対話と言葉と問い
言葉はいつのまにか上滑りし、対話はうまく続かなくなった。話すこと、聴くこと、そして「問う」こと自体を問い直す——少し抽象的だけど、いま最も切実なメタな問いの集まり。
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対話はなぜ困難になり、どう再生されるか
仲間は、気づいたときにはもう決まっていた
仕事でも、プライベートのちょっとしたプロジェクト(飲み会しよう、PTAの活動やボランティアなどなど)で、それまでさほど接触のない人と協働しないといけない場面がある。 連絡先の交換、このタスクは誰かに委ねる、この人であればちょっと困りごとを話せる、相談できる、今扱っているテーマとは…
なめらかさが、他者を消していく
私たちは、他の人が言い淀む時、コミュニケーションがうまくできず、意識の連想に繋がるようなASDの人の言葉、吃音の人の言葉を待つ。これを「耐性の記憶と」定義する。 このような記憶を私たちは持っていたからこそ、人に寛容になり、子供とも接していた。 しかし、今はなめらかなコミュニケーシ…
言葉は、世界の輪郭を描くが世界そのものではない
私は日本人だが、海外生活(中国)が長くなって来た。留学経験などは無く、言葉は自己流で学んでおり、いつまで経っても習得し切れた実感は持てない。仕事の場面などでは重要なことを聞き逃さない様に気を張っているが、最近ふと思ったのは、もう少し物事を大きく捉えると、実はお互い母国語で話をして…
知識は人を動かさない——行動は、複数の声の中でしか生まれない
気候変動は多くの人に知られるようになった。IPCCなどによるレポートが客観性を重要視した現状の共有をしたこと、それにより学術界、産業界、政界が事実ベースに基づく行動指針を打ち出したこと、それに呼応する形でマスメディアが情報を広げたことなどが、連動し、今の状態になっていると思う。一…
「知られること」は、自己の統合性を賭けた行為である
社会のシステムの核心に触れるかもしれないと思った私の気づき、私だけの幸せな時間の過ごし方、誰かの好きなところ、こういったことを話そうとするとき、知ってもらいたいという気持ちと、知らせてしまって大丈夫だろうかと思い留まろうとする気持ちが同時に合わられる。個人としての欲求の爆発と、そ…
「理解できない」は、相手ではなく自分の限界を告白している
・自分から望ましいものを探して「やっぱり」と言ってしまう。 ・「訳が分からない」「理解が出来ない」と言う言葉を、相手の異常さを伝えるために使っているが実際には言葉通り自分に想像力や理解力が足らないだけ。 ・「〇〇が事実だとしたら...」から始まる推論は、ただの可能性の話でしか無か…
霧が晴れるほど、亀裂は深く刻まれる
バベルの塔の物語をご存知でしょうか。かつて人類はひとつの言葉を持っていました。神はそれを乱し、人々は互いを理解できなくなった。これは単なる神話ではなく、人類が集団的な合意を得ることの、本質的な困難さを語っているように思えます。企業変革の遅さも、民主主義の機能不全も、突き詰めれば「…
誤解は、意味が生まれる唯一の場所だ
人と人が理解するのは簡単ではないし、単純な言葉でさえも、厳密に言えば同じことを刺してはいない。当たり前すぎるからこそ、そんなことを気にしていたら生きていけない。なんとなく、大体合ってるぐらいでうまくいく場合もあるし、時としてそれが深刻な問題をもたらすこともあるだろう。この理解しえ…
声をかけるとき、人は贈り物を手渡している
マイクロアグレッションを実行してしまうことへの怖れから他者への声かけが難しくなっている。ごく自然に発生する他者への興味を発露させることが、他者を傷つける可能性があるという知識に「マイクロアグレッション」という名前が付けられ、それが広く社会に広がったことは、マイノリティー性ゆえに心…
聴かれなかった言葉が、自己を削り続ける
「聴かれる」体験が自己を再構成するとすれば、逆に「聴かれなかった経験の蓄積」が自己概念をどのように縮小・歪曲するかという問いも興味深いです。次は喪失としての傾聴欠如、あるいは組織や制度における「聴かない構造」が個人の自己概念に与える長期的影響を、組織心理学と発達心理学の知見から深…
「話す」より「聴かれる」が、自己を再構成する
「聴いてもらうって気持ちいい」という発見が自己概念を再構成するメカニズムを、Carl Rogersのクライアント中心療法と自己開示研究の交差点から深めてください。 複数名で、対話する機会はあるものの、ゆっくり一人の相手についてや、自分のことを話したり、聴く機会は少ない。特には、自…
言葉にした瞬間、違和感は凶器になった
「対話」の現場で、なるべく自分のなかで率直に話そうとしたあげく、 本来は言語化しない自分の中にあるわずかなその場にいる人に 対する違和感を話題としてあげてしまい。 そこから話が雪だるましきに大きくなり、 立派な紛争になる。 紛争は、ある意味「自分以外のものにたいする潔癖症的な率直…
「管理したい人」など、どこにもいない——役割が本音を上書きするとき
僕は、不登校の子どもや保護者、教師、地域の大人たちと関わる中で、ある共通した“バグ”を感じるようになった。 それは、人々が「相手の立場」を「相手の本音」だと誤認してしまうことで、孤立や「やってられへんわ...」という感覚が生まれていく構造だ。 例えば、子どもが「今日は外食したい」…
聴くことは、自分を手放すことだった
人はなぜ、人の話を聞きながら、自分の体験を語りたくなるのか。 SNSや日常会話の中で、誰かが悩みや違和感を語っているとき、私たちはなぜか、ただ聞くことが難しい。 「わかる、私も昔こうだった」 「私の場合はこうして乗り越えた」 「きっと大丈夫」 「こうすればいいと思う」 そんなコメ…
出会いは、相手をどう扱うかで決まっていた
新しいひとに出会う おずおずと話しかけてみたり 元気よく挨拶をしてみたり 好印象を持たれるような振る舞いを選ぶ時もあれば ムスッとまではいかなくても 決して愛想があるようには見られない振る舞いを選ぶこともある わたしのなかには、たくさんの気分の波と、たくさんの考えごとがある 相手…
揺れることが、場を開く
音楽や、声、風、波と言ったエネルギーを意識するようになりました。 特には、対話の場はエネルギーの循環によって成り立ち、自然とその場に巻き込まれたり、押し戻されたり、大きくなったり小さくなったりと波に揺られる感覚を味わえると、さらによい対話になると思うのです。 意識ある人たちの集ま…
わたしたちはなぜ学び合えないのか
・あらゆる社会課題の源にあるのは、私たちが学び合えないことにあるのではないだろうか。 ・自分の意見が確立してしまった強い主体は、自分の考えが正しいと思い込む。場合によっては啓蒙的に無意識に考えを押し付けてしまう。他の意見をもつ他者の声は、受け止めるふりをしつつ受け流し、他者の存在…
弱い他者が、差異そのものを運んでくる
弱い紐帯とは、社会学者のM.グラノヴェッターが提唱した説で、転職に成功したホワイトカラーのインタビュー調査から、導き出された説で、新しく高い価値を持つ情報は、自分の家族や親友、職場の仲間など社会的つながりが強い人々(強い紐帯)よりも、知り合いの知り合い、ちょっとした知り合いなど社…
「わからない」聴き手だけが、本当の言葉を引き出せる
どんな質問をされても、いつも感情を露にせず、穏やかに答えるアスリートがいる。でも、そうできるのは、彼が「答えるトレーニング」をしてきているからかもしれないと、私は思う。おそらく別の人に対してはもっと躍動感溢れる表情で、今日の勝利の興奮を語るだろう。 聴き手が変わることで、引き出さ…
人は、存在として出会われることを待っている
ビジネスの場でも、地域でも、よりよくその人と出会えている感覚とまったくその人に触れられていない感覚との両方を体験してきた。人とよりよく出会うために、出会いがしらのその場面に何があることが、人を人に出会わせてくれるのだろうさ…
沈黙は、社会の最も正直な言葉である
SNSや動画配信サイトの急速な普及により一人一人の個人がメディアを持ち情報発信ができる時代となった。そうやって大手メディアにとって不都合な事実も社会の目に晒されて「社会の本当の姿」が現れたような気がするが果たしてそうなのだろうか? 発信される情報の多くは常に視覚的な文字か音声とし…
人は、崩れるために他者を必要とする
人は何を求めて人と関係するのだろうか。承認であればAIが行なってくれる時代に、人が承認とは別で求めてきた人との関係を紐解きたい。…
言葉を削るほど、場は動き出す
ファシリテーターは、場に対してできるだけ、関与するのを避け、最低限の言葉の介入や問いかけのみで関わるのが求められる。中立的な立場であろうとするとき、そこにファシリテーターの考えや思惑は邪魔になるだろう。ファシリテーターは、言葉を使ってそのプロセスを管理するのであるが、できるだけ、…
うっすらとした理解が、対話を生きたものにする
昨晩の読書会では、誤った理解をした方に、正しいであろう理解の説明を試みた 具体的には、闘技民主主義が想定する、(シュミット的な“敵”ではない)“対抗者”が、デリダ的「同一性/差異」による構成的外部であることは、素朴なライバル関係のようなそれとは異なる点についての修正。 人は誰しも…
「対話が足りない」という言葉が、対話を殺している
仕事の中での課題として「組織内での対話が足りない」とか「もっと対話することで良くなる」といった話が出ていますが、そこで語られている「対話」というものが、一体何を指しているのかが分からないなと思っていました。いわゆる雑談やコミュニケーションと呼ばれるものも入っている場合もあれば、仕…
傾聴が上手くなるほど、私たちは学び合えなくなる
強い主体は相手の意見を受け止めることなく受け流す 弱い主体はそもそも相手の意見に興味を持たない あらゆる社会課題はこの学び合えなさが原因なのではないか これは現代に特有の現象なのかそれとも昔からそうなのか 傾聴がスキル化されているように、聴くことが重要視されているように見える一方…
聴くことは、答えた瞬間に終わる
我々は人の話をちゃんと聴いていない。聞きながら連想ゲームのように自分の体験を思い出したり、話を解釈して自分の意見を形成したりしている。人が話をするときその奥には聴いて欲しい本当のニーズがあるという前提に立つと、表面に現れたストーリーを追うだけでは不十分で、語り手に限りなく近づく必…
わかりあえないから、対話は続く
国内外問わず、交流と対話は必要だ。それは分かりあうことへの第一歩である。実際に、お互いを理解したと思えるような一瞬もあるだろう。だが何度も対話しても、どれだけ深く共感を覚えても、完全に分かりあうことはない。たとえどれだけわかり合ったとしても、果たしてそれが何になるのか、どんな役に…
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言葉はなぜ形骸化し、どう再定義されるか
意味は、頭の中にはない
イコノグラフィ(Iconography, 図像学)とは、絵画や彫刻などに描かれている人物・モチーフ・物語・寓意が「何を表しているのか」を特定する学問である。これは絵画を記述するための方法だが、他人がコンテンツと文脈を理解するための過程だと考えられないか?以下は例。 例:ラファエロ…
ブランドは名詞ではなく、世界を書き換える動詞だ
私は長年ブランディングに携わる中で、ブランドについて語られる本質と、世の中で理解されているブランドとの間に大きな隔たりを感じてきました。日本ではブランドが、ロゴや広告、認知度、好感度、イメージ属性といったコミュニケーションの文脈で語られることが少なくありません。ブランド調査もまた…
論理の剣が、最も大切なものを切り落とす
日本人は、どうも論理的なことが好きだ。特に企業にいると、論理的にものごとを運ぶことを正と考える。論詰めのように、論理を正義の剣と掲げ、相手をバッサバッサ切る。でも、本当にそれは正しいことなのか。いや、私は正しくないと思う。なぜ、って質問したくなる。それで論理的に答えなかったら、そ…
傾聴は、型から生まれない
コーチングやファシリテーションなど、スキル習得をするコンテンツやプログラムがたくさんあるが、スキルを得ても、結局人によってできるできない、形だけで「本質」的でない人も出てくる。特に対人スキルは、複雑性が高く再現性が低いため、ただ「型」を学んでも体現するまでの距離が出るケースもある…
「伝わった」という錯覚が、すれ違いを生み続けている
私が仕事で研修やワークショップを行うときに、常に問われるのは人の関係性をよくすることであり、かなりの仕事がその関係性を良くできれば改善される。その鍵はコミュニケーションであり、特に言語を用いたコミュニケーションができない。というか、それにものすごい期待というか、当たり前に思ってい…
私たちは、その人の言葉を聞いているのか、肩書を見ているのか
テーマ 肩書きは、言葉を伝える助けになるのか。それとも、言葉を歪めるのか。 問い・背景 人が何かを伝えるとき、肩書きは大きな力を持つ。 医師が語る健康の話。 大学教授が語る社会の話。 経営者が語る仕事の話。 管理職が語る組織の話。 作家が語る文章の話。 アスリートが語る練習の話。…
編集者の仕事は、文脈の設計である
私はウェブ業界で編集者・ライターとして15年間働いてきたが、自分自身とこの業界自体に大きな変化が起きた。SNSと生成AIが席巻する現在、情報の量は爆発的に増え続けている。誰もが発信でき、AIが瞬時に文章を生成できる時代に、「書くこと」や「編集すること」の意味が根本から問い直されて…
頭の中の言葉は、書かれるまで存在しない
とにかく、書くのが苦手です。いろいろ考えて、頭の中ではつながっているものが言葉にすると、なんかちょっと違う。すらすらと書き言葉にできる人は、どんな頭の中になっているんだろうと思う。とにかく書くことでできるようになるということは言われたりする。仕事で提案書書いたり、企画書をつくった…
「よい問いを立てろ」という危うい言葉
私がこのテーマを書いたのは、生成AIの登場によって「問いを立てることが重要だ」という言葉が急速に広まる一方で、その言葉自体があまりにも軽く、便利な標語として消費されているように感じたからである。もちろん、AI時代において問いを立てる力が重要であることは否定できない。しかし、本当に…
声に出した瞬間、青さが変わる
きちんとしたネット環境があって、AIが発達していれば、無人島にいても孤独を感じないのか? いや、どんなに目と耳が幸せを感じていても、自分に口があることを幸せだと思える環境でないと、自分がこの世に存在することを真に幸福に思うことは難しいと思う。 口に出すというのは、伝えることだけで…
なぜ人は「言っていること」と「やっていること」が食い違うのか?
人は「言っていること(言葉)」と「やっていること(行動)」が食い違うことが、しばしばあるように思います。 たとえば、次のような場面です。 子育ての場面: 子どもが何か「悪いこと」をしたとき、親は「怒っていないから正直に言ってごらん」と語りかけます。しかし、その表情や語気はすでに強…
良い物語は届かない——受け手が迎えに来るまで
物語とは、人の経験や記憶に意味づけしたもの。人は誰かの気づきや学びから、より人生を豊かに楽しむヒントを得られると感じている。だからこそ、その物語をともに築き残していくために、どのように物語をつくるとよいのか?どのように届けるとよいのか?という観点から考えて欲しい。…
規範が整う前に、渡り方を共に発明しなければならない
デジタルツールはどんどん進化し、AIが前提の仕事になっていく。当然ながら、倫理も規範も変わっていく。 エドガー・シャインの研究でもわかるように、規範が変化するには非常に時間がかかるため、そのズレにおいての軋轢や考え方の違い、文化の違いが爆発的に増えていく。そんな時に何が必要なのか…
体験を言葉にした瞬間、その体験は別の何かになる
私は長く文章を書き、日々の体験や違和感を記事にしてきました。 本を読む。映画を見る。新しいサービスを試す。どこかへ行く。誰かと会う。 そのたびに、自然と「これは記事になるか」「どう書けるか」と考えるようになりました。 アウトプットすることで、体験が深まったり、記憶に残り自分の考え…
知ることは、世界を狭める
人間や世界は元々複雑で多様である。ヒトによる理解とは、ノイズできるだけそぎ落として、統計的に最も起こりやすい推論を行う働きである。昨今のテクノロジーの進歩やグローバル化の進展は、ヒトが容易に理解する事が益々困難になっている一方で、AIの実用化によって、圧縮した答えが容易に得られる…
共創という言葉が生まれた日、共創はすでに終わっていた
Co-Creationという言葉自体は2000年ごろに生まれたと言われる。しかし、「共創」という日本語にした時、この言葉から想起される活動は、もっと昔からあったようにも思う。なぜ「共創」という言葉が突然生まれたのだろうか。…
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メディアと言論はなぜ歪むのか
沈黙を破るのは、英雄ではなく記録の蓄積だった
自反虚とは - 自己中心主義 - 反理性(狂気狂乱、反合理主義) - 虚(虚言、虚飾、虚偽、詐欺) を同時発揮している状態のこと。 2026年の日本社会を見て、生み出した造語です。 左翼が日本で暴力的なテロリズムをやり、爆破や死傷者を生み出したときにそれを過激派と呼んで区別しまし…
批判の言葉は、批判対象の回路を流れる
アレックス・カープらの『The Technological Republic』は、シリコンバレー的な快楽消費型テクノロジーから、国防・インフラ・国家的課題へと技術者の関心を戻すべきだと主張している。しかし、その思想がSNS、AI要約、LinkedIn的な知的ブランディング、バイラ…
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情報はどう伝達され、誰が発信するか
感染曲線が正規分布を描くことは、人々にどのような行動変容をもたらすか?
COVID-19は株ごとに感染者数が正規分布を描いていた。国内全体の統計においても、都道府県ごとの統計においても。このことは何を示し、私たちにどんな教訓を与えるのか?…
編集者の美意識とは何か、それはいかにして継承されうるのか
https://futures.emerging-future.org/r/83dc7f47 このテーマの前提となる問いについてRITEで記事を公開しました。URLの内容が読み取れない場合は、以下の文章を前提としてください。 もともとは『「編集」とは何か?』というテーマで、次のよ…
情報が平等になった世界で、場所だけが不平等であり続ける
昔のファッションデザイナーは海外のトレンドを追い、手に入らない情報がクリエイティブの優位性だったが、インターネットの爆発的な発展により情報取得の難易度がさがり、優位性は低くなったように感じている。AI時代の到来も情報や思考の格差の距離を短くした。 かわりにローカルのアイデンティテ…
発信を禁じた者が、届かない支援をつくり出した
聴覚障害者が被っている情報格差の不利益を解消するための制度・技術に「要約筆記」がある。しかし、要約筆記の存在は聴覚障害者にあまり知られておらず、利用プロセスにも面倒な点があるため、利用者は増えていないという現状だ。 要約筆記者の養成にはおよそ40週(80時間)の定められた講義を受…
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問いと探究にはどんな意味があるか
発見を「ただの無知」と切り捨ててしまう世の中への抗い
「これはわたしにとって発見的でした」というと、「それは発見ではなくて、知らなかっただけだよ」と言われることがある。 ただ情報にありつけなかった(だけの)ことと、誰も考えたことのない不思議に到達したこととの違いは何なのか、それはどう判断したらいいのか、研究をしていると、自分の実感と…
未来は予測するものではなく、異なる時間地平と宇宙論を持つ人々が会話し続けること
AIの急速な普及と地政学リスクの高まりをはじめとし、企業・団体を取り巻く環境の不確実性はかつてなく増している。従来の延長線上にある戦略や既存の勝ちパターンは通用しにくい。AI前提の社会経済では、異なるスキルや背景、考え方を持つ人々が互いに「未来をどう考えどうつくるか」を会話し、社…
問いを立てる者は、問いに立てられている
「なぜ問いを立てるのか」という問いは、問いそのものを対象化するメタ問い。この問いには、技術的・哲学的にいくつかの特徴があると思う。第一に、問いは再帰的構造を持つ。「なぜ問うのか」と問えば、その問い自体も「なぜ立てられたのか」と再び問えるため、論理的には無限後退に陥る。これはコンピ…
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