2015年7月、東京オリンピックに向けて設計されたザハ・ハディドの新国立競技場案が白紙撤回された。流線型の屋根が大空へ弧を描く、あの映像を覚えている方は多いはずだ。予算超過と世論の反発が理由とされたが、私が立ち止まったのは別の問いだった――私たちはあのとき、何を削いだのか。機能は残った。座席数も、アクセスも、競技面積も。削がれたのは、建築家の「遊び」だった。その遊びは贅沢だったのか。それとも、建築が社会に長く生き延びるための、見えない構造条件だったのか。
ザハ・ハディドの競技場案が撤回された夜、SNSには二種類の声が溢れた。「当然だ、予算が現実的でない」という声と、「何か大切なものが失われた」という声。後者を発した人々の多くは、その「何か」を言語化できなかった。それが美学と呼ばれるものだとしても、なぜ美学の喪失がこれほど切実に感じられるのか、問い直されることはほとんどなかった。美学は贅沢か機能か――この問いに、私たちはまだ答えを持っていない。
建築美学をめぐる問いは、1908年にアドルフ・ロースが「装飾と犯罪」を発表した瞬間から、自己表現と社会的条件の間で引き裂かれてきた。ロースは装飾を退廃と断じ、機能こそが美であると宣言した。しかしその後、ル・コルビュジエの機能主義が生んだ画一的な集合住宅群は、住民に愛着を持たれることなく、数十年後に爆破解体された。ヴァルター・ベンヤミンが「複製技術時代の芸術作品」(1935年)で論じたアウラ――原作が持つ場所固有の一回性と存在感――は、建築においても同様に機能する。標準化・複製化に抗う個性が、集合的記憶の基盤を作る。
ジョン・デューイは1934年の『経験としての芸術』で、美的経験とは制作者の意図に閉じたものではなく、受け手と環境の相互作用によって事後的に構成されると論じた。建築家の美学は設計図の上では完結しない。建物が社会の中で使われ、記憶され、語られる過程で初めて美学的意味を獲得する。この視点を補強するのが、ライラ・スキャネルとロバート・ギフォードが2010年に発表した場所愛着の三軸モデルだ。愛着の強度は居住年数よりも、物理的環境の美学的・象徴的特性の知覚と相関する。長く使えば愛着が生まれるのではない――美学的刻印が強い場所ほど、短期間でも深い愛着が形成される。
では、美学と建築の長期循環を両立させる実践的条件とは何か。スチュワート・ブランドは1994年の『How Buildings Learn』で、建築をSiteからStuffまで六層に分解するシアリング・レイヤーズ理論を提示した。各層の変化速度は数百年から数日まで異なり、遅い層が速い層を支える。この枠組みでは、建築家の美学的意志はStructure(構造体)とSkin(外皮)に深く刻まれるべきであり、ServicesやSpace planは更新可能に設計することで、美学の核を守りながら時代の変化に応答できる。施主は「美学の核」を発注仕様に明記し、利用者は空間の意図を読み取ることから愛着を始める。
ロベルト・ベルガンティは2009年の『デザイン主導イノベーション』で、真に革新的な設計とはユーザーの既存ニーズに応えることではなく、人々が物事に見出す「意味」そのものを変革することだと論じた。この視点からザハ案の撤回を読み直すと、それは美学の敗北ではない。建築家の美学的ラディカリズムが初めて社会的交渉の場に引き出され、予算・制度・世論という三つの摩擦と本格的に格闘した過程だった。その摩擦こそが、建築の社会的意味を鍛える鍛造炉である。美学が社会的正当性を獲得するためには、制度的補完性――設計の革新性と既存制度の適合条件――を意識的に設計に織り込む必要がある。
美学のない建築は機能するかもしれないが、愛着の種を持たない。愛着のない建築は更新されず、循環せず、やがて廃棄される。とすれば、建築家の遊びと美学は自己表現の贅沢ではなく、建築を社会に長く生き延びさせるための構造的条件だ。ただし「どんな美学でもよい」とは言えない。社会的経験の場に耐え、摩擦を経て意味を獲得できる美学だけが愛着を生む。建築家の個性は社会への拘束であると同時に、社会が未来に手渡せる記憶の形式でもある。