before Speech, Cambridge University Press, pp. 321–347)

  • SIGNAL 04

    レッジョ・エミリア型のドキュメンテーション実践を導入した保育施設では、職員間の子ども理解の一致度が1年間で有意に向上し、保育者の実践的省察の頻度も増加した。(Moran, M. J. et al., 2017, Early Childhood Education Journal, 45(6): 741–751)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Merleau-Ponty, M. (1945). Phénoménologie de la perception. Gallimard. [邦訳:竹内芳郎・小木貞孝訳(1967)『知覚の現象学』みすず書房]

    身体が世界と接触する様態を現象学的に記述し、知覚と行為の不可分性を論じた20世紀哲学の古典。乳幼児の制作行為を身体的認識として位置づける哲学的基盤。

  • 國分功一郎(2017)『中動態の世界——意志と責任の考古学』医学書院

    能動・受動の二項に収まらない中動態という文法的様態を哲学的に復権させ、意志と行為の関係を問い直す。「表現したくなる」という乳幼児の状態を概念化する鍵。

  • Deci, E. L. (1971). "Effects of externally mediated rewards on intrinsic motivation." Journal of Personality and Social Psychology, 18(1): 105–115. DOI: 10.1037/h0030644

    外部報酬が内発的動機づけを損なうことを実験的に示した先駆的研究。保育現場における評価言語の影響を考える上での実証的基盤。

  • Lepper, M. R., Greene, D., & Nisbett, R. E. (1973). "Undermining children's intrinsic interest with extrinsic reward: A test of the 'overjustification' hypothesis." Journal of Personality and Social Psychology, 28(1): 129–137. DOI: 10.1037/h0035519

    期待された報酬が子どもの内発的関心を低下させることを示した過剰正当化効果の古典的実証。「上手ね」が奪うものを理解するための基礎研究。

  • Malafouris, L. (2013). How Things Shape the Mind: A Theory of Material Engagement. MIT Press.

    素材との物理的相互作用が認知を生成するというマテリアル・エンゲージメント理論の体系書。乳幼児の制作環境における素材選定の設計原理に直結する。

  • Dissanayake, E. (1992). Homo Aestheticus: Where Art Comes From and Why. Free Press.

    芸術行動が人類に普遍的な生物学的適応であることを進化論・人類学・美学の交差点で論じた著作。乳幼児の「かく・つくる」を文化習得以前の衝動として位置づける。

  • Henderlong Corpus, J., & Lepper, M. R. (2007). "The effects of person versus performance praise on children's motivation: Gender and age as moderating factors." Educational Psychology, 27(4): 487–508. DOI: 10.1080/01443410601159852

    称賛の種類(人物 vs. 行為・プロセス)が子どもの動機づけに与える差異を年齢・性別を考慮して分析した実証研究。保育者の言語選択の根拠となる。

  • Rinaldi, C. (2006). In Dialogue with Reggio Emilia: Listening, Researching and Learning. Routledge.

    レッジョ・エミリア・アプローチの理論的支柱によるペダゴジカル・ドキュメンテーション論。職員間の解釈共同体を形成する実践哲学として位置づけられる。

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2026.05.28

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