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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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近代の恵みと呪いの中、私たちは子供たちに何を渡せるのか

松村岳史UNITED
2026.06.02READ 9 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
子供たちに手渡せる未来を作るために、今私たちに何ができるのか
問い・背景
石油の投資に対しての利益となるEORIが上昇しており、これまでの近代は、トニージャット、また渡辺京二が眼差したように、安い石油に支えられた社会主義的な世界形成が不完全ながら進められ存在していました。100年前と違うのは、同時に地球温暖化で人間の暮らしの基盤、水や土などがなくなっていることです。そして、これはいわば地球のジェントリフィケーションというような形で特権を持つ人と、人権の立場での私たちの良き生と不正義に対する連帯の基盤を切り崩してゆきます。この近代が終わろうとしている今年に、私たちは次の世代の文化をどのように私たちの価値を押し付けてしまうのではなく、手渡せるものとして残せるのでしょうか。

祖父の畑で土を触ったとき、指先が何かを覚えていると思った。しかし自分の子に同じことをさせようとして、気づく——自分はもうその感覚を持っていない。水がどこから来るか知らず、火を起こしたことがなく、種の蒔き時を体で知らない。石油文明の百年は、その技と感覚を指先から静かに奪い去った。子に何かを手渡そうとしたとき、自分の手が空であることに気づく。その戸惑いは個人の失敗ではない。近代という巨大なシステムが永遠に続かず、私たちから「継承できるもの」を先取りして消費してきた構造的な問いである。

土を触る、水を汲む、火を起こす——この三つの身体行為は、百年前まで子が親の背中から学ぶ最初の技だった。石油文明はそれを合理性を優先して、工場と配管とスイッチに置き換えた。代わりに私たちは豊かさを手に入れたが、失ったものの輪郭は長らく見えなかった。子に何かを手渡そうとして手を開いたとき、そこには概念しかない。土の重さも、水の冷たさも、火の危うさも、体に刻まれていない。継承とは何を渡すことか、という問いは、この空っぽの手のひらから始まるほかない。

トニー・ジャット(歴史家、ニューヨーク大学)は晩年の著作で、二十世紀の社会民主主義が安価なエネルギーという「見えない補助金」の上に成立していたと喝破した。渡辺京二(思想史家)は『逝きし世の面影』(2005年)で、近代以前の日本の暮らしに宿っていた豊かさの形を描き、それが何に支えられていたかを問うた。エネルギー研究者チャールズ・ホールとケント・クリットガードは、石油のEROI(エネルギー投資対効果)が1930年代の100対1から現在の10〜15対1へ低下したことを実証した。つまり、それはエネルギー価格が上昇する未来、今起きているインフレや、平和、安価な水やエネルギーという、貧富の格差なく誰もが恵みを享受できるというものがどんどん少なくなっていっている世界となることだ。安い石油と安い自然という二重の「近代の恵み」が同時に尽きつつある。近代的社会契約の物質的な床が、音もなく溶けている。

哲学者ハンス・ヨナスは1979年の『責任という原理』で「恐怖の発見術(Heuristik der Furcht)」を提唱した——最良の未来を夢想するより、最悪の可能性を先取りして行動する義務を倫理の中心に置く転倒である。未来世代は現在の意思決定に参加できない。この非対称性が、継承を単なる文化伝達ではなく倫理的責任にする。シモーヌ・ヴェイユは1943年の『根をもつこと』で、近代の「根こぎ(déracinement)」——共同体・土地・伝統からの切断——を最大の人間的貧困と診断した。気候変動による居住可能地域の縮小は、文字通り人々を土地から引き剥がす。ロブ・ニクソンが「遅い暴力」と呼ぶこの過程は、特権を持つ者が安全な場所へ移動し、脆弱な者が取り残される地球規模のジェントリフィケーションとして進行している。

では今、私たちに何ができるか。ロビン・ウォール・キマラー(植物学者、ニューヨーク州立大学)は先住民ポタワトミ族の知識を生態学と編み合わせ、植物との関係を「収奪」ではなく「互恵」として組み直す実践を描いた。その核心は、知識を所有物として渡すのではなく、関係を結ぶ能力——応答する感覚——を次世代が自ら育てられる場を守ることにある。自分たちの価値、つまり「早く、簡単に遠くにという近代の価値に基づいた答えを渡すのではなく、問いを立てられる土壌を枯らさないことだ。種を子と一緒に蒔く、地域の水源の名前を調べる、土を素手で触る——これらは懐古趣味ではない。失われた感覚回路を、今からでも少しずつ繋ぎ直す行為であり、現実を直視しながら、未来をデザインする基礎となることなのである。

ハンス・ヨナスは1979年の『責任の原理』で、技術文明が未来世代に与える不可逆的影響を前に「恐怖の発見術(Heuristik der Furcht)」を提唱した。最悪の可能性を先取りして行動する義務、それが現在世代の倫理だとヨナスは言う。未来世代は現在の意思決定に参加できない。この非対称性のなかで「価値を手渡す」行為は、常に「誰の価値か」という権力問題を孕む。だからこそ今できる小さな実践は、答えを渡すことではなく問いを渡すことだ。 ロビン・ウォール・キマラーは著作『Braiding Sweetgrass』(2013年)のなかで、オタワ族の植物知識を生態学と並置しながら、「与える者が与え続けられるのは、与え返しがあるからだ」という互恵の論理を描いた。近代が「自然は外部性」として処理してきたものを、彼女は「関係の網の目」として再記述する。この視点は脱成長論や生態経済学が数値で語ることを、身体と物語の言語で語り直す。

「手渡す」という動詞を問い直すことで、この問いは別の形を取り始める。手渡すとは所有物を移転することではなく、次の世代が自ら根づける土壌を枯らさないことだ。ヨハン・ロックストロームらがNatureに示したプラネタリー・バウンダリーの内側に留まることは、制約ではなく贈与の条件である。そして逆説がある——私たちが今何もしないことが、最大の価値の押しつけになる。選択肢を奪われた世代に、私たちの無為は確実に相続される。私たちが今何ができるのかを問い、行動し、将来世代が未来をデザインする基盤を残すことが、今私たちに「行動」という形で求められているのではないだろうか。

DEEPER/学術的観点から
2012年、エネルギー研究者チャールズ・ホール(ニューヨーク州立大学)とケント・クリットガードは著作『Energy and the Wealth of Nations』で衝撃的な閾値を算出した——福祉国家・公教育・医療制度を構造的に維持するために必要なEROIの最低値は8対1だという試算だ。石油のEROIが100対1だった1930年代、社会的余剰は巨大で、連帯のインフラを築く余力があった。現在の10〜15対1はその閾値にかろうじて届くが、再生可能エネルギーへの移行コストを加味すると余剰は急速に縮む。ロブ・ニクソンが論じた「遅い暴力」が示すように、この余剰縮小を最初に吸収するのは常に脆弱な層だ。エネルギーの物理的限界と社会的不平等は、同一の構造問題の二つの顔として今も進行している。
  • SIGNAL 01

    地球システムの9つのプラネタリー・バウンダリーのうち、2023年時点で6つが既に超過。気候変動・生物圏の一体性・土地利用変化・淡水変化・新規物質導入・窒素・リン循環が限界を越えた。Rockström, J. et al., 2009, Nature 461(7263): 472-475

  • SIGNAL 02

    ホットハウス・アース論文は、1.5〜2℃の温暖化を超えると永久凍土融解・アマゾン乾燥化・海氷消失の自己強化フィードバックが連鎖し、制御不能な高温状態への移行リスクが生じることを示した。現在の子供世代が成人する2040〜2060年代に複数のティッピングポイントが重なる。Steffen, W. et al., 2018, PNAS 115(33): 8252-8259

  • SIGNAL 03

    石油のEROIは1930年代の約100対1から2010年代には10〜15対1へ低下。現代の社会インフラ(福祉・教育・医療)の維持に必要な最低EROIは8対1と試算され、エネルギー余剰の縮小が社会的連帯コストに直接転嫁される構造が明らかになった。Hall, C. A. S. & Klitgaard, K., 2012, Energy and the Wealth of Nations, Springer

  • SIGNAL 04

    ロブ・ニクソンが「遅い暴力」と定義した気候変動・土壌劣化・水枯渇は、爆発的ではなく時間をかけて貧困層・南半球・先住民に累積する。この不可視性こそが政治的動員を阻む構造的障壁となる。Nixon, R., 2011, Slow Violence and the Environmentalism of the Poor, Harvard University Press

KEY REFERENCE/参考文献
  • Rockström, J. et al. (2009). "A safe operating space for humanity." Nature, 461(7263): 472-475. DOI: 10.1038/461472a

    プラネタリー・バウンダリー概念の原著論文。水・土・気候安定性という「暮らしの基盤」の科学的限界値を初めて定量化した。

  • Steffen, W. et al. (2018). "Trajectories of the Earth System in the Anthropocene." PNAS, 115(33): 8252-8259. DOI: 10.1073/pnas.1810141115

    ホットハウス・アース論文。自己強化フィードバックによるティッピングポイントの連鎖を定量化し、現在の子供世代が成人する時代の地球システムリスクを示す。

  • Jonas, H. (1979). Das Prinzip Verantwortung. Insel Verlag. [邦訳: 加藤尚武監訳『責任という原理』東信堂, 2000]

    「恐怖の発見術」と世代間倫理の哲学的根拠。未来世代が現在の意思決定に参加できないという非対称性を倫理の中心に置いた古典。

  • Weil, S. (1949). L'Enracinement. Gallimard. [邦訳: 山崎庸一郎訳『根をもつこと』岩波書店, 2010]

    近代の「根こぎ」を最大の人間的貧困と診断した思想的古典。地球ジェントリフィケーションによる物理的根こぎと文化継承の倫理を接続する。

  • Nixon, R. (2011). Slow Violence and the Environmentalism of the Poor. Harvard University Press.

    「遅い暴力」概念の原著。気候変動・土壌劣化・水枯渇が貧困層・先住民に時間をかけて累積する不可視の暴力を文学批評と政治経済学の交差で論じる。

  • Hall, C. A. S. & Klitgaard, K. (2012). Energy and the Wealth of Nations: Understanding the Biophysical Economy. Springer.

    EROIの歴史的推移と社会インフラ維持に必要な最低閾値(8対1)を算出した実証的著作。近代的社会契約の物質的基盤の脆弱性を定量的に示す。

  • Kimmerer, R. W. (2013). Braiding Sweetgrass: Indigenous Wisdom, Scientific Knowledge, and the Teachings of Plants. Milkweed Editions.

    先住民知識と植物学を編み合わせ、収奪ではなく互恵としての継承実践を描く。ポスト石油時代の「実証済みの未来」として非近代的生活知を再評価する視座を提供。

  • Escobar, A. (2018). Designs for the Pluriverse: Radical Interdependence, Autonomy, and the Making of Worlds. Duke University Press.

    オントロジカル・デザインの理論的著作。脱植民地的継承設計と「循環・ケア・有限性」を中心とした世界観生成の哲学的枠組みを提供する。

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[松村岳史, "近代の恵みと呪いの中、私たちは子供たちに何を渡せるのか", RITE](https://futures.emerging-future.org/rite/articles/c13cd80d-fdcf-4f34-9600-b42727fa7311) (2026-06-02)
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