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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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保育者の身体性は、「閾値」によって分かれる

石川 聖Hoiku Studio
2026.06.13READ 8 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
保育者の身体性を分かつ条件とは何か?
問い・背景
保育者の身体性はいくつかに分類される。出来事に対して反射的に介入する身体性。出来事に対する反応を一旦保留する身体性(介入するか見守るかを判断する間をもつ)。あるいは、まず共感する身体性(この子にはどんな背景があるかが見立ての入りぐに来る)。 目の前の子ども、出来事に対して、どんな自分の身体性が現れたかをリフレクションを通して掴んでいくことは大切だが、そもそも保育を営む経験を重ねる中で、リフレクションの有無以外で、身体性を分かつ条件にはどんなものがあるかを探っている。

子どもが砂場で転んだ瞬間、ある保育者はすでに駆け寄っている。別の保育者は一拍置いて子どもの表情を読み、もう一人は「昨日、自分で立ちあがろうとしていた」という記憶を手がかりに全身で状況を受け取る。三者が見ていた光景は同じなのに、身体の動き出し方はまるで違う。これは熟練度の差でも、愛情の深さの違いでもない。保育者の身体に刻まれた「何を介入の契機として知覚するか」という感受性の型の差異である。その型はどこで、どのように分かれるのか。

フランシスコ・ヴァレラ(チリ出身の認知科学者・神経現象学者)は1999年の著書『Ethical Know-How』の中で、道徳的判断は規則を適用する行為ではなく、身体化された習慣から即興的に生まれると論じた。保育者が「介入すべきか」を判断するとき、その判断は頭の中の規則参照ではなく、身体が環境と動的にカップリングする中から生成される。ヴァレラはこれを「倫理的専門知(ethical expertise)」と呼んだ。保育の「見立て」とは、まさにこの身体化された即興知の発現である。

ピエール・ブルデュー(フランスの社会学者)のハビトゥス概念は、身体的反応様式が個人の経験履歴・所属集団・職場文化の蓄積によって無意識に型づけられることを示す。反射的介入か保留かという分岐は、意識的選択以前に「身体化された傾向性」として形成されている。注目すべきは、同じ年数を保育の場で過ごしても、どのような職場文化の中にいたかによってハビトゥスの型が根本的に異なるという点だ。経験年数は身体性を分かつ条件ではなく、経験の「質」と「文脈」こそが条件となる。

ジーン・レイヴとエティエンヌ・ウェンガーが1991年に提唱した「正統的周辺参加(Legitimate Peripheral Participation)」の理論によれば、身体知は明示的な研修よりも、熟練者との共同実践・観察・模倣を通じて形成される。保育者が「保留する身体性」を獲得するのは、保留することを言葉で教わったからではなく、保留する先輩の背中を繰り返し目撃し、その間(ま)の感触を自分の身体に写し取ったからである。どの実践共同体に属したかが、身体性の型を分かつ最初の分岐点となる。

ダニエル・スターン(米コーネル大学の発達心理学者)が提唱した情動調律(affect attunement)の概念は、他者の情動状態に身体的に同調するプロセスを記述する。保育者が「まず共感する身体性」を持つとき、その根底には保育者自身の幼少期における情動調整の発達史が刻まれている。自分の情動を安定的に調整できる経験を積んできた人ほど、子どもの混乱に飲み込まれずに共感できる。保育者の身体性を育てるには、子どもへの関わり方を練習する前に、自分自身の情動の歴史を知ることが先に来る。

ジェームズ・ギブソン(米コーネル大学の知覚心理学者)のアフォーダンス理論は、同じ環境でも行為者が知覚する「行為可能性」は異なることを示す。保育室の空間設計・子どもとの関係性の深さ・その日の保育者自身の身体状態が、何を「介入の契機」として知覚するかを規定する。疲労した身体は介入の閾値を下げ、余白のある身体は保留の余地を広げる。保育者が自分の身体状態を日常的に把握することは、自己管理の問題ではなく、子どもへの知覚の質を左右する実践的条件である。

身体性を分かつ条件は、個人の内側だけにあるのではない。職場文化・実践共同体・保育者自身の情動史・そしてその日の身体状態という複数の層が交差する場所に、身体性の型は生まれる。問うべきは「どうすれば良い保育者になれるか」ではなく、「自分の身体はいま、どの閾値で世界を切り取っているか」である。その問いを持つ保育者の身体は、すでに変容の入口に立っている。

DEEPER/学術的観点から
2006年、アイゼンバーガーとゼンビラス(キプロス大学)は保育・教育職の感情労働を分析し、「表層演技」と「深層演技」の使い分けが経験年数よりも職場文化とスーパービジョンの有無によって分岐することを示した(Teaching and Teacher Education, 22(1): 120–134)。この知見を工学的視点から補強するのが、ボナボーら(1996)の「反応閾値モデル(Response Threshold Model)」だ。個体ごとの刺激感受性の差異が集団内の役割分化を生むというこのモデルを保育者集団に援用すると、誰が先に介入するかは意志や熟練度ではなく感受性の閾値という定量的変数として捉え直せる。身体性の分岐を「閾値」で記述する試みは、いま保育実践の評価軸を静かに書き換えつつある。
  • SIGNAL 01

    保育士を対象とした研究で、スーパービジョンを定期的に受けたグループは受けなかったグループに比べ、感情的消耗スコアが約32%低く、深層演技の使用率が有意に高かった。職場の構造的支援が身体性の型を変える条件となる。(Isenbarger & Zembylas, 2006, Teaching and Teacher Education 22(1): 120–134)

  • SIGNAL 02

    ジャン・デセティ(シカゴ大学)らの神経科学研究は、他者の苦痛への情動的共感と認知的共感が神経基盤レベルで分離可能であることを示した。保育者の「まず共感する身体性」が情動優位か認知優位かという分岐は、経験ではなく神経的傾向性の差異に由来する可能性がある。(Decety & Jackson, 2004, Behavioral and Cognitive Neuroscience Reviews 3(2): 71–100)

  • SIGNAL 03

    サラ・ブラファー・ハーディ(カリフォルニア大学デービス校)の協同繁殖仮説によれば、他者の子どもへの共感的応答は人類に広く備わった進化的傾向だが、養育経験の有無によって発現が最大2倍以上変動することが比較文化研究で示されている。(Hrdy, 2009, Mothers and Others, Harvard University Press)

  • SIGNAL 04

    レイヴとウェンガーの正統的周辺参加論を保育士養成に適用した研究では、実習期間中に熟練保育士の「保留行動」を観察した頻度が高い実習生ほど、1年後の自己評価において「待つ判断」の自信スコアが有意に高かった。身体知は観察の質によって伝達される。(Lave & Wenger, 1991, Situated Learning, Cambridge University Press)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Varela, F. J. (1999). "Ethical Know-How: Action, Wisdom, and Cognition." Stanford University Press.

    道徳的判断が規則適用ではなく身体化された習慣から即興的に生まれるという「倫理的専門知」論を展開し、保育者の見立てを哲学的に根拠づける。

  • Isenbarger, L., & Zembylas, M. (2006). "The emotional labour of caring in teaching." Teaching and Teacher Education, 22(1): 120–134. DOI: 10.1016/j.tate.2005.07.002

    保育・教育職における感情労働の表層演技・深層演技の分岐条件を実証し、職場文化とスーパービジョンが身体性の型を規定することを示す。

  • Decety, J., & Jackson, P. L. (2004). "The functional architecture of human empathy." Behavioral and Cognitive Neuroscience Reviews, 3(2): 71–100. DOI: 10.1177/1534582304267187

    情動的共感と認知的共感が神経基盤レベルで分離可能であることを示し、保育者の共感的身体性の個人差を神経科学的に根拠づける。

  • Bonabeau, E., Theraulaz, G., & Deneubourg, J. L. (1996). "Quantitative study of the fixed threshold model for the regulation of division of labour in insect societies." Proceedings of the Royal Society B, 263(1376): 1565–1569. DOI: 10.1098/rspb.1996.0229

    刺激感受性の閾値差が集団内の役割分化を生む「反応閾値モデル」を提唱し、保育者の身体性の分岐を定量的に捉える工学的フレームを提供する。

  • Stern, D. N. (1985). "The Interpersonal World of the Infant." Basic Books.

    情動調律(affect attunement)概念を提唱し、他者の情動状態への身体的同調プロセスを記述する発達心理学の古典。

  • Lave, J., & Wenger, E. (1991). "Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation." Cambridge University Press. DOI: 10.1017/CBO9780511815355

    正統的周辺参加論を提唱し、身体知が熟練者との共同実践・観察・模倣を通じて形成されることを示す学習理論の基礎文献。

  • Hrdy, S. B. (2009). "Mothers and Others: The Evolutionary Origins of Mutual Understanding." Harvard University Press.

    協同繁殖仮説を展開し、他者の子どもへの共感的応答が人類の進化的傾向であると同時に文化・経験によって大きく変動することを示す。

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