自然・地球循環と時間
土の声、季節の歩み、地球の長い時間。一日や一週間とは違う、もっと深い時間が私たちを抱きしめている。人間と自然をふたたび結び直すための、ささやかで根源的な問いが並びます。
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暮らしと食と農はどう再構築されるか
棚田が消えるのは、継ぐ人がいないからではない
大学院の終わりに、内定が取り消しになった。研究が進まなかった。就職か、地域に飛び込むかを本気で迷っていた時期だったから、その取り消しが背中を押したのか、逃げ道になったのか、今でもわからない。周りの友人は都市部の企業に入り、スーツを着て、それなりの給料をもらいながら——でも5年後に…
農学部は農家を育てていない——知識と土壌の間にある深い溝
農業における課題は多い。また、最も気になるのは、なぜ農学部の人気は増えてきているのに、その中で、なぜ農家自体になる人は少ないのか?? また、農家として成功してるのはどんな人なのか?? この疑問が出てきた背景としては、現在農学部に在籍する修士1年生の私は、環境再生型農業を研究してい…
大航海時代の耐候性素材職人たち -プラスチックが発明される前、人類は如何に自然素材で自然の腐朽に抗ってきたのか。-
昨今ではマイクロプラスチックや石油資源の問題から生分解性素材や天然由来素材が求められているが、プラスチックが発明されるまでの永い人類史では、むしろ天然由来物質を加工した生分解性素材しか存在しなかった訳である。 では、なぜプラスチックがここまで普及したのか?それは量産効率にある。製…
土壌が、革命の言語を話していた
1960年代後半のカリフォルニアは、反戦運動やヒッピーカルチャーなど、近代化や消費社会に異議を唱えるカウンターカルチャーの世界的中心地でした。この時代に、アラン・チャドウィックによる自然調和型の園芸哲学や、土壌と人間の健康の結びつきを重視する思想が若者たちに深く浸透しました。 化…
観られる暮らしが、暮らしを育てる
21世紀の主要産業の一つの観光業が挙げられる。世界中の人々が移動手段の発達により動き回る遊動の時代と言われている。 これまでの観光業は、ランドマーク的な観光が主流で目的地を見えて回る観光だったが、よりその土地の生活文化を垣間見る生活観光へシフトしていると感じている。 この生活観光…
食品製造業の製造ラインの働き手は、食の象徴秩序から排除されてきた
提示された文章は、現在の食を巡る議論の盲点を鋭く突き、データによる裏付けもある非常に説得力の高い内容です。 ご指定のタイトル「インフラとしての食品製造業はなぜ顔が見えないのか?」という、読者に問いを投げかける(余に問いを問う)形式に合わせ、元の論理展開やデータを最大限に活かしつつ…
百の技が、土地と人間を同時に再生させる
分業化が進んだ現代において、気候変動や人口減少によって、人口増加をベースにしたこれまでの暮らしの成り立たせ方ができなくなっています。 農業、エンジニアリング、システム、科学、デザイン、建築設計などを組み合わせて、自分たちの手で暮らしを取り戻し、山や自然の再生とも繋げる生き方の可能…
暮らしは、働くことの外側にあった
東京から、とある中山間地に移住した。 自分の暮らしを安定させるには、安定した仕事に就く、稼ぐ力を身につける、投資をする、そういったことが大切だと思っていた。 移住先で出会った人たちは、田に水を張り、畑を耕し、家を整える。1人で生きるのではなく、コミュニティの中で、代々受け継がれて…
耕作放棄地は負債ではなく、眠れる関係性である
個人的に興味のある農業に関するご相談です。大分に土地を持っており、耕作放棄地になっています。 活用のためのアイデアとして長期的に「ピコピコ農業」なるものを 考えています。 現実的には、MyFirmさんとかに登録、とかになりそうですが、その先を考えたいという意図です。 本当はやりた…
野菜が、貨幣のあり方を変化させる
農的暮らしを比較的都会の町でもできたらなあとまずは野菜づくりを家事や公園掃除と同じような日常に、取り入れることができればなあと。生ゴミも資源としてコンポストへ、畑があちこちにあって食べ物にこまらない、読み書きそろばんの次に食べ物を育てる食育が一般常識として根付くと、食べ物や環境や…
朝ごはんは、命と関係を確認する儀礼だった
朝ごはんはパンが良いかご飯が良いかと言われるが、そもそも良い朝ごはんとは…
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祭り・芸術・遊び・儀礼はどこで交差するか
ケの日が枯れるとき、ハレが始まる
座間味島での特別な時間、短い旅を終えて、那覇の家に戻る ビルがあり、道路があり、そこには常に車や人が行き交う 座間味では、スマホに手が伸びる時間なんて30分もなかったのに 那覇の家に帰ってからは、なんとなくYouTubeをラジオ代わりに流してしまう 刺激の少ない離島での短い旅は、…
妖怪は、日本が発明した「対話可能な他者」である
京都精華大学のマンガ学部キャラクターデザインコース及び、大学院マンガ研究科に所属している。北斎漫画の多様な表現は妖怪や踊りの連番、人々の言の葉に上がる幻想上の場所や生き物が多様に取り上げられており、風刺画にとどまらず、あらゆるエンタテイメントが詰まっていると感心する。キャラクター…
伝統は未来から過去を選び取る行為である
現在地域で遊戯から始まった相撲をやっている。 満月の夜に海で相撲をやる催し。 最初はアンダーグラウンドな遊びだったが、梅雨祭りという催しを起こすにあたり、 どうにか接続できないかと考えている。 数年したら 相馬藩の藩主を呼んで、御前試合という立て付けにする。 そうすると、 相馬藩…
美は、ほどけるときに生まれる
芸術大学での一番の課題は“美‘ではないだろうか。多くの偉人が定義もしているが、つかみどころがなく、崇高なものという印象である。 加えて、日本だけではなく、世界も救うのは“和”とも言われている。 日本に寄せると美は和とも言えるように思える。 さらに、茂木健一郎先生は“なごみ”という…
『ギャングポーカー』と『黙談』
ギャングポーカーは、チップを とるタイミング とる速度 とり方 (渡すのはNG) 黙談は、木製ピースを 渡すタイミング 渡す速度 渡し方 (とるのはNG)…
暴力は言葉を封じるが、芸術はその沈黙を語る
幾度となく繰り返されてきた戦争や紛争が再び起こっている2026年に、文化関係の仕事をすること自体に空しいものを感じるから。戦争や紛争の最中に、芸術はどのように人間社会に寄り添ってきたか?その機能と役割を、人類史、人類学、文化史、文学から分析し、これからの未来のために活かす方向性と…
ルールの内側でだけ、身体は自由になる
本研究は、スポーツを「芸術である」と単純に主張することを目的とするものではない。むしろ、スポーツにおけるプレイヤーの行為経験、とりわけ競争・制約・身体・確率・他者との相互作用が交差する遂行の瞬間が、いかにして美的価値を持ちうるのかを明らかにすることを目的とする。 本研究は、バーナ…
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地球循環のなかで人間はどこに位置するか
「なぜ」は、科学が届かない場所で生まれ続ける
この宇宙がどのように存在し、銀河系の様子やその位置関係、そのなかに地球があること、地球のうえの生態系について、植物や海の中の生物がどのように生きているか、はたまた人間がどのように暮らし、社会を形成してきたか。 それについて説明をしてくれる本や先生はたくさんいるけれど、なぜそのよう…
死を標準にした文明が、生命を忘れていく
「流動体」として、水のように生きています。 流動体として生きるとは、言い換えれば生命として生きるということ。ぼくたちは人間である前に生命。循環し、代謝し、呼吸しながら生きています。 これは何かを結(むす)んでは解(ほど)き、解いては結ぶ、この往復運動を繰り返していることを意味して…
野生動物の前では、肩書きが消える
・肩書きというのは<人にとって>魅力である。人にとってと強調したのは、ハロー効果をうむから ・ハロー効果とは、ある対象を評価する際に、目立ちやすい特徴や印象に引きずられてしまい、全体の評価が歪んでしまう心理現象(認知バイアス) ・一つの肩書きで、その人全体を表したように錯覚してし…
廃棄物だった剪定枝が、土壌の記憶になる
「バイオ炭」をご存知でしょうか?剪定枝やもみ殻を350度以上で炭化し、農地に撒くと、炭素を固定(co2を減らす)し、その炭が土壌を改良(微生物の棲家になる】し、今まで捨てていた(燃していた)モノを利用することになるといいます。 すごいことだと思いました! そして、バイオ炭の取り組…
自己のみを増やす存在は、自己を失う
生態系は全体でのバランスを保っていると思います。 その中で、癌細胞の様に、自身の増殖を追及していくと、自身も破滅に向かうのか? そこから残る道、事例は、生物がこの世に誕生してからの事例があるのかを問いたい…
萃点は、世界をひとつの生命体として編む技法だった
みなべ町で梅収穫のお手伝いをした翌日は南高梅の発祥農園である「たかだ果園」さんへ。有機農法での梅栽培や農福連携のお話をお聞きしました。 午後は田辺市に移動。南方熊楠顕彰館へ。 田辺市はみなべ町と共に2015年に梅システムで世界農業遺産に認定されていますが、熊野古道で世界文化遺産に…
取りこぼされるウェルビーイングの視点
日本の中山間地で実際に暮らしていると、自然環境と自身の生活環境は切っても切り離せないことに実感する。草刈りや家庭菜園、共同作業による地域清掃などが日常的な営みとしてあり、そうした人間の自然への働きかけが地域の景観を形成してきた。そうした暮らしが、森の多面的機能や森・川・海のつなが…
循環を捨てたのは人間だけだ——地球に借りを返せないまま死んでいく種の話
SDGsなど叫ばれる昨今、生物の頂点と思い活動を続けて生きた人間 でも、人間は消費するだけで地球に対して何も還していないのではなかろうかと・・・ 木は落ち葉を、いきものはその糞や死骸をもって循環の一部となっている 人間は・・・・ 人間全体の死骸を自然に返せばそれは逆に地球の負荷に…
動かないことが、最も賢い戦略だった
植物の不思議について考えたい。彼らはとても長命でコミュニケーションもとっていて、人類とは違う観点の知性を持っているのではないだろうか。…
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自然への畏敬はどう取り戻されるか
神もまた傷を負う——熊野が世界を引き寄せる理由
熊野は古くから「蘇りの聖地」として信仰を集め、今も世界中から多くの人が訪れています。私自身も何度も熊野を歩いてきましたが、そのたびに「なぜ今も、これほどまでに人は熊野を目指すのだろう」という問いが浮かびます。 AIの進化によって知識や答えは瞬時に得られ、効率や正しさが重視される時…
語らない森が、私たちより先に応答していた
同じ問いを「植物・河川・土地との非言語的応答関係」という角度から書き直す記事も面白そうです。人間以外の生命や景観が介護者・農業者・先住民コミュニティの感受性を変容させた事例から、「語らない自然」との互恵回路を掘り下げる視点は、この論考のさらに先を深めます。日本人の宗教観や自然観、…
「雑草」と呼んだ瞬間、土地は沈黙する
仕事をきっかけとしつつも、個人の探究として、身近な雑草に注目し、「管理すべき厄介もの」とされがちな草々を観察し、季節の遷移に寄り添いながら遊びに変えたり活用したりできたら、と試行錯誤しています。 現代社会において、雑草は効率的な空間維持を妨げる存在として、除草剤や機械による「排除…
パンデミックが始まると、妖怪が語り始める
パンデミックのときに、なぜアマビエやクタニなどの妖怪が突然現れて来きたのか?自然界からやってきた未知のウイルス「COVID-19」。パンデミックの初期に、それまであまり知られていなかった妖怪「アマビエ」が唐突に登場し、またたくまに広がった。クタニなど、日本各地の妖怪も次々と登場し…
自然の中に溶けるとき、死は恐怖ではなくなる
「死」は自然のプロセスである。離島のへき地で在宅看取りを進めていると、しばしばありのまま生活の中で、自然な死を迎えたいという希望を告げられる。豊かな自然に囲まれた暮らしの中では、忌避する対象である「死」も自然なこととして受容できるのではないだろうか?と思い始めている。…
知識は、場所から引き剥がされると死ぬ
この問いは、AIの急速な発展や気候変動、生物多様性の喪失、地域社会の変化などによって、人間と世界との関係そのものが揺らいでいる現代を背景としている。AIは知識の生成や意思決定、コミュニケーションのあり方を大きく変えつつあり、人と技術の距離を縮めている。一方で、自然環境の悪化や地域…
海と森のあいだで、見えなくなった関係性を結び直す
海の環境問題や地域の衰退は,遠い場所で起きている大きな課題として語られがちですが,本来は森や川,土,食べもの,人の暮らしと深くつながっているのではないかと感じています.かつて地域には,自然の循環を感じながら生きる知恵や営みがあり,祭や祈り,季節の行事,漁や農の文化の中に,土地の記…
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歴史と系譜はどう編集され直すか
糸は、文字より六千年先に世界を記述していた
糸編のライフスタイルを目指し、糸編(繊維業)が与える文化的、経済的なインパクトを考察したい…
七十二候と国学は、どのように「日本の季節」をつくり直したのか
日本の季節文化について考えるとき、モンスーン気候、稲作、梅雨や台風への対応が、自然の微細な変化を読む必要を生んだという説明には説得力がある。中国由来の二十四節気・七十二候も、日本の気候や動植物に合わせて改められ、江戸期には暦・歳時記・俳諧・出版を通じて広く流通した。しかし、この説…
革新は、忘れられることで伝統になる
例えば、能や歌舞伎はその時代においては革新的な表現として生まれたが、いつしか伝統的なものとして表現や題材が固定的な伝統芸能となっていった。このような現象は、芸術だけでなく、生活に関わる様々な点において観察されるように思われる。しかし、どのようなものが、どのようなプロセスでそのよう…
カンボジアの農業は、在来知として継承されている
日本には17の認定地域があり世界農業遺産ですが、カンボジアには認定地域がありません。 それは何故なのか? カンボジアの人は農業や漁業に興味がないのか? はたまたカンボジアには農業や漁業が無いのか?…
勧進は終わっていない——日本の贈与は形を変えて生き続ける
日本には寄付文化がないと久しく言われているが、本当にそうのか。日本の歴史を振り返ると、古来仏教での勧進や寄進などの寄付の事例は多数ある。中世や江戸時代にも様々な寄付に近い形のものがある。明治以降、欧米の慈善活動・チャリティ活動の概念が入ってきて、従来のものとは違う寄付の形も生まれ…
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時間の感覚はどう長期スパンへ拡張されるか
人間らしさが、次の文明を駆動する
ジャパンコンバージェンスに参加してきました。 このイベントは、世界の先住民の長老が奈良の天河神社に集まり、17時25分夏至の瞬間に、地球規模で平和の祈りを捧げる事を目的とされていました。 世界の長老の他にも、日本からはこのイベントに誘ってくださった谷崎テトラさん、誰でも知っている…
日本ではなぜ、季節を細かく読む暦が、農事知を超えて美意識と社会文化のOSになったのか
二十四節気、七十二候、雑節のように、年を細かく分け、自然の変化を言語化する暦の感覚に関心がある。出発点は、「なぜ日本では、ここまで細かく季節を分け、それを単なる農業や生活上の実用にとどめず、和歌、俳句、茶道、菓子、着物、器、年中行事、都市文化のような美意識や社会的作法にまで落とし…
自然の時間は、人間を待たない
人間の時間に自然が合わせることを、人々は都市として行ってきました。近代が始まって、生環境構築史でいう構築3は、これまでの自然の時間に人間が合わせることをやめ、人間の時間に合わせる自然を作り出してきました。 その中で、失われてきたことは、デスコラが眼差し、またアナ・チンが次の再生の…
やめることは、忘れることの設計である
500年続く文化がある。代々変化に適応し、500年の間継続してきた。自分の代で止めるわけにはいかない。先祖代々、自然のめぐみに助けられ、共存してきた。「自分の代でなくすわけにはいかない」神様との共存。だからやめられない。そうやって500年の間、人間が続けてきた営みを、どうやったら…
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