学びと包摂
学校というかたちが、いま音もなく揺れている。教える/学ぶの境界がほどけて、いったい誰がどこから取りこぼされ、どんな扉がそっと開きはじめているのか。これからの学びと、まだ呼ばれていない子どもたちのための問いたち。
記事一覧 ← 7 テーマへ
学校教育はなぜ機能不全に陥り、どう再設計されるか
禁忌が消えた浜辺で、若者は溺れていく
少子化と共に社会の世相の変化の中で、未就学児や小学生世代の海等で命を失う事故は減少している。その一方で、ティーンエイジャーといった若者の水辺での事故は、一向に減少しない。小学生までは大人の目の届く中で行動するものの、中高生以降は同世代だけで海に行くようになる。 小学生時代に、水辺…
学校は「慣習の専制」を、今日も再生産している
決まった時間に決まった順番で行動することが求められる学校生活。みんなと同じことをしたくない!自分とのやりたいように学びたい!人と違うことが価値だ!と思う子どもたちにはあわない。特に中学後半や高校になると、思春期も重なり、決められたルールへの反発もある。多様性を重視するといいながら…
学校の慣行が、子どもの可能性を演じさせている
ジェンダー平等という人権課題は、すべてのひとに当事者性がありながらも、当事者である意識すら持てていない無意識のレベルの人権課題であると言える。特に教育の現場ではジェンダー不平等が再生産され、一人一人の生き方を狭めることにつながっている。例えば、学校で重たい荷物を運ぶ人は男子に集合…
体罰は、教員の失敗ではなく制度設計の失敗である
学校現場をフィールドに仕事をしている。 時代の変遷とともに、世の様々なものが変わりゆく。 生徒もまた1つそれと同じなのである。 年々仕事をしていると、それを肌で感じる。 日本では義務教育という期間がある。小中学校9年間である。これを修了した者は必ずしも上位の学校に進学する必要はな…
学校は、年齢で子どもを閉じ込めてきた
大きい学校で多くの出会いをし、競争に揉まれることでより良い学びにつながる。このことは一般論として語られることが多く、日本社会のスタンダードモデルだが、一方で学校のさまざまな問題も生じているように見える部分もある。 また小規模校はさまざまなケアが行き届き、また少人数だからこそ子供だ…
対話なんかやめて本を読め
現代の教育現場において、「楽しさ」は無批判に称揚される絶対的な善となった。アクティブ・ラーニングやゲーミフィケーションといった手法が導入されて久しいが、「楽しい」ことが「知識が身につく」ことであるはずがない。それは単に「その場に寝ている者がいない」程度の事実を示すだけで、学問の本…
理科好きは、授業の外で生まれていた
世の中に文系、理系というくくりがある。理科好き所謂理系の人たちはいつどんなきっかけで理科を好きになっていったのか?私の考えでは少なくとも学校の授業で理科が好きになったわけではない?理科が好きになるタイミング、要因にはどのようなものがあるのか?これは全員に当てはまることなのか?どう…
高等教育は、人を地球から切り離す装置だった
私たち人類は、自然の一部としてこの地球上に存在しています。その事実と感覚を失わないことは、生きていく上で何より大切なことです。でもなぜか、人類は賢くなればなるほど、その当たり前の感覚を失いがちです。高学歴になればなるほど、都市での暮らしを選びがち。自然とのつながりは大切だとわかっ…
画面は、フロネーシスを返せない
私は高校の教員であるが、日々「学校」という異質な空間にいながら、理想と現実のギャップに悩まされている。 私が教員を志したのは高校3年のころ。それまでは必死に野球ばかりやり続け、プロを目指そうと本気で思っていたほど。でも度重なる故障や高校野球の燃えつき感もあり、野球に携われる職業と…
管理されない時間こそが、大学の本質的カリキュラムである
大学は、学問を探究する場であり、研究をする場であり、教育をする場でもある。 それはそうなのだが、その空間を広く捉え、学生の生活を眺めてみれば、その実態は多様ではないだろうか。 サークル活動に夢中になる者、旅をする者、バイトに明け暮れる者、遊びや恋愛に夢中になる者、就職のためのイン…
規律は、自由を奪うのか——自由と自律を両立する共同体とは
日本の学校教育は、長らく「規律」と「同調」を重視してきた。服装や髪型にまで及ぶ校則や、「迷惑をかけないこと」を重んじる生活指導は、その象徴である。こうした教育は高度経済成長期の集団社会を支える役割を果たした一方で、自分の意見を表現する力や自己肯定感の形成を抑制してきた可能性も指摘…
舞台の上で、子どもは他者になることで自分を発見する
演劇は子供達にとってどのような良いことがあるか…
下記の問いは、まだ記事として公開されていません。「公開を依頼」を押すと、問い手の方に記事の公開依頼メッセージが送られます。
公教育と子ども観はどう再定義されるか
遊びを奪われた子どもは、自分を調整できなくなる
少子化が急激に進み、人口減少社会に抗うことができず、中山間地域が滅びていく。さらに、都市部では格差社会の進行から、子どもの生きづらさが際立ってきている。「こども真ん中社会」と謳っても、結局は大人社会の経済活動の皺寄せが子どもの成長を阻害している。しかしそれには十分な取材も報道もな…
大人は年齢でなく、振り子の往復回数で決まる
オトナとは何か? 「子どもと大人の違いはなんですか?」と聞かれたら、あなたはなんと答えるだろうか? わたしは「オトナのせなか」が次世代育成について一番大切だと思っているがどうなんだろか? 他の人が憧れる、そんな魅力的な背中を持つ人が増える事が重要ではないかと考えるがどうだろうか?…
熟議は教えられる——「正解を渡す授業」が民主主義を壊している
消費税減税、外国人受け入れ制限、国防強化など、耳障りのよい政策を並べたてる新興政党が失速気味とはいえ急進した近年の国政選挙に気持ちの悪さを感じます。税収を減らし、労働者の流入を阻止して防衛力強化の原資をどうやって捻出するというのでしょう?その快進撃に悪乗りする既成政党の政治家も散…
悪は自然界に存在しない——理性という名の檻が子どもを壊す
日本の教育者、戸塚宏さんはこう語る。悪は人間の理性の中にしかない。自然界には悪は存在しない。だからこそ人間の本能の本質は善であり、教育とはこの本能の力を育てることなのだ、と言い切る。 戸塚宏さんの教育論は、マスメディアでは過激な側面だけが切り取られ、キワモノとして扱われ、逮捕まで…
言葉は経験の残像として獲得され道具となる — 学びの再構築
ことばは、単に辞書や教科書で覚えるものではなく、実際の体験や他者との関わりの中で意味を獲得していくものである。地域で暮らし、人と対話し、五感を通して世界を経験することで、ことばは現実と結び付く(言語接地)。そのため、ことばの獲得には、知識の伝達だけでなく、体験・コミュニケーション…
親は子を育てるのではなく、子が育つ条件を整える
私は2人の子の別居親であり、1人の子の同居親である。3人の子の父親として、役割を果たしたいと心底感じている。 時にその責任を重く感じすぎることもある。 視野を広くみてみると、子育ては母親のもの、社会のもの、などそもそも所有格をつけることにも疑問が生じるが、様々な考えが渦巻く様に見…
子どもは、素材に触れることで世界を考えている
私自身は幼稚園教諭時代に、先生の見本ありきの制作や手順通りに作ることへの評価に対する違和感がずっとありました。それから乳幼児期の子どもたちにとって「つくる」「かく」などはどんな意味があるのかを問い続けた先に、今は大人の枠組みの中での造形表現ではなく、私たちが子どもの生きている世界…
子供たちを「動員」する公共事業? 岡山市の事例に見る、行政広報の危うさと市民の役割
成長か?、衰退か!? 岡山市は今、大きな岐路に立っています。100億円超の大正時代の路面電車延伸事業や、有権者の反対が半数を上回る280億円の岡山市新アリーナ建設など、大型公共事業が次々と推進されています。 当職が最も強い違和感を覚えているのは、これらの事業を推進するための市の広…
主体性を育てようとするとき、大人はすでに主体性を奪っているのではないか?
## 教育は「エゴ」なのか?〜最先端の現場で抱き続ける、教育者の永遠のテーマ〜 こんにちは。突然ですが、皆さんにひとつ問いかけたいことがあります。 **「教育は、大人のエゴでしょうか?」** ドキッとする言葉かもしれません。私自身、日々子どもたちと向き合いながら、いつも心のどこか…
測れない教育だけが、測れない人間をつくる
物心がついた時から、社会に何かしらの良い影響を与えたと思っていた。その願いとは裏腹に、自分自身には何も専門性や特筆すべき能力がないことに気づいた。そんな自分でも、教育に携わることで未来に何かを残すことができるかもしれないーーそう思って大学で教育学を学ぶことにしたが、勉強するほどそ…
風に乗る者だけが、遠くへ行ける
学習塾の教員や、ユースワーカーとして、若者・子どもと関わっている。勉強を教えることはできるのだが、目の前の子どもたちがこの社会でのびのびと生きていけるようにするために、何が必要なのか。そして自分はどうしてあげられるのか。昔聞いた「のびやか」という言葉がとても心に残っていて、人生を…
暮らしを手渡すとき、子どもは社会を発明する
既存のシステムや考え方に閉塞感があり、新たな社会のあり方、具体的な解決策を模索する必要があるこの世の中で、それを担う人を育てていくために、どんなアクションが必要か。ひとりひとりが自身の身体的な経験を通して、社会と関わり、楽しみながら変革していく原体験を得られることがひとつの解と思…
寄付は資金調達ではなく、社会的紐帯の再生産である
少子化と効率最優先の社会風潮が進むため、子どもの実体験を支援する公益社団法人の先行きは明るくない。参加者の会費や、自治体の助成金だけでは先細っていく。安定的に活動を継続させ、新たな分野に展開できるよう、第3者からの寄付を募り、財政基盤を強化する道筋をつけたい。…
第三の文化は欠如ではなく、新しい意味が生まれる場所だった
最近、サードカルチャーキッズという概念について聞いた。実はその概念を知るまで苦しみを感じる人がいることは知らなかった。自分はサードカルチャーアダルトだけれど、特に苦労はしていない。でも自分の子供たちはサードカルチャーキッズだろうし、もう少しこのテーマについて聞きたい…
AIの進化に対して人類の発達はゆるやかであるならば、何が起こるのか?
今後もAIの進化が指数関数的に伸びた場合に、技術の発展と人類の発達速度が乖離しておることによってさまざまな弊害がおこるのでは?しかしより課題解決や価値創造も行えるのはたしか、だが本当に誰もが使えるのか?どのような認知、世界観で使うかによって問題をより複雑に深刻化させるのではないか…
魔法円が溶けるとき——AIと遊ぶ子どもの主体はどこにあるか
スマホが流行る中、さらに AIが発展してくる中で子どもたちの遊びの姿はどう変わるのか 。外での遊び、中での遊び、さまざまですがそれらについて…
下記の問いは、まだ記事として公開されていません。「公開を依頼」を押すと、問い手の方に記事の公開依頼メッセージが送られます。
平和はなぜ戦争と暴力に至るのか
人間は、敵を発明することで「私たち」を作ってきた
私たちは平和を願いながら、しばしば「正しい私たち」と「間違った彼ら」という境界線を引いてしまう。国家間の対立だけでなく、職場、地域、家族、SNSの中でも、安心や結束を求めるほど、誰かを外側に置き、批判し、排除する構造が生まれることがある。 平和とは、単に争いがない状態なのだろうか…
生成AIによる翻訳の高度化は分かり合うことを助長する手助けとなるのか? -分断と交渉における言葉
生成AIは相手のことを理解し、より良い解決方法を導くために役立つのだろうか?それとも現在のようにより高度な戦術で相手方を打ち負かすためにしか役立たないのだろうか?その転換点があるとしたら、どんなことが起きると良いのだろう。…
生きづらさの中で、すこやかな民主主義に近づく物語 ー市民の声は、本当に微力なのかー
架空の日本国憲法と日本の政治体制を持つA国があったとする、そこで、独裁政治が始められるような改憲が、メディアが買収されて報じられないまま進められ、警察もおかしな事件の犯人を捕らえられない、行政も憲法よりも政治に逆らえない状況の場合、市民は改憲を進めないために何をどのような順番でど…
「二度と繰り返さない」は、なぜ現在形では沈黙するのか
終わった暴力には、私たちは強い言葉を使える。ホロコーストは絶対悪だった。虐殺は許されない。二度と繰り返してはならない。そこまでは、比較的はっきりと言える。 しかし、現在進行形の暴力を前にすると、私たちは急に口ごもる。ガザをはじめ、世界各地で大量の死や破壊が起きていることを知ってい…
無知は偶然に訪れず、無能は必然として選ばれる
第2次世界大戦における日本は、将来起こりうる悲惨な状況への無知から、大きく見ると国民全体が熱狂した。未来への無知であり、政治への無知である。その後築かれた世界の枠組みのなかでは、日本は敗戦国であり、敵国である世界線にいる。しかし経済力をつけ平和を築くうちに、この世界では敵国である…
「戦争はこころから生まれる」 ならば、戦争は、解ける問題だ!
どうしてこころから始まる戦争をヒトはこころで制御しようと試みないのか?…
正しさ同士がぶつかる時代にー「正義」とは何かを考える
「正義」という言葉を聞いたとき、あなたは何を思い浮かべるだろうか。 最近、「正義」についてやたら考える機会が増えた。 これは何かのメッセージなのかもしれないと思い、この記事を書くことにした。 「正義とは何か。」 私の中では、まだ答えが出ていない。 “正義”とは、時代や立場によって…
抑止の論理が戦争を招く——螺旋モデルから熟議設計へ
戦争の激化と長期化を避けることができていない世界情勢の中で、日本国内での議論は正しくプロセスされているのか。安全保障のジレンマという考えでは、軍備拡大はそれそのものが相手国への脅威となり、自己成就的予言となるという。しかし望むと望まざるとにかかわらず議論を避けて通れない事態になっ…
下記の問いは、まだ記事として公開されていません。「公開を依頼」を押すと、問い手の方に記事の公開依頼メッセージが送られます。
包摂はなぜ排除を生むのか
差別はなぜ生まれるのか──他者を貶めても、あなたに安心は訪れない
人間はなぜ差別をするのでしょうか。 差別されるのが怖いから、攻撃する側に少しでも足をかけている方が安心だから——それ以上の理由があるのでしょうか。 「幻想の安心感にしがみついてもなにも変わらない。そのままで大丈夫」という言葉を本気で受け入れらるれようになっても、人は他者への差別を…
苦しみは通貨になった——配慮を争う世界で正義は死ぬ
「被害者性の競争」あるいは「配慮の奪い合い」と呼ばれる現象について問いを投げかけたいから。歴史的に見れば、声を上げて「自分たちの苦しみも配慮に値する」と争うことでしか可視化されなかった不正義は無数にある。争いは醜くもありますが、沈黙よりはましな場合がある。問題は、争いが「誰の苦し…
マイノリティは生まれるのではなく、設計される
むしろ社会システムを構築することで、マイノリティが生まれるのだと思っています。例えば学校をつくることで、じっとしていられない人々がマイノリティになる、会社をつくることで産休などで出勤できない人がマイノリティになる、そしてそれぞれのコミュニティからなんとなく重荷に扱われていく。多く…
「話しやすさ」は、すでに誰かの特権だった
ワークショップという場の企画と提供の仕事をいただく。また参加者として参加することもある。その時に起こる、参加者としての、であり、参加者に感じさせている話しやすいとき、話しにくいときの差はなんだ?プロセス指向心理学では、ランクという話で語られ、学術的には空気の研究で語られ、そのほか…
下記の問いは、まだ記事として公開されていません。「公開を依頼」を押すと、問い手の方に記事の公開依頼メッセージが送られます。
AI時代に学びはどう血肉化されるか
問いを立てる前に、問いは借り物になっていた
近年、中等教育では「総合的な探究の時間」やPBL型学習が広がり、生徒が自ら問いを立て、調べ、発表し、社会課題の解決策を考える機会が増えている。これは、知識の暗記に偏らない学びを促す点で大きな意義をもつ。しかし一方で、探究が一つの授業形式や成果発表の手続きとして制度化されることで、…
自分の「考える」という行為が、見知らぬ誰かの「知」に繋がる 〜「知の創造」の民主化に向けて〜
世界中には沢山の”知”が溢れ、そして、インターネットの登場、さらにAIの登場で、誰もが世界中の”知”により簡単にアクセスできるようになった。しかし、それは同時に、”知”の空白と思われる余地を狭め、そして、誰もが”知”を自由に創り出すことがしにくい社会になった、ということもできるの…
準備しないことで、言葉は初めて自分のものになる
学びの基本として、何かをやる、それを評価する、そして改善を考える、そしてまた実践する。マネジメントサイクルと呼ばれる、PDCAは、ふりかえりを繰り返していく学習サイクルと言える。言語表現力を鍛える場合に、私は即興スピーチをツールとして有効だと考える。それは短く、まとめて完結するこ…
学習と実践はいつから分離されたか? ~「とりあえず作ってみる」が苦手な人へ
AIが出てくる前から、そして出てきてからは特に、まずつくることが推奨される。「学んでから作る」という古いやり方に慣れてしまった自分は、どうしたらとりあえず「つくる」から始められるのだろうか。手を動かすことの面倒さを振り切り、その快楽を味わうことができるようになるのか。…
迂回こそが、人を変える
10〜70代まで、教育現場から企業や自治体の研修、地域での講座、コミュニティでのワークショップなど、様々な教育手法を活用して「学習の場」をつくり、ファシリテーションしてきました。現在、AIが広がり、答えらしきものにたどり着くスピードは早くなり、「リアルな体験」からの学びの機会が、…
下記の問いは、まだ記事として公開されていません。「公開を依頼」を押すと、問い手の方に記事の公開依頼メッセージが送られます。
学術と研究者のキャリアはなぜ困難なのか
下記の問いは、まだ記事として公開されていません。「公開を依頼」を押すと、問い手の方に記事の公開依頼メッセージが送られます。
世代継承と未来責任はどう引き受けられるか
才能は待っていても現れない——後人を見出す者が時代をつくる
自分よりも優れた後人が多くいる中で、人材を探し出し活躍できるようにするのに何が出来るのか…
近代の恵みと呪いの中、私たちは子供たちに何を渡せるのか
石油の投資に対しての利益となるEORIが上昇しており、これまでの近代は、トニージャット、また渡辺京二が眼差したように、安い石油に支えられた社会主義的な世界形成が不完全ながら進められ存在していました。100年前と違うのは、同時に地球温暖化で人間の暮らしの基盤、水や土などがなくなって…
下記の問いは、まだ記事として公開されていません。「公開を依頼」を押すと、問い手の方に記事の公開依頼メッセージが送られます。