農学修士1年生の私が初めて畑に立ったとき、頭の中には不耕起栽培の理論があった。土壌微生物の働き、炭素固定のメカニズム、有機物の分解速度——教室で積み上げた知識が、鍬を持ったことのない両手の前で、静かに崩れていった。土は教科書の図とは違う手触りをしていた。知識があることと、土とともに生きることは、まるで別の技能だった。農学部の志願者が増え続けるいま、なぜ農家になる人は増えないのか。その問いは、私自身の身体が最初に立てた問いでもある。
鍬を握った瞬間、私は自分が農家ではないことを知った。不耕起栽培の理論は頭にある。土壌有機物が微生物の働きによって安定化するプロセスも、炭素窒素比が作物の生育に与える影響も、論文の言葉として知っている。しかし土の前に立つと、その知識は何も教えてくれなかった。どこから鍬を入れるか、どの深さで止めるか、土の乾き具合をどう読むか——それは身体が長い時間をかけて土壌と交渉しながら獲得するものだった。農学部で学ぶことと農家になることの間には、この見えない断絶がある。
日本の農業就業人口は1960年代の約1,400万人から2020年には約136万人へと激減した一方、農学部の志願者数は2010年代以降増加傾向にある。農学教育は「農業科学の研究者・技術者」を育てる設計であり、「農業経営者」を育てる設計ではない。農地取得には数百万円から数千万円の初期費用がかかり、収益が安定するまでに3〜5年を要することが多い。農産物価格の市場不完全性と気候リスクが重なれば、農学部卒業生が農家を回避することは感情的な逃避ではなく、情報に基づく合理的選択になる。知識と参入の間に、経済の溝が走っている。
英国エセックス大学の人類学者ティム・インゴルドは著作『The Perception of the Environment』(2000年)で、農家の知識を「命題的知識(propositional knowledge)」と「居住的技能(dwelling skill)」に分けて論じた。前者は教室で学べる言語化された知識、後者は身体と環境の長期的な関与から生まれる実践的技能である。農学部教育は命題的知識の伝達に偏り、居住的技能を育む機会を構造的に欠いている。ワーヘニンゲン大学のヤン・ダウェ・ファン・デル・プルーフが「農民的条件」と呼んだ——市場・制度・技術から自律性を保ちながら生計を成立させる能力——もまた、教室では習得できない。
インフルエンサー農家という現象は農業の可視化に貢献する一方、フォロワー数が農業技術や経営力の代理指標として機能し始めるとき、土・生態系・持続性という農業の本質的価値は二次的なものになる。しかし批判だけでは前に進めない。コミュニティ支援農業(CSA)は消費者が農家と直接契約して農業リスクを分担するモデルであり、社会的農業は農業活動を福祉・教育・地域再生と統合する実践である。最初の一歩として試せることがある——地域の人と農地で一緒に料理をする、農地を開放して子どもたちが土に触れる場をつくる。農地を生産空間ではなく関係的実践の場として設計することは、今日から始められる。
「環境に良い農業は儲からない」という常識を、長期データが静かに覆している。ロデール研究所が1981年から30年間実施した「Farming Systems Trial」では、有機農業は慣行農業と同等の収量を維持しながら投入コストを15〜20%削減し、土壌有機物を15〜28%増加させた。デイヴィッド・ピメンテルらが2005年に試算した有機農業の生態系サービス価値——土壌侵食防止・水質保全・生物多様性維持——は年間1エーカーあたり200ドル以上に上り、農家が市場価格に反映されないまま社会に提供し続けている価値の規模を示した。農業の多機能性を認める社会設計が整えば、環境再生型農業の経済的不利は構造的に解消しうる。
農家になることは「生産者」でも「経営者」でもなく、土地とともに生きる実践者になることだとインゴルドは言う。彼の「タスクスケープ(taskscape)」概念——複数の人間が共同作業を通じて場所を意味づけるプロセス——に照らせば、農地で子ども食堂を開き、海外からの来訪者と料理をつくり、地域の人が集う場を育てることは、農業の「傍ら」にある活動ではない。それこそが農業の本体である。「なぜ農家になる人がいないのか」という問いは、問い直されるべきだ。農家とは何者か——その問いに答えを出せる人だけが、次の農業をつくる。