2020年代に入ってから、街頭やSNSで見かける言葉の温度が変わった気がしませんか。コロナ禍以降、「敵」と「味方」を分ける語り口が熱を帯び、かつての「平和ボケ」と揶揄された無関心の時代は遠ざかっています。しかしその熱狂は、1930年代の新聞の見出しと重ねたとき、奇妙な既視感を呼び起こします。歴史が螺旋を描くとしたら、問うべきは「なぜ繰り返すか」ではなく、「なぜ私たちは繰り返しを選び続けるか」です。この問いに向き合うには、無知と無能を別々の失敗として切り分ける必要があります。
1941年12月8日の朝、ラジオから流れる臨時ニュースを聞いた人々の多くは、戦争の帰結を知らなかった。知らなかったのは個人の怠慢ではありません。情報統制・教育制度・メディア構造が連動して「知らせない体制」を能動的に構築していたからです。社会学者ロバート・プロクターが「アグノトロジー(agnotology)」と呼んだように、無知とは知識の欠如ではなく、特定の知識生産体制が生み出す構造的産物です。1930年代の日本において、集合的無知(Collective Ignorance)は偶然ではなく、設計されていました。
ヘーゲルは1807年『精神現象学』で「理性の狡知(Cunning of Reason)」という概念を提示しました。歴史は個人や集団の意図を超えた構造的必然として展開し、各時代の「精神(Geist)」は自己を知らないまま歴史を動かすと論じたのです。大戦前の日本人が「国家的使命感」という神話に駆動されていたとすれば、その熱狂は個人の選択ではなく、時代の精神が自己を知らずに暴走した事態として読み解けます。無知から生まれた熱狂は、こうして哲学的に必然の相貌を帯びます。
敗戦後、日本は経済的成功と平和憲法によって「敵国」という国際法的位置づけを心理的に上書きしました。しかし国連憲章53条・107条の敵国条項(Enemy State Clause)は形式上存続し、国際秩序の基本構造は変更されていません。カール・ヤスパースは1946年『責罪論(Die Schuldfrage)』で、戦争への加担を政治的罪・道徳的罪・形而上学的罪に分類しました。「無能」とは能力の欠如ではなく、判断を放棄し続けた結果としての形而上学的罪です。ルールが変わっていないのに変わったと思い込む——その誤読こそが無能の核心です。
コロナ禍以降の「新たな熱狂」は、平和ボケの時代とは質が異なります。かつての無関心が集合的無知を温存していたとすれば、現在の熱狂は認識的閉鎖(Epistemic Closure)を加速させています。特定の情報環境が自己強化的に代替的知識を排除し、「敵」を名指すことで連帯を生む構造は、1930年代の社会的伝染と同型です。ここで試せる小さな変更があります。自分が熱狂している言説を一つ選び、「この情報は誰が、なぜ、今流しているか」と問い直してみてください。熱狂の温度が少し変わるはずです。
歴史的螺旋(Historical Spiral)とは、表層の出来事が変化しても神話・世界観の層が更新されなければ同型の事象が再発するパターンです。未来予測研究者ソハイル・イナヤトゥラーのCLA(因果層位分析)は、litany(表層)→system(構造)→worldview(世界観)→myth(神話)の四層で社会変動を読み解きます。日本の大戦前の「国家的使命感」という神話層が、現代の「経済大国としての特別性」という別の神話に置換されただけで、深層構造は温存されている可能性があります。変えるべきは出来事ではなく、神話層です。
1回目は無知から、2回目は無能によって——この命題は断罪ではなく、構造の記述です。無能とは制度的学習失敗(Institutional Learning Failure)であり、過去の失敗を次の意思決定に反映できない回路の不在を指します。新たな熱狂が一部から全体へと伝播する今、問うべきは「誰が悪いか」ではありません。判断を委譲し続けることが、どれほど能動的な選択であるかを、私たちはまだ十分に知っていません。