ワークショップが終わった後、「今日はよく話せた」と感じたことがある。椅子を円に並べ、名札を外し、肩書きを忘れましょうと言われた場で、自分の言葉はよく通った。けれどある日、隣に座っていた人が帰り際にぽつりと言った。「今日は一度も話せなかった」と。同じ場にいた。同じルールの下にいた。それなのに、なぜ。ファシリテーターとして場を設計する側に立つとき、あるいは参加者として座るとき、「参加」という形式の平等が、実は誰かの沈黙を隠蔽しているのではないかという問いが、ずっと胸の底に残っている。
ワークショップという場で、自分が「自然に」発言できていると気づく瞬間がある。促されるより先に口が開き、言葉が場に受け取られ、議論の流れに乗っていける感覚。それを「積極性」や「準備」のせいだと思っていた。しかし立ち止まって考えると、その「自然さ」は、自分がその場の暗黙のルールをすでに体得していたことの証拠ではないか。発言できることを、能力ではなく構造の問題として問い直すところから、この問いは始まる。
山本七平は1977年に『空気の研究』(文藝春秋)で、日本の集団において「空気」が絶対的な拘束力を持つことを描いた。ワークショップという「開かれた場」も例外ではない。誰かが空気を作り、誰かが空気を読まされる。欧米発のファシリテーション手法が日本に移植されるとき、「発言を促す形式」は輸入されても、誰がその形式に馴染んでいるかという非対称は温存される。フラットに見える場ほど、その下に潜む権力構造は見えにくくなる。
「話しにくい」という感覚は、単なる心理的不快ではない。社会神経科学者ナオミ・アイゼンバーガーらが2003年に『Science』誌に発表した研究は、社会的排除の経験が身体的痛みと同一の神経回路、背側前帯状皮質を活性化することを示した。発言を無視される、意見が流される、その場にいないかのように扱われる体験は、比喩としての痛みではなく、文字通り痛みである。プロセス指向心理学のアーノルド・ミンデルが「ランク」と呼んだ権力の非対称は、身体に刻まれている。
政治哲学者アイリス・マリオン・ヤングは1990年の著作『Justice and the Politics of Difference』で「包摂の逆説」を論じた。形式的に全員が参加できる場でも、支配的文化規範に沿った発言スタイルだけが「合理的意見」として承認され、それ以外は「体験談」に格下げされる。ペギー・マッキントッシュが1989年に提唱した「見えないリュックサック」の比喩で言えば、職位・年齢・性別・標準語話者であることが、発言を「意見」として受け取らせる道具として機能する。あなたのリュックサックには、何が入っているか。
文化人類学者ヴィクター・ターナーのリミナリティ概念は、儀礼的閾値空間が日常の序列を一時的に溶解させると論じる。ワークショップはまさにそのリミナル空間として設計される。しかし越境のコストは均等ではない。マジョリティにとって「日常を離れる体験」は解放だが、マイノリティにとっては「場に合わせる」適応コストを新たに負わされる経験になりうる。アクセル・ホネットの承認論が示すように、発言が承認されないことは自己形成への傷として蓄積される。特権を持つ者が「フラットだった」と感じる場で、持たない者が「疲れた」と感じるのは、この非対称の帰結である。
ファシリテーターは「中立な場の管理者」ではない。議題を設定し、誰を指名し、発言を要約し、時間を配分する、その一つひとつが権力の行使である。自らのランクを自覚しないまま「フラットな場」を宣言するファシリテーターは、特権の構造を強化する側に立つ。あなたが最後に参加したワークショップで、誰が沈黙していたか、あなたは覚えているか。