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Vol.001 / 2026.05.23 (Sat) / No.0247
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日本人は、自然の中で死ぬことを知っていた

別府文隆株式会社みちのとちう/WyL訪問看護ステーションよこはま北山田
2026.06.03READ 7 MIN
ORIGINAL QUESTION — この記事のはじまり (問い・背景)
テーマ
日本人の看取りを考えると日本人の死生観と自然観にたどり着く
問い・背景
看取りについて考えることは、死生観について考えること。死生観について考えることは、信仰について考えること。信仰について考えることは、自然観・自然体験・自然との相対関係について考えること。杉下先生の論考を読んで思ったのは、日本人の在宅看取りを体験していくと、日本人の死生観と向き合うことになる、ということで、では日本人の死生観はどのように風土から自然から形成されたのか、という問いにつながる。日本人とは何か、日本とは何か。それはこの自然環境や自然との原体験やつながり具合によって個人ごとに違っているのだろう。その人なりの「この場所で死にたい」(ここで死ねるなら安心で満足)を実現する仕組みを、これからの時代のケアの文化・在宅(希望する場所での)看取り文化として形成していけたらいいのかなあ。おかげさまで問いがより深まっています。学術的に、日本人らしさ、日本の風土や自然、自然観についての学術的なエビデンスや論考をもとに、日本人の司政官について概観しつつ、現代日本で起きている「本人たちの希望(自宅で死にたい、故郷で死にたい、大好きな場所の大好きな大自然の中で死にたい)と実際の死を体験する装置(病院や施設)のギャップ」についてこれからの未来はどうあるべきなのか、問いを深めたい。

在宅看取りに立ち会った医師が、こんな言葉を残しています。「亡くなる直前、窓の外の梅の木を見て、ああ、きれいだね、と言ったんです」。畳の上、聞き慣れた鳥の声、庭の土の匂い——その場所にしかない感触が、その人の最期の言葉を引き出しました。「ここで死ねてよかった」という言葉は、単なる安堵ではありません。それは、その人が生涯をかけて結んできた場所との関係が、死の瞬間に完結したことを告げる言葉です。では、なぜ日本人は「どこで死ぬか」にこれほど深い意味を見出すのか。その問いは、日本列島の自然が人間の内側に刻んできた、長い時間の話へとつながっていきます。

在宅看取りの現場には、医療記録には残らない時間があります。家族が布団の端に座り、窓から差し込む午後の光の中で、その人の呼吸が少しずつ変わっていく時間です。訪問医が語るのは、そうした場面での「その場所らしさ」です——壁に掛かった古い掛け軸、縁側から見える裏山の稜線、何十年も同じ場所に置かれた茶箪笥。これらは単なる背景ではなく、その人が生きた証の集積です。「ここで死にたい」という欲求は、快適さへの希望ではなく、自分の生の記憶が凝縮した場所への、実存的な帰還の欲求なのです。

民俗学者の柳田国男は1946年の著作『先祖の話』(筑摩書房)の中で、日本では死者は山へ帰り、やがて田の神・山の神として子孫の暮らしを見守るという循環的な死生観が民俗の底層に流れていたことを記しています。死は終わりではなく、自然への還帰でした。しかし1976年、日本の死亡場所は静かに、しかし決定的に逆転します。前年まで約52%を占めていた在宅死が病院死に追い抜かれ、2000年代には病院死が約80%に達しました。フィリップ・アリエスが西洋で描いた「禁じられた死」——死が日常から切り離され、医療施設に囲い込まれる過程——が、日本でも高度経済成長と核家族化の波に乗り、わずか一世代のうちに完成したのです。

人類学者の波平恵美子は1990年代の研究で、日本人の死の構造の核心を「死は自然への還帰である」という観念に見出しました。この観念は仏教伝来以前から列島に根付いており、仏教の無常観はそれを哲学的に精緻化したにすぎないと論じています。和辻哲郎が1935年の『風土』で描いたように、火山・地震・台風・四季の劇的な変化という日本列島の自然環境は、はかなさの感覚を人々の身体に繰り返し刻んできました。桜の散り際を美と感じる感性は、自然の猛威への畏怖と表裏一体です。「ここで死にたい」という欲求は、地理学者イ・フー・トゥアンが「トポフィリア」と呼んだ場所への深い愛着——その人の自然体験と記憶が凝縮した場所への、実存的な自己同一性の統合です。

今日から試せることがあります。家族や友人と「どこで死にたいか」を話してみてください。アドバンス・ケア・プランニングという制度的な枠組みを超えて、「どんな景色の中で最期を迎えたいか」「どんな音や匂いの中にいたいか」を語り合うことは、死の準備ではなく、自分の自然体験と場所愛着を言語化する実践です。近年の樹木葬・散骨・里山葬の急拡大——2020年代には墓地選択の約30%を占めるまでになりました——は、墓地不足の解決策ではありません。「死者は自然へ帰る」という基層的な死生観が、近代的墓制への静かな不満を通じて再浮上した、文化的回帰の現象として読むべきです。

「希望する場所で死ぬ」を実現するケアの文化は、医療制度の整備だけでは生まれません。遠隔モニタリングやIoT在宅医療技術が「安心して自宅で死ねる環境」を技術的に可能にしつつある今、真に問われているのは世界観の転換です。現象学者のエドワード・ケーシーは1993年の著作で「場所は記憶を宿す」と論じました。人は場所を通じて自分の来し方を確認し、自己の連続性を感じます。看取りを「医療行為」から「文化的実践」へ再定義することは、その人が生涯をかけて結んできた場所・自然・記憶の関係を、死の瞬間まで尊重するという哲学的コミットメントを意味します。制度はその哲学を支える器にすぎません。

「日本人の死生観」という集合的な語りは、実は存在しません。あるのは、それぞれの人が生きた場所・出会った自然・積み重ねた記憶が形成した、無数の固有の死生観です。在宅看取りの現場とは、その固有性が最後に輝く場所です。「どこで死ぬか」を問うことは、「どんな自然の中で生きてきたか」を問うことであり、それはこの列島に生きる者が風土から受け取った、まだ語り終えていない問いです。看取りの文化をつくるとは、その問いを一人ひとりが持てる社会をつくることにほかなりません。

DEEPER/学術的観点から
1976年、日本の死亡場所が在宅から病院へ逆転したその年、「看取りの技術」は文字通り一世代で地域コミュニティから消滅しました。池上直己らが後年示したように、この変容は医療制度整備と核家族化が同期した結果です。Ikegami & Campbell が1995年にNEJMで論じたとおり、日本の医療制度は病院中心に設計され、在宅ケアへの診療報酬は長く低く抑えられてきました。一方、IoT遠隔モニタリングと訪問診療の組み合わせが「安心して自宅で死ねる条件」を技術的に充足しつつあります。制度と技術が整いつつある今、残る問いは純粋に文化的です——看取りを誰が担い、どの場所で行うかを、社会が再び引き受けられるかどうか。
  • SIGNAL 01

    1975年に約52%だった日本の在宅死の割合は、1976年に病院死と逆転。2000年代には病院死が約80%に達した。わずか四半世紀で「自宅で死ぬ」が例外となった。(厚生労働省「人口動態統計」各年版;Ikegami, N. & Campbell, J. C., 1995, New England Journal of Medicine 333(19): 1295-1299)

  • SIGNAL 02

    日本における樹木葬・自然葬の選択割合は2020年代に墓地選択全体の約30%に達し、2000年代初頭のほぼゼロから急拡大した。この現象は単なる墓地不足への対応ではなく、「死者は自然へ帰る」という基層的死生観の文化的再浮上として読める。(鈴木岩弓ほか編(2019)『現代日本の葬送文化』吉川弘文館)

  • SIGNAL 03

    厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査」(2018年)では、自宅での療養を希望する者が約73%に達した一方、実際に自宅で死亡する割合は約13%にとどまり、希望と現実の間に約60ポイントの乖離が存在する。(厚生労働省、2018年調査報告書)

  • SIGNAL 04

    和辻哲郎の風土論が出版された1935年当時、日本の平均寿命は男性46歳・女性49歳であり、死は日常の場に遍在していた。2020年代の平均寿命が男性81歳・女性87歳に達した現在、死の「遠さ」そのものが看取り文化の断絶を構造的に生み出している。(厚生労働省「完全生命表」各年版)

KEY REFERENCE/参考文献
  • Ikegami, N. & Campbell, J. C. (1995). "Medical care in Japan." New England Journal of Medicine, 333(19): 1295-1299. DOI: 10.1056/NEJM199511093331907

    日本の医療制度の構造と在宅医療政策の限界をNEJMに発表した実証研究。病院中心の診療報酬設計が在宅看取りを制度的に周縁化した過程を国際的文脈で論じた。

  • Tuan, Y.-F. (1974). Topophilia: A Study of Environmental Perception, Attitudes, and Values. Prentice-Hall.

    人文地理学者イ・フー・トゥアンによるトポフィリア(場所への愛着)概念の原典。「ここで死にたい」という欲求を場所と自己同一性の結合として理解する理論的基盤を提供する。

  • Casey, E. S. (1993). Getting Back into Place: Toward a Renewed Understanding of the Place-World. Indiana University Press.

    現象学者エドワード・ケーシーによる「場所は記憶を宿す」という場所論の一次文献。死の場所選択が生の記憶と実存的自己同一性の統合であることを哲学的に裏付ける。

  • Ariès, P. (1981). The Hour of Our Death. Oxford University Press.

    フランスの歴史家フィリップ・アリエスによる死の歴史の古典的一次文献。「飼いならされた死」から「禁じられた死」への西洋的変容を論じ、日本の病院死増加との並行分析に不可欠。

  • 和辻哲郎(1935)『風土——人間学的考察』岩波書店

    日本の自然環境(火山・四季・台風)と人間の精神・文化の相互形成を論じた哲学的古典。無常感の身体的形成プロセスを理解するための一次的著作。

  • 柳田国男(1946)『先祖の話』筑摩書房

    日本民俗学の基盤文献。死者が山や自然へ帰り田の神・山の神として循環するという日本の基層的死生観を記録した一次資料。在宅看取りの文化的背景を理解する上で不可欠。

  • 波平恵美子(1994)『日本人の死のかたち——伝統儀礼から靖国まで』朝日新聞社

    人類学者の波平恵美子による日本の死の構造の代表的著作。「死は自然への還帰」という観念が仏教受容以前から列島に根付いていたことを人類学的に論じた一次的著作。

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