学びと包摂
学校というかたちが、いま音もなく揺れている。教える/学ぶの境界がほどけて、いったい誰がどこから取りこぼされ、どんな扉がそっと開きはじめているのか。これからの学びと、まだ呼ばれていない子どもたちのための問いたち。
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学校教育はなぜ機能不全に陥り、どう再設計されるか
学校は、年齢で子どもを閉じ込めてきた
大きい学校で多くの出会いをし、競争に揉まれることでより良い学びにつながる。このことは一般論として語られることが多く、日本社会のスタンダードモデルだが、一方で学校のさまざまな問題も生じているように見える部分もある。 また小規模校はさまざまなケアが行き届き、また少人数だからこそ子供だ…
対話なんかやめて本を読め
現代の教育現場において、「楽しさ」は無批判に称揚される絶対的な善となった。アクティブ・ラーニングやゲーミフィケーションといった手法が導入されて久しいが、「楽しい」ことが「知識が身につく」ことであるはずがない。それは単に「その場に寝ている者がいない」程度の事実を示すだけで、学問の本…
理科好きは、授業の外で生まれていた
世の中に文系、理系というくくりがある。理科好き所謂理系の人たちはいつどんなきっかけで理科を好きになっていったのか?私の考えでは少なくとも学校の授業で理科が好きになったわけではない?理科が好きになるタイミング、要因にはどのようなものがあるのか?これは全員に当てはまることなのか?どう…
高等教育は、人を地球から切り離す装置だった
私たち人類は、自然の一部としてこの地球上に存在しています。その事実と感覚を失わないことは、生きていく上で何より大切なことです。でもなぜか、人類は賢くなればなるほど、その当たり前の感覚を失いがちです。高学歴になればなるほど、都市での暮らしを選びがち。自然とのつながりは大切だとわかっ…
画面は、フロネーシスを返せない
私は高校の教員であるが、日々「学校」という異質な空間にいながら、理想と現実のギャップに悩まされている。 私が教員を志したのは高校3年のころ。それまでは必死に野球ばかりやり続け、プロを目指そうと本気で思っていたほど。でも度重なる故障や高校野球の燃えつき感もあり、野球に携われる職業と…
管理されない時間こそが、大学の本質的カリキュラムである
大学は、学問を探究する場であり、研究をする場であり、教育をする場でもある。 それはそうなのだが、その空間を広く捉え、学生の生活を眺めてみれば、その実態は多様ではないだろうか。 サークル活動に夢中になる者、旅をする者、バイトに明け暮れる者、遊びや恋愛に夢中になる者、就職のためのイン…
規律は、自由を奪うのか——自由と自律を両立する共同体とは
日本の学校教育は、長らく「規律」と「同調」を重視してきた。服装や髪型にまで及ぶ校則や、「迷惑をかけないこと」を重んじる生活指導は、その象徴である。こうした教育は高度経済成長期の集団社会を支える役割を果たした一方で、自分の意見を表現する力や自己肯定感の形成を抑制してきた可能性も指摘…
舞台の上で、子どもは他者になることで自分を発見する
演劇は子供達にとってどのような良いことがあるか…
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平和はなぜ戦争と暴力に至るのか
無知は偶然に訪れず、無能は必然として選ばれる
第2次世界大戦における日本は、将来起こりうる悲惨な状況への無知から、大きく見ると国民全体が熱狂した。未来への無知であり、政治への無知である。その後築かれた世界の枠組みのなかでは、日本は敗戦国であり、敵国である世界線にいる。しかし経済力をつけ平和を築くうちに、この世界では敵国である…
「戦争はこころから生まれる」 ならば、戦争は、解ける問題だ!
どうしてこころから始まる戦争をヒトはこころで制御しようと試みないのか?…
正しさ同士がぶつかる時代にー「正義」とは何かを考える
「正義」という言葉を聞いたとき、あなたは何を思い浮かべるだろうか。 最近、「正義」についてやたら考える機会が増えた。 これは何かのメッセージなのかもしれないと思い、この記事を書くことにした。 「正義とは何か。」 私の中では、まだ答えが出ていない。 “正義”とは、時代や立場によって…
抑止の論理が戦争を招く——螺旋モデルから熟議設計へ
戦争の激化と長期化を避けることができていない世界情勢の中で、日本国内での議論は正しくプロセスされているのか。安全保障のジレンマという考えでは、軍備拡大はそれそのものが相手国への脅威となり、自己成就的予言となるという。しかし望むと望まざるとにかかわらず議論を避けて通れない事態になっ…
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公教育と子ども観はどう再定義されるか
主体性を育てようとするとき、大人はすでに主体性を奪っているのではないか?
## 教育は「エゴ」なのか?〜最先端の現場で抱き続ける、教育者の永遠のテーマ〜 こんにちは。突然ですが、皆さんにひとつ問いかけたいことがあります。 **「教育は、大人のエゴでしょうか?」** ドキッとする言葉かもしれません。私自身、日々子どもたちと向き合いながら、いつも心のどこか…
測れない教育だけが、測れない人間をつくる
物心がついた時から、社会に何かしらの良い影響を与えたと思っていた。その願いとは裏腹に、自分自身には何も専門性や特筆すべき能力がないことに気づいた。そんな自分でも、教育に携わることで未来に何かを残すことができるかもしれないーーそう思って大学で教育学を学ぶことにしたが、勉強するほどそ…
風に乗る者だけが、遠くへ行ける
学習塾の教員や、ユースワーカーとして、若者・子どもと関わっている。勉強を教えることはできるのだが、目の前の子どもたちがこの社会でのびのびと生きていけるようにするために、何が必要なのか。そして自分はどうしてあげられるのか。昔聞いた「のびやか」という言葉がとても心に残っていて、人生を…
暮らしを手渡すとき、子どもは社会を発明する
既存のシステムや考え方に閉塞感があり、新たな社会のあり方、具体的な解決策を模索する必要があるこの世の中で、それを担う人を育てていくために、どんなアクションが必要か。ひとりひとりが自身の身体的な経験を通して、社会と関わり、楽しみながら変革していく原体験を得られることがひとつの解と思…
寄付は資金調達ではなく、社会的紐帯の再生産である
少子化と効率最優先の社会風潮が進むため、子どもの実体験を支援する公益社団法人の先行きは明るくない。参加者の会費や、自治体の助成金だけでは先細っていく。安定的に活動を継続させ、新たな分野に展開できるよう、第3者からの寄付を募り、財政基盤を強化する道筋をつけたい。…
第三の文化は欠如ではなく、新しい意味が生まれる場所だった
最近、サードカルチャーキッズという概念について聞いた。実はその概念を知るまで苦しみを感じる人がいることは知らなかった。自分はサードカルチャーアダルトだけれど、特に苦労はしていない。でも自分の子供たちはサードカルチャーキッズだろうし、もう少しこのテーマについて聞きたい…
AIの進化に対して人類の発達はゆるやかであるならば、何が起こるのか?
今後もAIの進化が指数関数的に伸びた場合に、技術の発展と人類の発達速度が乖離しておることによってさまざまな弊害がおこるのでは?しかしより課題解決や価値創造も行えるのはたしか、だが本当に誰もが使えるのか?どのような認知、世界観で使うかによって問題をより複雑に深刻化させるのではないか…
魔法円が溶けるとき——AIと遊ぶ子どもの主体はどこにあるか
スマホが流行る中、さらに AIが発展してくる中で子どもたちの遊びの姿はどう変わるのか 。外での遊び、中での遊び、さまざまですがそれらについて…
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包摂はなぜ排除を生むのか
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AI時代に学びはどう血肉化されるか
学習と実践はいつから分離されたか? ~「とりあえず作ってみる」が苦手な人へ
AIが出てくる前から、そして出てきてからは特に、まずつくることが推奨される。「学んでから作る」という古いやり方に慣れてしまった自分は、どうしたらとりあえず「つくる」から始められるのだろうか。手を動かすことの面倒さを振り切り、その快楽を味わうことができるようになるのか。…
迂回こそが、人を変える
10〜70代まで、教育現場から企業や自治体の研修、地域での講座、コミュニティでのワークショップなど、様々な教育手法を活用して「学習の場」をつくり、ファシリテーションしてきました。現在、AIが広がり、答えらしきものにたどり着くスピードは早くなり、「リアルな体験」からの学びの機会が、…
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学術と研究者のキャリアはなぜ困難なのか
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世代継承と未来責任はどう引き受けられるか
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